未来への追憶 第一話 - 05

 連れて行かれたのは二十畳ほどの広さの部屋だった。天井も壁も床もすべてが真っ白だ。部屋の中央に一脚だけ、扉の方を向けて置かれている椅子の色さえ白で、どこか落ち着かない。部屋の奥の壁際には、何に使うのかはわからないが病院の検査機器のような機械がいくつか並べられている。その横には棚と、筆記具などが置かれた長机がある。
 リウに押されて部屋を横切るとき、部屋の中央の天井にドーム型の監視カメラのような物がついているのが視界の隅にちらりと見えた。
 椅子の前まで来ると座るように言われ、体を反転させて簡素なそれに腰を下ろす。

「腕はもう下ろしていい」

 言われて初めて、ずっと挙げっ放しだった自分の両腕がひどく疲れていることに気がついた。両手を膝の上に置く。握った拳と腕に力が入り、肩の筋肉が突っ張った。手のひらは汗で濡れている。
 健二が座ったとき、丁度ゆかりが扉の横の電子パネルを操作しているところだった。この部屋のドアも自動で開閉する仕組みになっている。だが、中庭へ通じるドアのようにガラスではない。壁よりも少し暗い色のそれは、ずいぶん頑丈な造りになっているように見えた。
 そして、この部屋には窓が一つも無い。
 中庭から見たこの建物の外観や廊下とは明らかに不釣合いな部屋だ。初めてここに来た健二にも、この部屋が何か特殊なことをするときに使う部屋だということは推測できる。
 いったい、これから何が始まるのだろう。自分は何をされようとしているのだろうか。
 拷問。その二文字が頭を掠め、体が震えた。

「さて」

 リウが両手を腰に当て、健二から一メートル半ほど離れた正面の位置に立った。健二は彼を見上げる。

「まずは君の名前から教えてもらおうか」

 そう言えばまだ一度も名乗っていなかったな、と健二は思う。
 自分の名前を名乗るのに悩む必要も無く、困ることも無い。一番簡単な質問だった。

「名前は、阿久津健二です」

 いつもそうするように、ごく自然な調子で答える。ところがその途端、部屋を満たしている空気が変化した。それまではピリピリと張り詰めた緊張で隙間なく覆い尽くされていたのが、動揺で波のように揺れたのを感じる。

「阿久津、健二?」

 目の前のリウはわずかに目を見開き、その後ろに佇んでいたレイとゆかりは互いに狐につままれたような顔を見合わせていた。今日、彼ら二人がそうするのはこれで数度目だ。
 この反応は何なのだろう。どうして自分の名前を名乗っただけでこんなに驚かれなくてはならないのか、腑に落ちないものを感じた。彼らがただ単に健二のことを知っていただけという可能性はまずないだろう。健二は名前を聞いただけで彼だとわかってもらえるほど、ましてやこんなリアクションが返ってくるほどの有名人では決してない。同姓同名の知り合いでもいるのだろうか。

「偶然……ということは無いだろうね、さすがに。阿久津健二、というのは、本人のつもりなのかな? それとも親族か何かという設定なのかな?」

 しばらくして、リウが訝しげな目で健二をじろじろと眺め、わずかな困惑をにじませた声で言った。
 やはり同姓同名の知人がいるようだ。しかし、“設定”とはどういうことだろうか。
 何か言おうと口を開いたが、自分が何を疑われているのかがわからないので誤解の解きようもない。結局、健二の口からは何の言葉も出てこなかった。
 健二が黙ったままでいると、リウは「まあいい。調べればすぐにわかることだ」と言ってゆかりを振り返った。

「藤原、ボスに連絡して今までの報告を。それから、今後の指示を仰いでくれないかな」
「はい。わかりました」

 うなずくと、ゆかりは再びパネルを操作して自動ドアを開け、部屋から出て行った。すかさずレイが操作パネルを触る。健二が逃げ出さないよう、ドアのロックでもしているのだろうか。

「さあ。じゃあ、さっそく検査を始めようか」

 リウが健二に向き直った。

「あ、あの、検査って何をするんですか?」

 健二は不安で押しつぶされそうになりながら、勇気を振りしぼって尋ねてみた。だが、リウはそれを無視して部屋の奥に機器を取りに行ってしまい――レイも彼に手を貸すためにそちらへと向かい――健二の切実な疑問に対する答えは得られなかった。
 そこから先はひたすら、体にあらゆる機器を取りつけられたり、様々な質問を次から次へとぶつけられる時間が続いた。
 しかし幸いなことに、そこで行われたことは彼らの言葉どおりの正真正銘の“検査”に違いなく、健二が心配していたようなものではなかった。痛みを感じた瞬間といえば、血液を採取するために腕に針を刺されたときくらいだろう。それも、病院で血液検査や予防注射をする際に注射器の針で刺されたときの方が痛いくらいの、ごくわずかなものだった。
 リウはまず健二の顔写真を撮影し、そのデータを読み込んだタブレット端末――この部屋の棚から持ってきたもののようで、レイがコートに入れて持ち運んでいるものよりも大きい――を操作していた。それをレイが横から覗き込んでいる。健二は何が行われているのかわからないまま、黙って待った。

「該当する登録情報は無し。ここまでは予想通りだな」

 しばらく画面を見つめたあとでリウが呟く。
 次に指紋を調べられた。右手を固定され、同じように端末で指紋を撮影される。

「おや? こっちもヒットしないか。これは少し予想外だ。もしかしたら、ここは誰かと一致してるかと思ったんだけどな」

 またしばらくの後、リウが片眉を上げて健二の方を見ながら言う。
 それを聞いても健二には当然意味がわからず、検査を受けるたびに、何か彼らにとって悪い結果が出ないことを祈るばかりだった。
 持ち物の検査もされたが、鞄は目覚めたときから見当たらなかったし、健二はスーツのポケットには鍵束と前もって買っておいた帰りの電車の切符、そしてスマートフォンしか入れていなかった。そのスマートフォンも入れていたはずのポケットには無く、どこかで落としてしまったらしい。今までのことがすべて現実に起こったことなら、トラックに撥ねられたときの衝撃でズボンのポケットから飛び出したのだろう。今はどこにあるのかわからないが、壊れてしまったかもしれない。結局、探られて出てきたのは鍵束と切符、そして左腕につけていた腕時計だけで、リウはレイと二人でそれらを軽く持ち上げたりひっくり返したりして眺めたあと、自分のスラックスのポケットにしまった。
 検査の途中でゆかりが戻ってきた。ドアの横のパネルが電子音を発し、レイがパネルを操作してドアを開ける。入ってきた彼女は手にコップを一つ持っていた。

「リウ先輩、ボスは今からこちらに来られるそうです。それまで検査を続けておくように、ということでした」

 リウが「そうか」と応じる。
 ゆかりは健二に近づくと、持っていたコップを彼に差し出した。

「どうぞ。喉、渇いてるでしょう?」

 彼女が椅子の傍らに立つと、花のような、柔らかくほのかないい香りが鼻腔をかすめた。
 突然、不審者に対するものとは違う普通の対応をされたことに驚き、健二はすぐには反応できなかった。健二の戸惑いを感じとったのか、ゆかりは微笑を深くしてつけ足す。

「安心して。これは検査とは何も関係ないから。薬も何も入ってない、普通のお茶よ」
「ありがとうございます!」

 ようやくコップを受け取ると、中の液体を口に含む。冷たい麦茶だった。まろやかな味が口内に染みわたり、なじみのあるそれが喉を潤して食道を流れていくのが感じられた。ゆかりの言うとおり喉はカラカラだった。一気に飲み干してしまうと、ほぅ、と息を吐く。心地よさが全身に広がって、緊張がいくらかほどけた。
 健二が麦茶を飲み終えて顔からコップを離すと、ゆかりが手を差し出していた。もう一度心からの礼を言ってコップを彼女に返すと、検査が再開された。
 その後は血液検査だった。採血を行ったのはゆかりだった。彼女は専用の器具をそっと健二の腕に当てて力を込める。その器具は従来の注射器とは形が異なり、針が外側からあまり見えない仕様となっているようだ。そのため、見た目からは注射器の独特の怖さは感じない。また、扱いも通常の注射器よりも簡単そうな印象を受けた。
 結果はすぐに出たようだった。血液から何を調べていたかにもよるのだろうが、ずいぶんと早い。もし健二が想像しているとおりの血液検査ならば、通常の病院などではまずありえない早さだろう。だが、健二には検査の結果は知らされなかった。
 最後の検査は頭にヘルメットのようなものをかぶせられ、指先にも器具をつけられた状態でリウからの問いに答えていくというものだった。
 名前や生年月日や住所、そして職業のような基本的なこと。この場所に見覚えがあるかどうか。自分たちに見覚えがあるかどうか。ここがどこか知っているか。
 その中には先ほどすでに話したことも含まれていたが、再度答えるように言われた。
 ここに来た目的などもちろん無い。はじめにレイとゆかりと対面したときのように、気がついたらこの建物の庭にいたとしか言いようがない。
 改めて聞かれることが不可解に感じる質問もあったが、彼らはこの特殊な機械で健二が嘘をついていないか調べているのではないだろうかと思い至った。
 リウは表情を変えず、淡々と質問を繰り返す。
 健二は時折答えに詰まり、考え、意味の汲み取れなかった質問の詳細をたずね返しながらも、一つずつ正直に答えた。
 生年月日を答えたときにわずかな間があっただけで、ヘルメットと指先の器具が繋がった機器の液晶と、健二の様子を交互にうかがっているリウもレイもゆかりも、健二のその都度の返答に対しては何も反応しない。
 質問の内容は、重ねられるたびにどんどん奇妙なものになっていった。

「君は整形をしたかい?」
「い、いえ、してません」
「何か、普通とは違う特殊な能力がある? たとえば、筋力を強化されててものすごく強かったりとか」
「ありません……」
「洗脳をされたことは? もしくは、洗脳された可能性を感じるような場面に覚えはある?」
「い、いいえ……」

 健二は、自分の眉間にだんだんしわが寄っていくのを感じた。声にも戸惑いが現れてしまう。整形に洗脳。自分はどんな裏の世界に巻き込まれてしまったのか。
 リウの瞳はすべてを見透かすような強い光を放って健二を見据えている。

「少しでも思い当たるところや、断片的なイメージみたいなものでも、思い出すことは何も無い?」

 畳みかけられて少し考えてみるが、当然そのようなことなどあるはずが無かった。

「はい……ありません」

 妙に思いながらも健二が答えると、それ以上の追求は無かった。
 手術を受けたことがあるか、特別な治療を受けたことがあるかという質問が続く。今まで大きな怪我や病気はしたことがなく、手術の経験も無かったのでそう伝えた。

「君と同じ“阿久津健二”という名前の人物について知っているかい?」
「いえ、知りません。……たぶん、同姓同名の人物に出会ったことは今まで一度も無かったと思います」

 彼らにとって、“阿久津健二”という人物は非常に重要な存在らしい。それが良い意味でなのか、悪い意味でなのかはわからないが。なんらかの理由でその“阿久津健二”を警戒している人々がいる場所に、同姓同名の自分が突然姿を現すことになったということか。偶然にしては出来すぎているような気がした。誰か――たとえば、自分をここへ運んだ誰か――の陰謀なのだろうか。それとも、もっと以前から仕組まれていたことなのかもしれない。
 彼らの言う“阿久津健二”とはどんな人間なのだろう。どちらにせよ、健二には迷惑な話だった。
 最後に、阿久津賢士(さとし)という人物を知っているかともたずねられた。「賢者の賢に、学士の士」と、わざわざ漢字まで説明される。健二の記憶にはその名前も無かったので、知らないと答えた。

「嘘はついてないみたいっすね」

 結果がそこに表示されているのだろうか、健二からは見えない位置に置かれた液晶画面を睨みながらレイが言う。
 健二が思ったとおり、彼に取りつけられている機器は嘘発見器のようなもので、今のは健二が本当のことをしゃべっているかどうかを確かめる検査だったようだ。

「だけど、この検査は洗脳されてる場合は効果が無いからなぁ」

 リウが腕を組んで嘆かわしげに言った。

「洗脳を解く方法があればいいんですけど……」

 そう呟いたゆかりの声はやりきれない思いをにじませたような、心底残念そうな響きを帯びている。
 不意に、リウが意地悪い笑みを浮かべて健二を見た。

「これは、少し痛い思いをしてもらうしかないかな。そうすれば、もしかするとショックで洗脳が解けるかもしれない」

 拷問をほのめかすその言葉に、一気に体の温度が下がったように感じた。検査の間に薄れていた恐怖心が、またもや強烈な渦となって腹の底から込み上げてくる。

「俺、ほんとに洗脳なんてされてません! 誤解ですよ!」

 健二は半ばパニックに陥りかけ、怒ったように叫んだ。
 ヘルメットや器具をまだ体につけたままだったため、本体の液晶画面に変化があったのだろう。お、という顔でレイが画面に目をやった。

「俺の家族や友人の連絡先を教えますから、彼らに確認してください! そしたら真実がわかるでしょ!」

 その時、入り口のドア横のパネルが光った。すぐに自動ドアが音を立てて開く。部屋にいた全員がそちらに顔を向けた。



>> To be continued.



ごめんなさい、「第一話」は今回の更新で最後だと書いたのですが…

終わりませんでしたorz

申し訳ないです…!!;
前回の更新時にはまだまったく続きを書いてない状態だったので、
残りは一回分に収まるだろうと考えていたのですが思ったよりも長くなってしまって><

次回で今度こそ「第一話」は完結します!本当に!(笑)

拍手をくださった方々、ありがとうございました!(ボットさんかもしれないけどw)
読んでいただけてものすごく嬉しいです(*´▽`)


未来への追憶 第一話 - 04

「ちょ、ちょっと待ってください……!」

 喉から搾り出した声は情けなく震えていた。意識するより先に、手のひらを相手の方へ向けて両手を頭の上に挙げている。
 フィクションならともかく、日本国内で当たり前のように銃が出てくるなどにわかには信じがたい。もしかして彼らは警察なのだろうか。そうでなければ、社会ではその正反対の位置に分類される人々ということになる。
 自分はとんでもなく危険で、非合法的な集団と関わってしまったのかもしれない。健二のこめかみを冷や汗が伝い、背中がぞくりと粟立つ。
 突然銃を向けられたことへの混乱と疑問が頭の中を渦巻いていたが、実際には純粋な恐怖心の方が勝っていた。それらすべてを押しつぶすほど遥かに大きく冷たい恐怖の感情が湧きあがり、健二の脳と肉体を支配する。とてつもない緊張感に全身が硬直し、五感が急に研ぎ澄まされたような感覚に陥った。心臓が早鐘を打っている。毛穴から滲み出る汗にさえ恐怖の匂いが感じ取れるかのように思えた。

「リウさん……」

 ゆかりという名の女と白人の青年は目の前で繰り広げられる光景を心配そうな表情で見守っていたが、青年の方がやはり心配そうな口調で銃を構える男に呼びかけた。リウというのが男の名前らしい。あまり聞きなれない響きだ。りゅう、のようにも聞こえたが、どちらかというとやはりリウだった。
 青年の声の調子は、男に何か言いたいことがあったが、言葉を続けるかどうか悩んだ末に遠慮がちに名前を呼ぶだけに留まった、といった感じだった。

「ああ、心配しなくても今すぐ殺しはしないよ、レイ」

 しかし、男――リウはそれだけで青年の心境を察したのか、緊迫感の欠片も感じない声で答えた。だがその間、鋭い視線が健二から外されることは一度も無い。

「お、俺は本当に怪しい者じゃないんです! 信じてください!」

 ほとんど泣きそうになりながら健二は叫んだ。掲げた指先がぶるぶると震えている。

「それは君じゃなく、今から君が受ける検査が決めることだよ」

 健二の必死の訴えにも表情一つ変えず、健二に銃口を向けたままでリウという男はさらりと言った。そして、そのまま健二に近づいてくる。
 本能的に後ずさりたくなって思わず右足を半歩ほど後ろに下げるが、下手に動いて引き金を引かれることを恐れ、なんとか踏みとどまる。男が近づくたびに体の震えが激しくなった。
 健二の側までやって来ると、リウは銃を持っていない方の手でスラックスのポケットから発炎筒のような筒状の物を取り出した。発炎筒よりは小さい黒色のそれを、懐中電灯で照らすように健二の顔に向ける。すると、健二が怯えるよりも先に、その先端から赤色の光が放たれた。
 強烈な光が目を直撃し、まぶしくて目をつぶる。全身がびくりと跳ねた。
 いよいよ何かされるのかと思ったが、しばらくしても痛みもしびれも感じない。恐る恐る固くつぶった目を開くと、まるでレーザービームのようなその光は、筒の先端から扇形に広がって健二の体を照射していた。昼間の屋外でも光の線がくっきりと見える。
 だが、健二の肌やスーツが赤く照らされた他は特に何も起こらなかった。普通のライトが体に当たっている状態とさして変わらないように思える。
 ライトは健二の頭の先からつま先までをくまなく舐めるように動かされ、全身を照らし終えると青色に変わった。
 それを見て満足げに「ふむ」とうなずき、いったい何をされたのかまるでわかっていない健二には一言の説明も無いまま、リウはライトを消してポケットに戻した。それから彼は健二の背後に回ると、銃口を健二の背中――肩甲骨の間の辺り――に押し当てた。
 背中に銃の硬さを感じ、強くなった恐怖感にあえぐ。心臓は狂ったようにドクンドクンと激しく脈打っていて、息をするのもやっとだ。

「両手を頭の後ろで組むんだ」

 健二は素直にその通りにした。

「これから君のことを調べさせてもらう。いろいろ聞きたいこともあるしね。さあ、一緒に来てくれるかい」

 穏やかだが寒気がするような冷たい声音でリウが言い、銃口で背中を押されて歩くように促される。両足も手と同じように、わざとらしいほどガクガクと震えている。
 一歩踏み出せばその場に崩れ落ちてしまいそうに思えたが、幸いそうはならなかった。ゆっくりと前進する。
 その一連の流れの間、レイもゆかりも警戒と心配が入り混じった表情で健二たちの様子を見ているだけで、何も言わなかった。おそらく、彼らよりリウの方が立場が上なのだろう。レイの方は、右手をコートの内側の腰の辺りにわずかに差し入れていた。万が一健二が抵抗した際、自分も銃を取り出して応戦できるようにするためだろうか。
 皆が出入りしていたドアの前まで来ると、健二の気配を感知した自動ドアが横滑りに開いた。

「でも、どうして警報が作動しなかったんだろう」

 健二がドアをくぐった時、背後でリウが不思議そうに呟いた。

「もしかして警報がいかれちまってるんすかね」

 レイの声が不安げに言い、リウが「後で点検しておかないとなぁ」と言うのを聞きながら、健二は背中から伝わる力に従って歩を進めた。レイとゆかりはリウの後ろからついてきているようだ。
 足を踏み入れた先は廊下だった。床は落ち着いた茶色のフローリングで、壁には淡いクリーム色の壁紙が貼られている。健二が革靴のまま上がっても咎められることはなく、後ろの三人も靴を脱ぐそぶりを見せなかった。どうやら室内も土足らしい。
 外観と同じく、廊下は窓枠から室内灯、観葉植物の鉢に至るまでもが、明るさと洗練された上品さを兼ね備えた色味やデザインでまとめられている。掃除が行き届いているのか、清潔感があった。
 だが、中庭から建物全体を見たときとは違い、今度ははっきりと異質な点に気がついた。
 家の基本的な造りそのものは見慣れた洋風の一軒家に違いなかったが、高い天井の隅や壁に、見たこともないような様々な小型の機械が取りつけられていたのだ。機械には詳しいはずの健二でも、一見しただけでは何の用途があるのか検討もつかない。唯一、監視カメラのような物もいくつか存在していることだけはわかった。
 丁度そのうちの一つが首を動かし、健二の方を向いた。レンズの瞳にじっと見つめられ、まるで無機物であるはずのカメラが意思を持っているかのような錯覚を覚える。レンズの横の青い小さなライトが二度点滅した。

「左だ」

 真後ろに立っているリウが言った。一瞬――時間にしたら一秒も経っていなかっただろう――室内の様子に気をとられて銃をつきつけられていることを忘れかけていたが、銃口で背中を小突かれて再び体に力が入った。
 指示に大人しく従う他にはどうすることもできず、左へと進む。健二たちが今歩いている廊下は、途切れることなく長方形の中庭をぐるりと一周回って取り囲んでいるようだ。
 一刻も早くこの状況が終わることを願いながら上手く動かない足を半ば無理やり前へ運んでいると、廊下の先から何かがこちらに向かって来るのが見えた。今度はなんだろうか。また新たなものの出現に脳が警戒信号を発し、健二はごくりと唾を飲み込んだ。
 やって来たそれはロボットだった。柔らかく丸みを帯びたフォルムをした光沢のあるグレーのボディのそれは、床をするすると滑るように近づいてくる。体の上には球形の白い頭が乗っており、正面についた大きなレンズをきょろきょろと上下左右に動かしていた。足のような機能を果たす部位は無い。片方の腕は先の方が筒のようになっているが、もう一方の腕には三本指の手がついている。すぐ近くまでくると、かすかにモーター音のような小さな音が聞こえた。
 ロボットは健二たちを気に留めることなく、街中ですれ違う人々のように、健二のすぐ横を通り過ぎていった。カクカクとした不自然な動きは一切見られず、すべてが流れるような動作だった。
 視界の端からロボットの姿が消えてしまうと、振り返りたい気持ちを必死で抑え込んだ。
 正確な場所さえ未だわからない場所で、得体の知れない人々に自分の命を握られているにも関わらず、ロボットの存在には興味をかき立てられずにはいられなかった。そのことに自分でも少し驚く。
 あのような高性能のロボットが、なぜこんな場所にあるのだろうか。新しいロボットが開発されれば、その分野に詳しい健二は知っていて当然のはずだ。だが、今目にしたような姿形の、そしてあんなに滑らかな動きを可能とするロボットなど見たことがないし、話に聞いたこともない。もちろんフィクションの世界を除いてだが。しかも、見たところ実用化されているようだ。
 試作品であろうとも、あれほどの出来のものはまだ存在していない。否、たった今現にこの目で見てしまったのだから、存在していないはずである、と言うべきか。
 やはりこれは夢か、死後の世界なのか? しかし、健二自身は天国や地獄を信じていたわけではないが、ここは一般的な天国のイメージとは似ても似つかない。地獄の方も同様だ。もとより、健二には自分が地獄に送られるほど神の怒りに触れることをしでかした覚えはなかったのだが。



>> To be continued.



読んでくださってありがとうございましたm(*__)m
拍手を下さった方もありがとうございます!

前回の更新からだいぶ間が空いてしまって申し訳ないです…!

この「第一話」は次回の更新分で完結となります^^*


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