11/22 拍手お返事

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【2017年4月6日】イラスト追加しました。

小説などの更新の際に記事の最後で返信しているとせっかく頂いたコメントへのお返事が遅れてしまうので、
新たに拍手コメントなどへのお返事用のカテゴリを作りました。

コメントを下さった方、本当にありがとうございました!!
以下よりお返事を書かせていただきましたので、
お手数をお掛けいたしますがコメントを送ってくださった方は反転してお読みくださいm(*_ _)m


>11/22 00:49に拍手コメントを下さった方
いつもは拍手を頂けるというだけでとても幸せなことだと思っているのに、
なかなか上手く書けない時が続いて落ち込んでしまい、ついわがままを書いてしまいましたが…
温かいコメントを送ってくださってこちらこそ本当にありがとうございます!!!(*´д`)
引越しは大変なイベントですよね(>_<)
すっかり疲労してしまっていたのですが、素敵なコメントのおかげで元気が出てきました!(*^▽^)
上手く感想が書けないだなんてとんでもないです…!
見てくださっている方からのコメントは、どんな言葉でもすごくうれしいです!
少しでも共感していただけたなら、これ以上幸せなことはないです!!
まだ前半部分ではありますが、これまで書いてきてよかったなと思えます><*
生き生きしたキャラを描くことが目標なので、心理描写やキャラの描き分けなど、
こだわりのあるところにも触れていただいてうれしいです!(*´`)
今後は敵との接触もどんどん増えてきて、展開にもいろいろ変化がある予定です♪
健二(ともちろん他のキャラも)が活躍する様子を描けるよう、これからもがんばって書き続けていきますね!
応援のお言葉、ありがとうございました!すごく励みになりました!!(*^-^*)



イラストなどに拍手を下さった方もありがとうございました!
本編の更新がもう少し進んだら、またイラストの方も描きますね♪^^*

未来への追憶 第三話 - 03

 健二は二日前から新たな生活空間となった個室に戻り、ベッドに腰かけていた。当然ながら、そうしていても沈んだ気持ちは一向に晴れない。
 室内は間接照明の落ち着いた暖色の光にほの明るく照らし出されている。だが、その柔らかな灯りも健二の心までは温もりを届けてくれなかった。
 監禁されていた留置部屋とは違ってこちらの部屋には窓もあり、そこからも光が差し込んでくる。窓の外には、まるで今の気持ちを反映したかのような曇り空が広がっていた。
 阿久津賢士の行いに関しては刑務所でいくらか聞いていたが、そのときにも予想以上の犯罪にショックを隠しきれなかった。
 しかし、今回のミーティングで聞いた内容は健二にそれ以上の衝撃をもたらした。
 これからどんな顔をしてゆかりやアマンダと顔を合わせればいいのか。ミーティングが終わった後はゆかりに話しかけられる前に、逃げるように部屋に帰ってきてしまった。
 クレイグの説明は詳しく、多くの疑問が解決したが、それでもまだわからないことだらけで混乱もひどかった。
 今後、SGAはいったいどのように阿久津賢士に対抗していくつもりなのだろう。そして、そのとき自分には何ができるのだろうか。今の状況では、道はすべてふさがっているようにしか思えない。
 何も思い浮かばずに絶望感が募ってきたとき、部屋にチャイムの音が響きわたった。普通の住宅の形をしているものの、実際は組織の拠点という、複数の他人と共有する場所だからだろう。この部屋にはドアチャイムがついている。
 健二は立ち上がってドアに向かうと、壁のパネルにタッチしてドアを開いた。ここ数日で何度か操作したおかげで、もうこの時代のドアの開閉方法についてはばっちりだ。
 開いたドアの向こうに立っていたのはゆかりだった。その顔を見た途端、ミーティングの最中に感じた罪悪感のようなものが、再び一気に込み上げてくる。

「ゆかりさん、すみません! その、俺、全然知らなくて……弟さんのこと……」

 健二が勢いのままにまくし立てると、ゆかりはおかしそうに笑いながら、「待って待って」と健二を制した。そして、明るい笑みを浮かべてドアの外を示す。

「よかったら、少し部屋の外で話さない?」

 その申し出を断る理由は無かった。
 二人は廊下に出ると、ゆったりとした足取りで廊下を進んだ。

「どうして健二くんが謝るの?」

 しばらく歩いたところで、ゆかりが先ほどの健二の言葉への問いを返してきた。

「俺は、犯罪者である阿久津賢士の親族なんです。正直、実感はないですけど……でも、いろんな検査とかの結果が正しいなら、その事実に変わりはないです。さっきクレイグさんから聞いたような、あれだけのことをやった人間と関わりがあるのに、平然と知らない顔なんてしてられないですよ」
「阿久津賢士のやったことは、健二くんには関係がないことよ」
「でも……」
「だって、阿久津賢士と健二くんは、たとえ血の繋がりはあったとしても、まったく別の人間だもの」

 ゆかりははっきりと言い切った。少し声のトーンを落として続ける。

「確かに、悪人の家族も同様に悪だと見なして責める人たちもいるし、そういう場合もあるかもしれない。でも、私は一概にそうは思わないの」彼女は隣を歩く健二に顔を向けた。

「私は、健二くん自身の人間性とか、そういうものを信じるわ」

 そう言った後で、「もちろん、健二くんが本当に阿久津賢士の仲間じゃないのなら、だけどね」と付け足していたずらっぽく笑う。
 その笑みと、健二を信じているからこその冗談に気持ちが少し楽になり、健二も「そうですね」と笑った。
 廊下の片側には、中庭に面した大きな窓が続いている。そこからも、重く垂れ込めた雲が空を覆っているのが見えた。
 ゆかりは不意に歩く速度を落とすと、やがて足を止めて窓の外に目をやった。健二もそれにならう。

「なんだか雨が降りそうね。朝の天気予報では晴れになってたんだけど」

 呟いたゆかりの声は、空と同じく曇っていた。
 彼女が最後に放った言葉は健二にとっては小さな驚きで、彼は思わずゆかりを見た。

「この時代の天気予報も外れるんですか?」
「ええ」
「そうなんですね。2015年の天気予報もしょっちゅう外れてましたよ」
「ふふふ。ほとんどは当たるんだけど、今でもたまに外れることはあるわよ。……でも、珍しいわね」

 それからしばらく、二人は無言で立ったまま空を眺めていた。
 このところ、先の強盗事件の影響でかみんな忙しかったようで、食事もアマンダと二人きりでとることが多かった。ゆかりとこうしてゆっくり話すのも久しぶりのように感じる。
 いつの間にか、ゆかりは空から中庭に視線を移していた。庭の一角には植木鉢やプランターがいくつか置かれているようで、彼女はそれを見ているようだ。

「そうだ。健二くん、ちょっと付き合ってもらえる?」

 ふと思いついたように、ゆかりが言った。

「え?」
「大したことじゃないんだけど……すぐ終わるから、ちょっとだけいいかしら?」
「あ、はい」

 何のことかは検討もつかなかったが、健二にはしなくてはならない用事や仕事があるわけでもないので、特に迷いもせずに了承する。
 これから彼女がしようとしていることをするには、どうやら下の階に降りる必要があるようだ。ゆかりはエレベーターを使わず階段に向かい、健二もそれに従った。健二の新しい部屋がある三階から一階まで降り、中庭に出る。
 この拠点の中庭に来るのは、ちょうどこの場所で目を覚ましたとき以来だった。あのときは爽やかで明るい印象だった庭も、今日は天気が悪いためか、どこか鬱々とした雰囲気が漂っている。
 ゆかりはプランターや植木鉢がまとめて置かれている場所にまっすぐに向かっていくと、その傍らにしゃがみこんだ。

「私、趣味でガーデニングをやってるの」

 色とりどりの花が植えられた植木鉢を一つ一つ持ち上げて土の状態などをチェックしながら、ゆかりが言った。
 それを聞いて、そう言えば初めて会ったとき、彼女は手に植木鉢を持っていたなと思い出した。レイも持っていた気がするが、何か手伝っていたのだろうか。

「ホログラムの植物なんかもあるんだけどね、私は自然の、本物の花や木の方が好きなのよ」

 健二は、心優しい彼女のイメージにぴったりの趣味だなと思った。
 花の種類には詳しくないので名前まではわからないが、一番手前にあった、少し大きめの鉢に植えられた白い花が健二の目に留まった。たくさんの小さな花が、植木鉢の上で顔を並べている。中央に線の入った六枚の花弁がついていて、真上から見ると星のように見えた。
 可愛らしい形だな、と思いながら健二がぼんやりとその花を眺めていると、ゆかりが呟くように言った。

「……かおるもそうだった」

 彼女に目を戻すと、その顔つきは穏やかで口元にはかすかに笑みさえ浮かんでいたが、伏せられた目元には悲しみが表れている。

「私の弟のかおるはね、すごく優しい子だったの」

 ガーベラだろうか――足元の鉢に咲いた鮮やかなオレンジ色の花にそっと触れながら、ゆかりは静かに語り始めた。

「子供の頃から自然や動物が大好きで、人にも親切だった。環境保全のボランティアにもよく参加してたみたいだし……自然を愛する人たちの社会運動の団体にも入ってた。普段は真面目でおとなしい子だったけど、そういうときだけすごく行動力が発揮されるみたいで」

 ゆかりはそこでクスリと笑ったが、その笑みは一瞬で消えた。下を向いて話し続ける横顔は、たちまち暗く陰る。

「その団体では、“本来の、ありのままの自然なもの”に価値を置く人たちが、自然界や人間の体に大きく手を加えるようなことに強く反対してたの。遺伝子操作やクローンもそうだし……人間の体を機械に変えてしまう、阿久津賢士の事業計画にも反対してた。阿久津賢士がどんな理由で洗脳する人間を選んだのかはわからないけど……もしかしたら、かおるはその団体に所属していることを阿久津賢士に知られて、目をつけられたのかもしれない」

 ゆかりの悲痛な声には、後悔の念もにじんでいた。姉として、弟を守ることができなかったことで、自分を責める気持ちがあるのだろう。
 ミーティングの時とは違ってプライベートな話題だけに、健二は質問を投げかけるのもはばかられて黙っていた。
 そのとき、健二の手の甲にぽつんと雫が落ちてきた。空を見上げると、続いて頬が濡れる。どうやら雨が降ってきたようだ。空はますます暗くなり、地上の陰も濃くなっていく。
 健二は地面に視線を落とした。
 ゆかりは、阿久津賢士の悪行について健二が責任を感じる必要はないと言ってくれたが、そう簡単にすんなりと気持ちを切り替えることはできない。しかし、いつまでもくよくよと落ち込んでいては、それこそ何の意味も成さないだろう。

「俺――」

 決意を固めると、健二は口を開いた。

「ゆかりさんの弟を、みんなの家族や友達を助けるために協力したいです。今は、まだ阿久津賢士がどんな人間なのかもわかってません。協力するためにいったい何をしたらいいのか、良い案も思いついてません。でも、血のつながりがある俺だからこそ、役に立てることもあるかもしれない。過去に戻るのはみんなを助けた後で構いません。俺にできることがあれば何でもします」

 言った後で顔を上げると、ゆかりは少し驚いたような顔で健二を見つめていた。だが、その表情はすぐにほころぶ。

「ありがとう……健二くん。そうよね。健二くんがタイムスリップして私たちの前に現れたのには何か意味があるのかもしれないし、私たちだけではどうしようもなかったような、健二くんがいるからこその策も見つかるかもしれない。一緒に、阿久津賢士に捕まってしまった人たちを助けましょう」

 ふわりと笑ったゆかりは美しかった。これまでは常に健二が励まされる側だったが、今の彼女の笑顔はいつもの健二を気遣った笑みとは違い、彼女自身の喜びに満ちている。突然未来にやって来て、訳もわからず混乱している健二に安らぎを与えてくれたゆかりに、今度は健二が優しさを返したい。彼女のために、必ず和泉かおるを助け出したいと思った。
 そうしている間にも、雨脚は徐々に強まっていた。
 いつもの朗らかな顔に戻ったゆかりは、立ち上がると手のひらで雨をすくうようにしながら、雨粒を落とす空を仰ぎ見た。

「結構降ってきたわね! さっさと終わらせて中に入りましょうか」
「そうする方がよさそうですね。俺は何をしたらいいですか?」
「ここにある花を全部雨の当たらないところに移動させるから、手伝ってもらえる?」

 ゆかりは周囲の芝生に置かれている植木鉢やプランターを指で指し示した。

「わかりました。じゃあ、俺はこっちの大きな鉢を持ちますね」

 二人は植木鉢を抱え、急ぎ足で室内へ向かった。


 それから数日は不安定な天気が続き、雨が降ることも多かった。
 ゆかりたちの忙しさはまだ続いているようだ。とは言え、もともとはそれが普通で、健二がタイムスリップして来た日からしばらくの間は、健二の監視のために拠点で過ごす時間を長くとっていただけの可能性もあるが。
 この日も、朝から勢いの弱い雨が絶えずしとしとと降り続いていた。
 昼食はすでに食べ終えた後だった。部屋ですることも特に無かったので、健二は気分転換にリビングダイニングに行ってみることにした。三階ならわざわざエレベーターを使う必要も無いと思って階段を降りていると、二階の踊り場に差しかかった辺りで階下から男女の話し声が聞こえてきた。
 本部に出勤したレイやゆかりが帰ってきたのかもしれないが、どうもいつもと雰囲気が違う。
 誰か来ているのだろうか? この拠点に、健二の存在を知られてはまずい相手が来ることがあるのかどうか、何も聞いていなかった。部屋の外に出るなとも言われていない。
 健二は迷いながらも、下の様子をうかがいながら階段を降りていった。念のため、そろそろと足音をしのばせる。
 一階に着いたが、階段の周囲には人の気配は無い。リビングダイニングの方へ向かうと、そちらからかすかに声がしていた。
 リビングにはドアがついていないので、健二は恐る恐る入り口から顔だけを覗かせてみた。
 部屋にいる二人の姿を見ると、すぐにそれが知っている人間だとわかる。ほっとして緊張がとけた。

「でね、試験がいよいよ来月だからがんばって勉強しなくちゃいけないのに、ついついテレビ見たりしてサボっちゃうんだ」

 アマンダが劉に語りかけている。

「特に外国語が上手くいかなくて、機械相手に一人でやっててもなかなかはかどらないし、やる気も出ないし困っちゃうよ」

 アマンダは盛大に溜め息をついた。

「なんの言語を選んだんだ?」
「フランス語だよ」
「フランス語かぁ。じゃあ教えられないなぁ。周りにフランス語が得意な人とか、教えてもらえそうな人はいないのか?」
「うーん。前にゆかりが、ジャンはフランスの出身だから、ジャンはフランス語を話せるって言ってたけど……」

 アマンダは、彼女からするとかなり年上であると思われる劉に対しても年の近い友達に接するような態度だ。劉もそれを気にする様子は無い。彼女はまだSGAに所属していないからかもしれないが、どちらにしろ、健二がこれまでに出会ったSGAのメンバーは皆、本当に仲が良さそうだった。もっとも、ジャンだけは例外のようだが。
 健二が部屋に入ると、劉とアマンダはすぐに彼に気がついた。

「あ! 健二が来た!」

 まるで子犬か何かが来たかのようにぱっと顔を輝かせて言うアマンダに、健二は苦笑する。

「こんにちは」
「そうだ、ちょうどよかった。僕、君に用があったんだよ」

 健二が挨拶しながら近づいていくと、劉が言った。

「え、俺ですか?」

 劉はうなずく。

「君が、タイムスリップする直前に事故に遭ったって言ってただろ? その事故のことで――立ってしゃべるのも変だし、あっちに座らないか?」

 彼はソファを指差し、三人はそちらに移動することにした。
 広いリビングには、三人が並んでもゆったり座れるくらいの大きなソファが二つ、コーヒーテーブルを挟んで対面する形で置かれている。
 健二が座った場所からは、全面窓の向こうで雨を落とす灰色の空が見える。細かい雨に光が反射して、白くもやがかかっているかのようだ。
 ソファから離れた場所では今日もロボットが掃除をしていた。

「ここで目を覚ます前の最後の記憶が、事故に遭ったことなんだよな。トラックにひかれたんだろ?」

 健二の向かいに腰を下ろすと、劉は話し始めた。

「はい」

 タイムスリップが現実に起こったことだという前提で話をするのにも、それほど違和感は感じなくなってきた。自分の理性が受け入れられる範囲をあまりにも超えた出来事だからだろうか、感覚が麻痺してしまったかのようだ。
 よく考えると、いくら機械技術や洗脳の研究など様々な面で発展している未来であろうと、それはSGAの面々も同じだろうと思った。

「あの時は君が何者なのかさっぱりわかってなかったから、君が言うことについては嘘をついてないかどうかとか、そういうことだけを調べてたんだ。まあ、事故のことは最初からあんまり信じてなかったけど」
「え、なんでですか?」
「車が人をひくなんて、わざとやらない限りはそうそう起こることじゃないからな」

 なるほど。健二はすぐに納得した。この時代の車は、2015年の車よりも優れた機能を持っているということを忘れていた。

「つまりあの日と、あの日から遡って、念のため一年前くらいまでの記録を調べたんだ。もちろん、そんな事故は無かったから調査はそこで止めた。でも、この間アマンダから並行宇宙の話を聞いて、ちょっと気になって」
「そうそう! 健二がいた世界は今のこの世界と繋がってるのかどうかっていう、あの頭が痛くなりそうなやつだよ」

 劉の横に座ったアマンダが言った。

「だから他の仕事の合間に、今度は2015年辺りにそういう事故が無かったかを、もっと詳しく調べてみたんだけど……」劉が続ける。
「はい」健二は思わず身を乗り出した。

「やっぱり、こっちでは何も見つからなかった。というか、そこまで昔の事故のデータなんてほとんど出てこなかったんだ」
「そうですか……」

 その答えに健二は落胆した。いや、この感情は落胆ではない。体の底から湧きあがってくるこれは、静かな恐怖だ。ぞくりと背筋が震える。
 やはり、トラックに撥ねられたときにもともといた世界の阿久津健二は死んで、別の世界に飛ばされたということなのだろうか? もう二度と、元の生活に戻ることはできないのだろうか。

「何せ130年以上も前の事故だからな」劉は続けた。

「そんなに大きな事故じゃなかったなら、記録が残ってないんだろうな。もし、軽い怪我ですんだなら尚更だと思う」
「でも、トラックにはねられたんですよ? それで大した怪我じゃないなんてことがあり得ますかね……」
「それはわからないけど、そういう奇跡的なことだってあるかもしれないだろ?」

 健二の心は不安で占められていて、とても明るい方向に考える余裕は持てなかったが、劉は軽い調子で言ってのけた。
 本当にそうだとしたら、どれだけいいだろう。もし、トラックにひかれたときに命は助かったのだとしても、ここが元いた世界と同じ時間の流れの中にある世界だとは限らないのだが。

「ねえねえ」二人の話を聞きながら何事かを考えている様子だったアマンダが口を開いた。

「健二のことをよく知ってる人――例えば親戚とかなら、健二が事故に遭ったかどうかとか、事故に遭ったのならその後どうなったか知ってるかもしれないよね?」
「うん、当然何か聞いてるだろう」

 だが、残念ながら肝心のその親戚がこの時代にはいない――と言いかけて、健二はすぐに気がついた。唯一、この時代で生きている近しい親族が一人いるではないか。

「じゃあさ、阿久津賢士なら……」

 アマンダは言葉を濁したが、健二には彼女が言いたいことがわかった。劉も理解したようで、彼は再びうなずいた。

「阿久津賢士に聞けば、何かわかるかもしれない」

 しばし、室内に沈黙が下りた。雨が窓ガラスや草木を打つかすかな音が聞こえる。阿久津コーポレーションの掃除ロボットが食器を洗浄機にセットする、カタン、という音が響いた。
 三人はそれぞれ考えをめぐらせていた。
 確かに、阿久津賢士に直接聞くことが何よりも確実だろう。事故のことだけでなく、何もかも。
 阿久津賢士には――健二のひ孫だというその男には、一度じかに会うことを健二は望んでいた。いろいろ話さなくてはならないことがある。問題は、その方法があるかどうかだ。

「まあ、なんとかなるだろ」

 劉が言った。その、今の話とは不釣り合いとも思えるような深刻さを感じさせない声に、健二は思考の渦からふっと解放された。

「いずれ、確かめられるときが来るかもしれない。収穫は無かったけど、今後何かの参考にはなるかもしれないから、一応君に教えとこうと思ったんだ」
「ありがとうございます」

 今、この場ではこれ以上そのことについて考えてもどうすることもできないので、健二は話題を変えることにした。ちょうど、先ほど気になったことをたずねてみる。

「そう言えば、この拠点に俺のことを知らない人が来ることってあるんですか?」
「無用心すぎるだろ、そんなの。今は阿久津賢士の事件を担当してるチームのメンバーしか来ないさ」

 では、この家の中なら自由に歩き回っても安全だということだ。少なくとも今のところは。

「チームのメンバーって、この拠点で生活してる人たちなんですよね?」
「うん。ゆかりとレイとジャンと、チームのボスのクレイグさん、それから劉さんの五人だよ。今度の試験に合格したら私も入れてもらえるんだ!」

 アマンダが言った。彼らがクレイグのことをボスと呼ぶのはてっきり上司という意味からかと思っていたが、“チームのボス”という意味合いの方が強いようだ。

「でも、劉さんはここで生活してるわけじゃないんでしたっけ」

 クレイグの話を思い出しながら、健二は劉に聞いた。

「僕とボスは違うよ。ボスは本部での仕事も多いからほとんどあっちにいるみたいだし、僕は調査部で、少し立場が違うから」

 そう言う彼は、今日も調査部の共通の服装らしい黒のスーツを身に着けている。彼は、「日向とも面識は無かったしな」とつけ足した。

「あの、俺……まだ捜査部と調査部の違いがよくわかってないんですけど、犯罪捜査部っていうのは警察のように、事件を犯した犯人を捕まえるために捜査をする部署なんですよね?」

「そうだよ」アマンダが答えた。「SGAの犯罪捜査部だけの権限とかもあって、大きな事件とか今回みたいにちょっと特殊な事件とか、一般の人には秘密で捜査を進めなきゃいけないような事件を担当するんだ」

「で、調査部は名前の通り、人とか建物とか事件現場とか、政府や捜査部からのそのときの依頼の内容によって、いろんなものを調べるのが主な仕事って言えばだいたいわかるか?」劉が言った。

「なるほど……少しイメージはつきます」
「基本的には捜査部とは別に行動するんだけど、事件によっては今の僕みたいに捜査チームに加わって、その事件の担当として一緒に仕事をすることもある。調査部以外の部署は、SGAが管理してる情報の一部しか見ることができないからな」

 この間のミーティングのときに、レイがそのようなことを言っていたなと思い返しながら、健二は相づちを打った。

「その代わり、調査部は捜査部みたいに強引なことはできなくて、あくまでこっそりと調査を進めなくちゃいけないし、犯罪者を逮捕したりすることもできないんだ」

 劉が話し終えたところで、健二はわざと恨みがましい表情を作ってみせた。

「あと、銃も許可が無いと使えないんですよね」
「あ、バレたか」

 劉がおどけて言う。健二が苦笑しつつ、「とっくにバレてますよ」と言ったところで、背後から声が聞こえた。

「あれ? みんな集まってんの?」

 振り返ると、入り口にはレイが立っていた。

「あ、レイ!」アマンダが声を上げた。

「さっき劉さんが来て、三人でいろいろ話してたんだ。パラレルワールドのこととか」
「へぇ。パラレルワールドって確かアレだな。前にゆかりさんが言ってたやつだよな」

 レイはアマンダが言うのを聞きながら部屋に歩み入る。彼は健二の方に歩いてくると、健二に一枚のカードのようなものを差し出した。

「ほらよ」
「なんだい? これ」

 健二はカードを受け取り、たずねる。しかし、間近でカードを見ると同時に思い出した。それはレイが持っていたのと同じ、グレーの個人認証カードだった。

「個人認証カード。健二の分も必要だって言ってただろ? 健二の個人情報の登録をするときに、一緒にボスに作ってもらったんだ。また本部に行くようなことがあれば、次からは普通にこのカードを受付で見せて、読み取り機に通してもらえばいい」

 レイたちとともにSGAの本部に行ったとき、確かアマンダがそのようにしてゲートを通過していた。あれはただカードを見せているだけなのかと思っていたが、機械か何かに読み取らせていたようだ。

「なんかの理由を作って、自由に出入りできる人のリストにも追加してもらえてるはずだからな。これで面倒な手順を踏まなくてすむぜ」
「でも、俺の個人情報を登録しても大丈夫なのか? 生年月日とかは変えてるんだろうけど、名前とかで怪しまれるなんてことは……」
「もちろん、全部偽の情報に決まってんだろ」

 レイは事も無げに言った。
 国家機関の偽装行為はこのようにして平然と行われるのか。国民のDNAの情報までもを管理できるほどの力を持ったSGAだからこそ、こんなことができるのだ。健二は、SGAが彼の味方で本当に良かったと思った。

「なんて名前で登録したんだ?」

 健二とレイの会話に耳を傾けていた劉が聞いた。

「えっと、なんだっけな……」レイは上着のポケットを探って携帯端末を取り出すと、いくつかの操作をしてから画面を確認した。

「ああ、そうそう。安達健一にしたみたいっすよ」
「安達健一?」

 健二はその名前を自分でも口に出してみた。

「なんか……阿久津健二と響きが少し似てないか?」

 少しどころか苗字も名前も最初の文字が同じだし、名前なんてたったの一文字違いだ。

「ああ。それはボスがわざとそうしたみたいだぜ。まあ、外で健二に呼びかけることなんて無いだろうけどさ、もし間違ってチームのメンバー以外の前でほんとの名前で呼んじまっても、似た名前にしとけばまだ、単に言い間違えたってことで逃れられるかもしれないってな」
「なるほどー!」

 アマンダが心底感動したというような調子で言う。

「僕、それやりそうだな。普通に健二って呼びそうだ。苗字は……安達だっけ? 本部に戻ったらもう一回確認しとこう」

 劉が言い、レイはその言葉で何かに思い至ったようで、ふと真顔になって劉に顔を向けた。

「あれ? そう言えば劉さん、今って仕事中じゃないんすか? なんでここにいるんすか」
「この近くの現場の調査で外に出てたから、ついでに遊びにきたんだ」
「怒られますよ」

 レイはそう言ったものの、真剣に非難したりするつもりはまったく無いようだ。おもしろがっているような笑みを浮かべている。

「でも、そろそろ帰らないとさすがにまずいかな」

 そう言うと劉は立ち上がり、健二に向かって軽く手を上げた。

「じゃあ、またな」
「あ、はい」

 健二がまともに何か言う間も無く、彼は部屋を出ていく。

「じゃあね!」アマンダが声をかけた。

「おもしろい人だな、劉さん」
「あれで仕事はちゃんとできてんだから、すごいよな」

 最後に、振り返ってアマンダと手を振り合う劉の姿を見送ってから、レイが笑いながら言った。

「レイは今日はもう仕事終わりなの?」アマンダがレイにたずねる。

「いや、もっかい本部に行かなきゃいけねぇんだ。でも、今日は久々に早く終われそうだぜ」
「そうなんだ! じゃあさ、戻ってきたら久しぶりにゲームで遊ぼうよ」
「おう、いいぜ」

 アマンダは健二にキラキラと輝く笑顔を向けた。

「健二も一緒にやろうよ。きっと健二の知ってるゲームとは全然違うと思うよ」
「へえ、おもしろそうだな。じゃあ、参加させてもらおうかな」

 健二は特別ゲームが好きというわけではなく、社会人になってからは久しくする機会も無かったのだが、未来のゲームには大いに興味がある。

「私もレイが仕事終わるまで勉強がんばろうっと!」

 アマンダが気合を入れた声を出すのを聞きながら、健二は自分の顔に自然と微笑みが広がるの感じた。
 2015年にはもちろん戻りたいし、そのことを考えると強い不安も感じる。しかし、今はこの拠点での彼らとの暮らしが健二の新しい生活となりつつあった。
 もしかすると、永遠に帰れない可能性だってあるのだ。そしたら、この先ずっとここで、この2148年で生きていくことになる。ここが健二の新しい世界になるということだ。
 今の不安定な状況の中で、SGAの面々と過ごす和やかな時間は何よりの癒しとなっていた。彼らとの日々を、健二は純粋に楽しんでいた。
 だが、その平穏はすぐにまた破られることとなる。



>> To be continued.



前回の更新からだいぶ時間が空いてしまいましたが、
待っていてくださった方がいらっしゃいましたら本当にありがとうございます!
読んでくださってとてもうれしいですm(*_ _)m

小説やその他の記事への拍手もありがとうございます!^^*
何かありましたら、一言頂けたりしますと大変励みになります!(もちろん強制ではありません)

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