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 ●2017/02/19 「未来への追憶」 第四話 - 01 up


『未来への追憶』 目次
当ブログのメイン創作で、主人公が未来へタイムスリップしてしまうオリジナル長編SF。

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○別館 みらつい雑記
「未来への追憶」の本編やキャラクターに関する雑記を載せているブログです。生存報告用にも。
※ネタバレはありません。

未来への追憶 第四話 - 01

 季節は六月に入り、いよいよ気の重くなるような雨の日ばかりが続くようになってきた。本格的に梅雨の時期がやって来たのだろう。湿度の調節された室内は快適だが、ねずみ色の重い雲が空に居座っているせいで昼間も薄暗く、窓から差し込んでくる光の量も少ない。
 そのうっとうしい天候のせいもあるのだろうか。阿久津健二はこのところ、どうにも振り払うことのできない倦怠感を感じるようになっていた。思わずため息がもれることが多く、食欲もあまり無い。そしてふとしたときに、今ごろになって2015年のことばかりを思い出している自分に気づくのだ。

「あれ、どうした?」

 拠点のダイニングでの夕食の席。この日も相変わらずの雨だった。大きなテーブルの上には、席についた一人一人の前に、皿に乗った煮込みハンバーグが並んでいる。肉汁の染み出るハンバーグにはソースがたっぷりとかけられ、香ばしい匂いを届けてくる。それに半分も手をつけないままフォークを置いた健二を見て、斜め向かいに座っていたレイモンド・ストレイス――レイが不思議そうに声をかけた。

「もう食わねえの?」
「ああ……ごめん」
「別に謝ることねえよ」
「なんか、あんまり腹が空いてないみたいで。なんでだろうな」

 健二は適当にごまかして軽く笑ってみせたが、あまり上手くいかなかった。それが、かえって疲れた印象を強調させてしまったかもしれない。隣の席の藤原ゆかりが心配そうに顔を覗き込んできた。

「大丈夫? 体の調子が良くないの? どこかが痛いとか」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」

 それは本当だった。腹が痛むとか、吐き気がするとか、特にこれといった不調があるわけではない。ただ、漠然としただるさがつきまとっていて、どういうわけか食事がのどを通らないのだ。自分でもその理由はよくわかっていなかった。
 健二の向かい、レイの隣には空いた皿が置きっぱなしになっている。先ほどまで、そこにはアマンダ・オルコットが座っていた。彼女は明日にひかえたSGAの入職試験に向けての最後の備えをするため、一足先に自室へと戻ったのだ。夕食をとっている間、アマンダはおそらく試験について熱心にしゃべり続けていたようだが、健二の頭はもやでもかかっているかのようにぼんやりとしていて、話の内容がほとんど入ってこなかった。それどころか、アマンダがいつ席を立ったのかすらはっきりと覚えていない。周りの話し声は音として聞こえてはいるのだが、まるで言葉の一つ一つが、すべて耳を素通りしていくかのようだ。

「なぜか食欲がわかなくて。あとは頭がぼーっとしてるくらいなので、大したことはないです」
「風邪か? 熱とかあるのかもしれねえぞ」
「いや、そんな感じじゃないよ。それに、今日突然なったってわけではないんだ」

 レイは食事の手を休めて腕を組むと、しげしげと健二を眺めた。ゆかりも、自分のハンバーグを一口大に切ろうと動かしていたナイフとフォークを置く。いつもあれこれと健二を心配し、世話を焼くのはこの二人だった。

「そう言えば、なんか最近元気ねえような気がしてたんだよな。そんなことねえか?」
「たしかに、少し疲れが溜まってるようには感じてるよ」

 そこまで感づかれていたのなら仕方がないと、健二はごまかすのをあきらめて認めた。

「少し前に、健二くんが考えた作戦について話してくれたけれど、その作戦のことがプレッシャーになっているということは無い?」
「わかりません……もちろん、不安はあります。けど、それが体に現れるほどのストレスになってるとか、そういう意識は無いんです」

 はっきりとしない健二に、二人は首をひねった。
 ゆかりが言った“作戦”とは、健二が思いついた、阿久津賢士に対抗するためのアイデアのことだ。前回、阿久津賢士が関与した事件が起こったあとで突然ひらめいたそれを、健二は半ば勢いに任せるような形でSGAの面々に話したのだ。レイたちの上司であるマーカス・クレイグはしばらく考えを巡らせた末に、健二の案を実行に移す方向で考えてみようと言った。だが、具体的にどうするのかといった詳細を話し合ったわけではないし、そんなことが本当に可能なのかさえわからない。心配なことは多々あるが、今はむしろ、自分が実際に危険な作戦に参加するということに対する、明瞭な自覚が持てないでいた。

「気になるよな。まあ、病気なら医者に診てもらえばわかるだろうけどよ……」

 レイは自分のグラスに手を伸ばすと、中に入ったビールを一口飲んだ。

「でも、よく考えると当然のことかもしれないわ」

 しばしの沈黙のあと、ゆかりが静かに言った。レイと健二は同時に彼女に目を向ける。

「だって健二くんは、突然133年も未来にタイムスリップしてしまうだなんて、普通はフィクションじゃないと考えられないような経験をしたんだもの。何が起こったのか理解できなかったでしょうし、簡単に受け入れられるものでもないと思うわ。周りは見たこともない場所で、知らない人だらけ……それに、ちゃんと過去に帰れるのか、これからどうなるのか、という心配もあるのよ。ストレスで調子を崩しても不思議じゃないわ」

 ゆかりは、口に出しながら自分でも考えを整理かのするように、ゆっくりと話した。
 まさに、心の片隅でもやもやと感じてはいたが、意識には浮上していなかった声を代弁されたかのようで、彼女の言葉は健二の中にすとん、と落ちてきた。途端に、今の自分を悩ませている憂鬱と、心身の重さの原因が明確になった気がする。

「むしろ、今までの方が落ち着きすぎていたくらいじゃないかしら」
「なるほどな。たしかにそうだよな」

 レイも腑に落ちた様子で同意した。わずかに目を見開いた彼の表情は、どうしてすぐそのことに思い至らなかったのだろう、とでも言いたげだ。

「実は……一週間くらい前からなんだけど、2015年の生活のことをよく思い出すんだ」

 健二はぽつりぽつりと話し始めた。

「仕事のこととか、同僚とか、友達とか……忙しくてなかなか電話もできなかったから、たまに実家に帰ったときに会うくらいだった両親のことまで。わざと思い出そうとしてるつもりはないんだけど、いつの間にかそんなことばっかり考えてしまってて……」

 彼らは、どうしているのだろう。健二が事故に遭ったことを知ったなら、どう思っただろう? 2015年を生きていた人たちとは、もう二度と会えないのだろうか。
 気がつくと、何気ない日常のひとコマや楽しかった思い出が、記録された映像のように何度も何度も脳裏で再生されている。それまでは一度も思い出さなかったようなことさえ、次から次へととめどなくあふれ出してきた。そして、それらの記憶はすべて、色鮮やかに輝いて見える。辛いことも多かった職場での出来事さえ、幸せな日々だったと感じられるほどだった。

「でも、こっちに来たばかりのときは食事も普通に食べられたし、今ほど2015年のことばっかり思い出して、元の生活が恋しくてたまらなくなるなんてことも無かったんだけどな」
「もしかしたら、今までは一種の興奮状態のようになっていたのかもしれないわ」

 健二が疑問をもらすと、ゆかりが少し遠慮がちな声色ながらも答えた。

「気が張り詰めていたせいで、ストレスを受けていることをあまり感じなかった、ということもあるんじゃないかしら」
「それはありそうです。わからないことや驚くことだらけだったので。まあ、今もそうなんですけど……大きな刺激が多くて、そっちに気をとられていたのかもしれないです」

 最初はとにかく目の前の状況や出来事になんとかついていくことに必死で、それで精一杯だった。

「それが、ここでの生活にも少し慣れて落ち着いてきたことによって、かえって、今まで抑え込まれていた気持ちとか、疲れのようなものが出たのかもしれないわ」

 それを聞いて、レイが「ああ」と声を上げた。

「就職とか引越しとかも環境が変わってすぐじゃなくて、慣れたころにどっと疲れが出てしんどくなるって言うよな。それと一緒だな」
「まあ、ある意味似てるけど……それとは次元が違わないか?」

 健二は苦笑した。そんな、誰もが一度は経験するであろう人生のイベントとタイムスリップを同列に語ることはできないが、それでもレイやゆかりの言うことは正しかった。そう言われてみれば、この感覚には覚えがある。健二も入学や就職、引越し、そしてそれに伴う別れなど、環境が大きく変わる出来事は何度か経験してきたが、その中で今と同じような状態に陥ったこともあった。それほどひどいものではなく、時間が経つと自然と回復していたのですっかり忘れていた。今回、健二が遭遇した事態から受けるストレスは、日常の中の変化からくるものとは比べ物にならないほどのショックに違いないが、似たような状態だと思えばしっくりくる。

「外にも出られねえんだもんな。気分も変わらねえよな」

 レイが天井を見上げ、自分の境遇への愚痴をこぼすかのように言った。

「そうだな……でも、俺が外を出歩くわけにはいかないし。仕方ないよ」

 このSGAの拠点で過ごすようになって三週間以上が過ぎ、健二自身もそろそろ苦痛を感じ始めていた。もともと、健二は趣味のロボット工作に打ち込んでいる時間以外は家でじっとしているのが好きな性格ではない。そうでなくとも、さすがに一ヶ月近くの間、家代わりである建物の敷地から出たのがたったの一度しか無いとなれば、息が詰まりそうな心地がするのは自然なことだろう。

「待てよ。絶対に出られねえってこともねえのか?」

 ふと、レイが眉を寄せて考え込むような表情になり、独り言を言うように呟いた。

「場所とやり方を考えりゃあ、少しだけなら街に出られるかもしれねえぞ」
「そんなことができるのか?」

 健二は驚いてたずねた。
 初めは敵のスパイではないかとSGAに疑われて監禁されていた健二も、今は被害者側の一人だと認められ、信用されている。しかし、肝心のタイムスリップが敵である阿久津賢士の仕業なのかどうかはわかっていないので、不用意な行動は避けるべきだ。それに、まさか街ですれ違う人々に健二が過去の人物だと見抜かれることなどほぼあり得ないだろうが、それでもあまり人に姿を見られないに越したことはないはずだった。

「わかんねえけど、方法はあると思うぜ」

 レイが言い、ゆかりもうなずいた。

「外の空気を吸えたら、ちょっとは気分転換になりそうだろ?」
「ああ」

 それは心からの返事だった。以前、一度だけ目にした2148年の街並みは、健二の好奇心をくすぐるには充分すぎるものだった。未来の街を普通に見たり散策したりすることなど不可能だとあきらめていたが、もしそれが叶うのならとてもありがたい。暇つぶしにとSGAから渡されているタブレット端末で資料を見るのと、実際に目で見るのとでは全然違う。
 レイはゆかりに目を向けた。

「健二の作戦を実行に移す前の方がいいよな?」
「そうね。あとになると、ますます外に出にくくなってしまうと思うから」

 レイは健二に向けて右手の親指を立てると、笑ってみせた。

「とにかく、明日ボスに聞いてみるよ」
「ありがとう、レイ」

 彼の笑顔を見て、健二もようやく微笑んだ。本当に拠点の外に出て、再び2148年の街の景色を拝むことができれば、この気持ちも少しは晴れるかもしれない。


 クレイグにSGAの本部に呼ばれたのは、それから三日後のことだった。以前に訪れたときと同じように、レイに連れられて拠点の地下から専用のトンネルを通り、本部へと向かう。健二も今回からは、偽の情報を登録した個人認証カード――前にSGAが用意したものだ――を受付で提示して中へ入る。受付の職員が機械にカードを読み取らせる瞬間、登録されている“安達健一”という名前や生年月日が嘘であることがばれるのではないかとひやひやしたが、心配していたようなことは起こらなかった。
 何の問題も無くセキュリティゲートを抜けたところで、健二はほっと胸をなでおろした。

「ここはSGAの中なんだから、万が一何かあってもどうとでもなるし、そんなに緊張しなくても大丈夫だぜ」

 レイが歩きながら、がちがちになっていた健二に向かって少し抑えた声で言った。「堂々としてねえと、逆に怪しまれるかもしれねえぞ」とからかうようにつけ足して、隣を歩く健二を軽く小突く。それもそうだと思いながら、健二は苦笑した。

「次からはもうちょっと自然にしてられると思うよ」

 この日もSGA本部の建物内は、様々な服装をした大勢の人々とロボットが行き来していた。エレベーターで犯罪捜査部のオフィスがある七階まで上がると、複雑に入り組んだ長い廊下を進んでいく。前回来たときとは別の場所だったが、指定された小さな会議室の一つに向かった。その部屋は特別犯罪捜査課のオフィスの近くにあるようで、途中でその前を通りかかった。レイに聞いたところ、約束の時間にはまだ少し早いようだ。
 会議室のある廊下に差しかかったとき、前方に調査部の制服を着た人物がいた。真っ黒のスーツに黒のネクタイといった格好は意外と目立つので、健二にも調査部の人間はすぐに見分けられるようになった。そこにいたのは、阿久津賢士の事件を担当するチームの一員である、劉俊毅だった。仕事中であるはずの彼はどういうわけか、特に目的もなくぶらぶらしているような足取りで廊下を行ったり来たりしている。

「劉さん? どうしたんすか?」

 すぐに気がついたレイが声をかけると、彼はこちらに顔を向けた。

「こんなとこで何やってんすか?」

 レイが畳み掛けたが、その質問に答える前に、劉は視線をレイから健二に移して意外そうな声を上げる。

「あれ? 健二も一緒なのか」
「こんにちは」

 健二は軽い会釈とともに挨拶すると、レイの後に続いて劉に近づいた。

「本部には今戻ったのか?」
「はい。ボスから健二に話があるんで、拠点に迎えに行って、連れてきたところです」

 レイが劉に説明する横で、健二もこくりとうなずいた。

「そうだったのか。さっき君の課を覗きに行ったら部屋にいなかったから、今日は外に出てるのかと思ったよ」
「俺を探してたんすか? 何か用事っすか?」
「いや、用事は無いんだけどな」
「じゃあ、なんで俺らの事務所に行ったんすか」

 レイが、わざとオーバーに呆れをにじませたような口調で言って笑った。しかし、劉の方は珍しく、いつも快活な表情を浮かべている顔をわずかにではあるが曇らせた。

「今、あんまり調査部のオフィスにいたくなくてさ」
「何かあったんすか?」

 彼の予想外の反応に、レイも笑みを消して真剣な表情になる。

「うーん……たいしたことじゃないんだけど、さっき情報部のやつが来て、ちょっともめてるんだ」
「情報部が? 情報部と調査部がもめるって珍しいっすね」
「まあな」

 健二は二人の話に耳を傾けつつ、記憶を探った。情報部は犯罪捜査部や調査部と同じくSGAの部署の一つで、たしかインターネット上の情報を削除したり改変したりして、情報の操作を行っている部署だ。

「少し前から情報部のコンピューターの一部に侵入しようとしてるやつがいるらしくて、調査部の方に調べろって言ってきてるんだよ。でも、こっちも手いっぱいだろ? 何人かが、それは情報部の仕事だって怒りだして喧嘩になって、そのせいでみんながピリピリした雰囲気になってるんだ」

 SGAの仕事に関することなので健二は口をはさまないようにしていたが、そんな空気の中では仕事をしづらいだろうなと思った。健二自身も勤めていた会社で、同僚がすぐ近くで上司に叱責されていたときなど、緊張感に耐えられずに思わず部屋を出て行きたくなったことがあるので、彼の気持ちはわかる。

「そりゃあキツイっすね。……でも、情報部のコンピューターをハッキングしようとしてるやつっすか。何なんっすかね?」
「それ自体はそんなに珍しいことじゃないみたいだけどな。調査部が管理してるデータベースにも何度かやられてるけど、全部防いでるし。ただ、ここのところひどいらしい」

 SGAは国の重要な機関だ。DNAのデータまでをも含んだ国民の個人情報や、様々な建物の構造などに関する詳細な資料など、重要な情報を数多く保管している。やはり、ハッキングを行ってそれらの情報を盗もうなどといった悪巧みを試みる不届き者も多いのだろうか。健二がそんなことを考えていたとき、T時に交差した廊下の先から声が聞こえてきた。

「あ、レイー! 劉さーん!」

 そちらに目をやると、アマンダが大きく手を振りながらこちらへ走ってくるのが見えた。彼女の動きに合わせて二本の三つ編みが揺れている。いくら未来だとはいえ、大勢の人間が仕事をしている建物の中で大声を上げながら走るという行為は、この時代でも褒められたものではないだろう。だが、彼女はそんなことには気がつかないほど興奮している様子だ。
 アマンダは健二たちの前までやってくると、ぱっと顔を上げて彼らを見上げた。彼女の大きな青い瞳は高揚にきらめき、顔は真夏のひまわりの花のように明るく輝いている。その輝きによって、頭上のライトに照らされた廊下が、彼女の周囲だけ明るさを増したように感じられた。

「SGAの入職試験、合格したよ!」

 一呼吸置いたあと、アマンダは胸の前で両手の拳をぎゅっと握り、頬を紅潮させて言った。それを聞いた途端、レイの顔にも笑みが広がる。

「マジか!? やるじゃねえか! おめでとう!」
「ありがとう、レイ!」

 劉がアマンダに手のひらを向けて、右手を掲げた。

「やったな!」
「うん!」

 アマンダは自分の右手を劉の手に打ち合わせ、二人はハイタッチをした。相変わらず仲が良さそうな二人を見て、健二の頬がゆるむ。

「おめでとう、アマンダ」

 健二も彼女を祝った。そんなささやかな言葉をかけることくらいしかできないが、試験のことについては健二も聞いていたので、アマンダを賞賛する気持ちは本物だった。

「うん、ありがとう!」

 アマンダはうれしくてたまらないようで、文字通り飛び跳ねて喜びを表現している。

「そういや、今日は午前中から試験の結果が出るっつってたな」
「そうだよ! さっき結果を聞いてきたとこなんだ。結果がわかったら真っ先にみんなに知らせたかったから、今探しに行こうと思ってたとこだったの!」

 しかし、はしゃいでいたアマンダはふと我に返ったようになって目をしばたたくと、健二に不思議そうな顔を向けた。

「あれ、そう言えば、なんで健二がここにいるの?」

 健二は口を開いたが、言葉を発するより先にレイが答えた。

「ボスに呼ばれたんだ。健二を外に連れ出そうって計画、この前話しただろ? そのことでさ」
「そうなんだ」

 アマンダは興味を引かれたようだったが、今は自分の成し遂げたすばらしい成果に夢中のようだ。

「じゃあ、これからまだ制服のサイズ測ったり、明日からのこととかいろいろ説明聞いたりしなきゃいけないから、行くね!」
「おう」

 レイが応じると、アマンダは健二たち三人に手を振って、くるりと踵を返した。最後に、もう一度健二を振り返る。

「健二! 試験のことはまたあとで教えてあげるね!」
「ああ。頼むよ」

 健二も小さく手を振った。今度は来たときほどの全速力ではなく小走りに、アマンダは廊下を戻っていく。

「なあ、外に連れ出す計画ってなんだよ」

 その後ろ姿がそれほど遠ざからないうちに、劉が健二に身を寄せ、興味津々といった様子でたずねてきた。クレイグとの約束の時間も迫ってきたのでとりあえず会議室の前まで移動することにし、並んで廊下を歩きながら、レイがこれまでのいきさつを簡単に劉に話した。近頃、健二の元気が無くなってきているということや、拠点に閉じこもっているというのもよくないかもしれないので、何とか外に連れ出してやれないかとクレイグに相談したということ。劉は相づちを打ちながら話に聞き入っていた。
 ちょうど会議室のドアの前に辿りついたところで、廊下の先の曲がり角からクレイグが姿を見せた。ロングコートをなびかせ、堂々と落ち着き払った足取りで歩いてくる。レイたちSGAのメンバーは、それぞれに挨拶を交わした。

「ストレイスから話を聞いた」

 健二の前で足を止めると、言葉少なに彼は言った。いつものようにひどく事務的な口調だが、健二を映すダークブラウンの瞳は「すべてわかっている」と語っているようで、その目を見上げていると不思議な安心感に包まれた。

「私の方から拠点へ出向くことができず、申し訳ない。電話で話すことでもないと思ったから、君に本部まで来てもらうことにした」
「いえ、こうやってSGAの本部まで出てくるだけでも少し気分が変わるので、よかったです」

 クレイグが静かにうなずいたのを見て、もしかすると彼は最初からそのつもりで健二を本部に呼んだのかもしれない、とも思った。
 レイが会議室の扉を開けようとしたが、クレイグは「いや、ここでいい」とそれを止めた。

「すぐに終わる」

 セクション・チーフである彼は、自分の担当するチームの仕事以外にもやるべきことが溢れているようで、部外者である健二の目から見ても忙しそうだった。今も、健二たちとの会話に割ける時間があまり無いのかもしれない。クレイグは健二に視線を戻した。

「君の外出の件について、私の上司にも報告して検討した結果、安全な場所に短時間出るだけなら大丈夫だろうということになった」
「いいんですか?」

 本部に呼ばれたときから薄々予想のついていた返答ではあったが、改めて告げられると、小さな喜びの温もりが胸に広がるのを感じた。

「ああ。それが改善に繋がるかどうかはわからないが、気持ちをリフレッシュする時間を持つことが今の君の状態にはいいだろうというレイの意見に、私も同感だ」
「一緒に阿久津賢士と対決してもらうときに、元気がねえと困るだろ?」

 レイが冗談めかして言った。「それに、来たくて来たんじゃねえっつっても、133年も過去から来たんだからよ。この時代の街がどんなものなのか、ちょっとは見てみたいだろうしさ」と続ける。

「今日の二十時に、ストレイスを拠点に戻らせる。それから、彼とともに車で外に出てもらう。外では、必ずストレイスの指示に従ってくれ」
「はい」

 許可をもらっているというよりも、命令を言い渡されているような気分だ。健二はやや緊張気味に答えた。

「場所はどこなんですか?」

 それまで黙っていた劉が、健二も早く聞きたくてたまらなかったことをたずねた。

「俺んちの下にある店っすよ。ほら、『ラ・スパツィオ』って店があるじゃないですか。あそこっす」
「あそこに行くのか! うわあ、いいなあ」
「それはどんな店なんだい?」

 当然ながら、店名だけでは何の店かさっぱりわからない健二は、さらにレイに聞いた。

「酒飲んだりできるとこだよ。まあ、バーみたいなとこだな」
「バー?」

 まったく想像だにしていなかった答えに、健二は思わず声に出して繰り返していた。その驚きを別の意味に取ったのか、レイが「バーは2015年にもあったよな?」などと聞いてくるので、健二は戸惑いつつも「もちろん」と返す。

「すまない。何かあった場合の対応が可能かどうかということも考慮すると、出られそうな場所や時間帯が限られていてな」クレイグが言った。「入店には必ず個人認証カードで身分を確認されるし、比較的人の出入りの少ない店だから安全だが、念のため、店の外にも捜査部の職員を二人ほど見張りにつける。詳しい説明は後ほどストレイスから聞いてくれ」

 彼の言うことは理解できるのだが、それにしても、よりによってバーとは。安全面を重視する際に選ぶ場所としてはあまり適していないような気がするが、この時代のバーは健二が知っているものとは違うのだろうか。外に出られるだけでもありがたく思うべきかもしれないが、困惑を隠せない。
 そんな健二を安心させるかのように、レイは明るい笑顔を作った。

「健二もきっと気に入ると思うぜ」
「あーあ。残業が無ければ僕も一緒に行きたかったよ」

 劉が、なおも心底うらやましそうに言う。

「彼はともかく」クレイグは言いながら、“彼”のところで健二を手で示す。「ストレイスは別に遊びに行くわけではない」

 その冷静な指摘に、劉は笑いながら「わかってますよ」と軽い調子で返した。
 今晩、連れて行かれるそのバーがいったいどんなところなのか健二には見当もつかなかったが、レイと劉の二人がそこまで言うのだ。きっと、すばらしい場所であることには違いないだろう。その点については、何も心配せずに期待していても良さそうだと、健二は思った。



>> To be continued.



読んでくださってありがとうございました!!
視点の変更は楽しい部分でもありますが、健二の視点に戻ってくると落ち着きますね(笑)

三話は「こんな敵がいて、こんな風に戦ってるんだ」、ということを描く回という感じでしたが、
四話からはまた少し違った流れになっていきます。
新しいキャラも登場しますので、楽しみにしていただけますとうれしいです!

いつも拍手等を下さる方々、本当にありがとうございます!
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プロフィール

黒江 那臣

Author:黒江 那臣
名前は「くろえ なおみ」と読みます。
オリジナル小説メインでイラスト(小説の登場人物)も描いています。
長編SF「未来への追憶」を創作中。
本編小説を連載しています。
亀のような歩みではありますが、完結を目指してがんばります!

呼び捨て/あだな呼び同盟