未来への追憶 第三話 - 05

* * *


 研究室では、犯行グループと阿久津賢士の仲間である金髪の青年との戦いの最中であり、クレイグはレイとともに、廊下でドアの脇に身をひそめていた。
 この研究室には反対側にもう一つ出入り口があるが、そちらにはジャンがついている。クレイグがいる側よりも大きなそのドアは、先ほど金髪の青年がやって来たときに武器で壊されたらしく、中途半端に開いたままになっていた。
 もちろん、ドアにはめ込めれているガラス窓から中を覗き見るという危険を冒したわけではなく、それらの様子は劉から送られてくる、研究室内に取りつけられたカメラの映像で確認したものだ。
 SGAは必要に応じ、一部を除いた国内の防犯カメラや監視カメラの映像をリアルタイムで受信することができるようになっている。
 室内には研究のための大きな作業台がいくつも並んでおり、金髪の青年と犯行グループの男たちは、それぞれが向かい合う別の作業台の陰に身を隠してハンドガンで撃ちあっていた。床には精密機器や本などがめちゃめちゃになって散乱している。
 事件が起きる前、研究室では五人の研究員が仕事をしていたようだが、殺されたのは最初に撃たれた二人だけだった。彼らの死体は床に横たわったままだ。そのすぐそばには、犯行グループの男も一人倒れていた。褐色の肌をした、まだ若い男だ。
 生き残った三人の研究員は部屋にいる他の面々と同じく、部屋の隅の作業台の後ろで飛び交う銃弾から身を守ろうとしていた。弾がかすったのか、それとも銃弾で砕け散った何かの破片があたったのか、怪我を負っている者もいる。
 今回は犯人の人数が多いためか、金髪の青年は前回のジュエリー店での強盗事件のときのような放胆な攻めは見せず、慎重な動きを続けていた。

「どうなってんだよ! 話が違うじゃねえか!」

 仲間とともに作業台の足元に身を縮こまらせたまま、犯行グループの一人が叫んだ。

「くそっ! はめられたってことかよ!」

 別の男が作業台の端から金髪の青年に向けて発砲し、またさっと身を引いて飛んでくる相手の銃弾をやり過ごしながら、悔しさと苦しみが入り混じった声で言った。

「どういうことだ……?」

 レイが眉間にしわを寄せて呟き、困惑の浮かんだ顔をクレイグに向けてきた。

「今の、どういうことっすかね」

 クレイグも疑問に思った。やはり何かあるようだ。

「犯人を生きたまま捕らえ、確かめる必要があるな」
「そうっすね」レイはうなずく。「でも、このままだと全員殺されちまいそうですよ」

 そう言ったレイは、痛々しいものでも目にしているかのような声だった。

「タイミングを見て、武装部隊とともに阿久津賢士の仲間へ攻撃を仕掛ける」

 クレイグが答えたとき、イヤホンからゆかりの声が聞こえた。

「研究所内にいた人たちの避難はすべて完了しました」
「今どこにいる?」クレイグは彼女にたずねる。
「一階です。正面玄関から一番近いエレベーターの横の、階段のところです。警察の方々が研究所のスタッフと一緒に、建物から出るのを確認していました」

 クレイグは手首に装着した通信機から研究所内の立体マップを表示させ、彼女の位置を確認した。実際の建築物の構造を3Dで正確にモデリングしたもので、内部を全方位から見ることができる。コンピューターで自動的に測定して作られており、調査部で管理されているものだ。

「その階段を使って三階まで上がれ。犯人たちがいる研究室の、東側のドアの前にジャンがいる。お前はそこまでは近づかず、少し離れたところで待機するんだ。何かあったとき、すぐに身を隠せそうな場所にいろ」
「はい」

 それから数秒もしないうちに、武装部隊の隊員の一人である男の声が、同じくイヤホンを通して呼びかけてきた。

「クレイグさん。今、自分たちも現場に到着しました。警察に周辺の道路を封鎖させ、半径三十メートル以内の建物にいる人々の避難も、順次進めるよう指示を出しています」
「わかった。部隊の人数は何人だ?」
「十八人です」
「では、何人かは外に残して、建物の周囲を警戒させてくれ。残りの隊員は半分に分かれて、正面入り口と裏口の二方向から、それぞれ三階中央の研究室を目指してほしい。犯人たちはまだ全員その中にいる。我々の援護を頼みたい」

 クレイグは武装部隊への指示を伝えた。

「了解しました」

 その直後、ついに研究室内の状況に大きな変化があった。
 それまでは防御に徹していたかのように思われた金髪の青年が、突然、作業台の裏から飛び出した。そのまま、彼は隣の作業台に向かって大胆に移動する。
 すかさず、犯行グループの男たちがここぞとばかりに続けて発砲するが、青年にはあたらない。彼は避けようともしていなかった。
 銃弾の嵐が止まないうちに、青年は銃を構えなおして撃ち返し、その弾が犯行グループの男の一人を捉えた。弾は額にあたったようだ。男の体が後ろに倒れ、他の者たちが倒れた仲間の名前を叫ぶのが聞こえる。
 青年は、移動した先の作業台の陰に再び身を隠した。
 部屋の一番奥の作業台――クレイグのいる西側の出入り口の近くだ――に隠れていた研究員の一人が、金髪の青年が自分たちの方に近づいてくるのを見て、裏口から逃げるチャンスは今しかないかもしれないと思ったらしい。他の二人を連れてドアへと走りだした。
 たいていのドアは、入るときにはカード認証などが必要な場合であっても、内側からはボタン一つで開くようにできている。

「こっちに出てきますよ!」レイが言った。

 それとほぼ同時に、ドアが開いて研究員たちが逃げ出してくる。
 クレイグは自動ドアが閉まる前に、コートの内ポケットから取り出したペンをドアの隙間に素早くはさんだ。
 強張った表情の研究員たちは恐怖に支配されていて、誰が味方で誰が敵かをとっさに見分ける余裕などないのだろう。部屋の外にいたレイとクレイグを見てひどく驚き、怯えた様子を見せた。無理もないことだ。

「大丈夫、俺たちはSGAです。この建物にはもう、ここの部屋以外にはSGAの人間しかいないので安心してください」

 レイが目の前の研究室を指差して言った。次に、自分たちがやって来た廊下の先を指す。

「非常階段を使って一階まで下りて、裏口を目指してください。SGAの武装部隊が同じルートでこっちに向かってますので、安全に外に連れ出してもらえます。焦らず、慎重に」

 早口ながらも安心させるような声で言うと、レイは途中まで彼らを誘導した。
 クレイグは通信をつないだ。

「今、取り残されていた三人の研究員が自力で脱出してきた。裏口の方に向かわせたから、武装部隊の隊員は途中で保護し、警察に引き渡してほしい」
「了解です」

 そして、またすぐに手元に浮かんだカメラの映像に視線を戻す。
 金髪の青年が、またもや作業台の後ろから躍り出たところだった。さっきと同じように、犯行グループの男たちが青年に銃弾を浴びせかける。
 青年は、今度は身をかがめるようにして避けた。ひざを折ってしゃがむような姿勢になったとき、彼がひざまでのブーツから左手で何かを抜き取る動きを見せたのがわかった。
 そのままの体勢で、右手に持った銃を何発も続けて撃つ。犯行グループの男たちが怯んだ。青年はその間に立ち上がり、さらに横へ移動するかのように見せかけて、立ち上がりざまに左手に持っていたものを男たちに向かって投げつけた。
 きらりと光ったそれはナイフだった。ナイフは矢のように鋭く風を切って飛んでいき、青年の攻撃が止んだ隙に反撃をしかけようとしていた犯人の一人に突き刺さった。刃は胸の、心臓のあたりに深く刺さり、男は声もなく床に崩れた。
 それを冷めた目で見ながら、金髪の青年は先ほどまで研究員が身を寄せていた作業台を回り込んだ。細く――クレイグがはさんだペンの太さ分だけ――開いたドアの間から、青年の体がわずかに見えた。
 これで、研究室内で生き残っている犯人は四人だけとなった。だが、クレイグたちが金髪の青年を狙うにはまだ早い。もう少し犯人の人数が減ってからでないと、巻き起こる混乱に上手く対処できないだろう。
 青年の動きを見てとうてい勝ち目がないと悟ったからなのかどうかはわからないが、不意に、ジャンがいる側のドアの近くにいた二人の男が、そのドアに向かって逃げ出した。
 まさか、外にはSGAが待ち構えているなどとても考えが及ばないようで、一目散に出口へと突進する様子だ。冷静な判断力を失っているのか、敵である青年に完全に背中を向けているため、すぐにでも彼に殺されてしまうように思える。
 しかし、金髪の青年は動かない。阿久津賢士の仲間が犯罪者以外の人間に見向きもしないのはいつものことだが、彼はどういうわけか、逃げ出したその二人の男たちのことも追わなかった。
 研究室内の様子はジャンもカメラの映像を見て確認しているはずなので、自分の方に向かってくる犯人たちを迎え撃つ準備をしているだろう。
 クレイグは早口でジャンに指示を出した。

「ベルティエ、今そちらに行った男たちをそのまま行かせろ」
「は?」

 あまりにも予想外のことを聞いてあっけにとられたかのような、間の抜けた返事だった。
 ジャンは、信じられない命令――と彼は思ったらしい――を聞いて、とっさに動くことができなかったようだ。二人の犯人は半開きになったドアの隙間を抜けて部屋の外に出たが、新たな銃撃戦の始まりを示すような音は何も聞こえなかった。
 男たちはジャンの存在に気がつくこともなく、そのまま通りすぎたのだと察せられた。

「研究室から逃走した二人は、廊下の突き当りを右に曲がりました。その先には地下倉庫への専用エレベーターがあるので、それに乗るつもりかもしれませんね」

 研究所内のカメラを監視している劉が言った。

「どういうつもりだ」

 次に聞こえてきたジャンの声は怒りに満ちていた。

「彼らは非常に追い詰められた状態だ。攻撃すれば、必死に反撃してくるだろう。狭い場所で二人を相手にするのは危険すぎる。様子を見ながら追いかけて捕らえるんだ。武装部隊の隊員も向かわせる」
「だったら、そいつらに任せりゃいいだろ。俺が行かなくても十分じゃねえか」
「いや、彼らが間に合わない可能性もある。それに、今回はやはり、今までとは何か違う。藤原とともに犯人を追い、武装部隊を指揮しろ」

 ジャンがさらに反論しようとしたのが、息を吸う音でわかった。だが、彼が次の台詞を発することは敵わなかった。

「ジャン、従って」ゆかりが言った。「ここで、本当に犯人を逃がしてしまったらまずいわ」

 そのあとに続く沈黙が、ジャンが渋々ながらも了承したことを示していた。
 研究員たちの避難誘導をしていたレイが、クレイグの隣に戻ってくる。基本的に、現場での任務の際は、通信機を通した会話はチームの全員に聞こえるようになっている。その場にいなかったレイも状況は理解しているはずだ。

「犯人たちは思った通り、エレベーターに乗ろうとしてるみたいだな。廊下を二度、左に曲がった先に小さい階段があるから、それを降りれば倉庫の入り口の前に着ける」

 劉がゆかりとジャンの二人に伝える。
 クレイグは立体マップに目を落とした。SGAのメンバーが制服につけた発信機の光が、マップ上で彼らのいる位置を示している。
 クレイグは、ジャンとゆかりの光が移動し、エレベーターに向かうのを見届けた。


* * *


 本部の調査部のオフィスには数えきれないほどのディスプレイが並び、だだっ広い室内では、たくさんの人々がそれぞれ自分の仕事をこなしていた。
 その中でディスプレイを見つめている一人――新人の職員であるその若い男は、思わず自分の目を疑った。
 今年の春にSGAの一員となったばかりの彼は、先輩職員の仕事のアシストを行っていた。入職して三年に満たない者は、犯罪捜査部のチームに専属の担当として加わることなどはできない。そのため、普段は街のカメラの映像をひたすら監視したり、時折、街に出て様々な情報を集めたりなどといった退屈な業務を行うのが主だった。だが、先輩の職員が担当している事件に大きな動きがあり、一人では間に合わないときには今のように新人が仕事を手伝うことがある。
 しかしこうした場合、新人はたいてい、“最も異変が起こりそうにないところ”の監視などを任されるものだ。現に、今まで彼が何度か手伝った別の仕事の際は、彼が監視していた範囲では特に何も起こらずに終わった。
 ところが、今回は違った。たった今、自分が見ていたカメラの映像の一つが信じられない光景を映し出したのだった。
 彼の背後では、この事件の担当であり、十五分ほど前に彼に仕事の指示を出した劉が、複数のディスプレイに目を配りながら通信機のマイクに向かって何か言っていた。現場にいるチームのメンバーに、こちらでわかった情報を伝えているのだろう。

「り、劉さん!」

 新人職員の青年は振り返ると、この異常事態を彼に報告するべく呼びかけた。すっかり動転してしまっていて、情けなくうわずった声になってしまう。

「どうした?」

 それに対し、劉の方はいつもと変わらない声色だった。忙しく複数の仕事を処理する間で、青年の方に顔を向ける。

「あの、これ……」

 青年はディスプレイを指差した。劉は席を離れ、青年のすぐそばまで来ると少し身をかがめてディスプレイを覗きこむ。
 そこには、ついさっきまで立ち入り禁止を示す表示を掲げ、道路を封鎖していた警察車両の残骸が映っていた。
 彼は見たのだ。突然、トラックに乗ってやって来た何者かに攻撃を受け、警察車両が爆破される様子を。トラックはそのまま道路を通り抜け、研究所の方へと向かった。

「今、ここで爆発が……トラックが来たかと思ったら、人が窓からこう、顔を覗かせて、武器を発射したんです。それで、その、警察官達が……トラックは研究所の方に……」

 焦りのあまり、何度も詰まりながら言った。報告の仕方としては最悪だ。だが、劉はそれを指摘することなどはせず、すぐに自分の席に戻った。コンピューターを素早く操作して、ディスプレイの表示を切り替える。

「どんな形状のトラックだった?」

 劉は肩越しに青年を振り返ってたずねた。

「普通の、どこにでもあるようなトラックです。無人タイプのものではなくて、工場から荷物を出荷するときに使うような」
「乗ってた人っていうのは?」
「見た感じは普通の人だったと思います。トラックがすごいスピードで走ってたのであんまり見えなかったんですけど、白い服を着てて、たぶん、武装とかもしてませんでした。トラックの窓から身を乗り出して、大きな武器を肩にかついで……」

 あの、ロケットランチャーのような武器はなんだったんだ? あんな武器を、国内で警察やSGAに見つからずに所持することなど、普通ならできないはずだ。
 いったいどこの誰が、こんな大がかりなことができるのだろう。
 犯罪捜査部、とりわけ特別犯罪捜査課が扱う事件は機密性が高いため、たとえSGAの内部であっても、同じ事件を担当しているチームメンバー以外には、事件の詳細を話してはならない決まりになっている。だから、彼には事件の内容も、関わっている人物なども一切わからなかった。
 劉はもう青年の方を見ていなかった。彼は、鋭い目で数秒間じっとディスプレイを見ていたかと思うと、今度は振り返らずに言った。

「君はこのまま同じ場所の監視を続けててくれ」
「あ、はい、わかりました」

 青年は慌てて返事をしたが、不安と、いったい何があったのだろうと興味を引かれる気持ちで、劉の背中とかすかに見える横顔からすぐには目を離すことができなかった。
 緊張のうかがえる面持ちとなった劉は、再び通信機のマイクをオンに切り替えた。


* * *


「あいつが残りの犯罪者を相手にしてる間に、麻酔銃で狙いますか?」

 横から、レイが小声でたずねてきた。あいつとは、金髪の青年のことだ。彼が犯人を逃がすという予想外の行動をとったために、二方向から挟撃するという手が使えなくなってしまった。

「いや、無理やりドアを開けようとすると向こうに気づかれる。我々の方を先に攻撃してくるかもしれない。彼が立ち去ろうとするときを狙うのがいいだろう」

 クレイグは、通信機が映す映像から目を離さないままに答える。
 言い終えたとき、最後に残されたうちの一人が青年の前へと堂々と走り出た。予備の弾を装填したばかりの彼は、やけになったようにむちゃくちゃに銃を撃ちながら、叫び声をあげて部屋の中を走りはじめる。金髪の青年はそれをかわしながら、男をしとめようと追いかけた。
 すると、今度はそのすきに、もう一人が作業台の裏から駆けだした。仲間が無事に脱出に成功したのを見て、自分もそれに続こうと思ったようだ。盾がわりに隠れていた作業台から近い方の、裏口側のドアに向かってくる。

「ボス」レイが、判断をあおぐようにこちらに目を向けた。
「ああ」クレイグは視線を合わせてうなずく。「武装部隊に任せよう」

 彼らのすぐ後ろには、裏口から進んできた六名の武装隊員が到着していた。
 先に二人の犯人が倉庫へ逃げたときとは違い、一瞬、青年は逃げた男を追おうとする様子を見せた。だが、次々に弾を撃ってくる男の方を優先することにしたらしく、その場にとどまる。
 逃げてきた男がドアに辿りついたとき、クレイグはドアの隙間に手を差し入れ、本来は自動で開閉するドアを手の力で無理やり開いた。
 ドアに体当たりするくらいの勢いでロックを解除しようとしていたらしい男が、つんのめるようにして廊下へと飛び出してくる。そこを、武装部隊の隊員二人がすかさず取り押さえた。男の顔は血と汗で汚れている。
 得体の知れない金髪の青年に無残に殺されるより、SGAに捕まる方がまだマシだということだろう。男は抵抗するそぶりは見せなかった。

「外へ連れ出せ。拘束し、車で見張っていろ」
「はい」

 二人の武装隊員はうなずくと、男に手錠をかける。そして、男の体の両脇からそれぞれ腕をつかむと、廊下をもと来た方へと引っ張っていった。
 クレイグは、今回はこのまま退くべきだろうかと考えた。
 今、ここにいる武装隊員は四人だけだ。犯行グループの男が倉庫へ逃げたことを報告したとき、裏口から入ったチームのうちの二名をこちらへ回すよう指示を出したが、それでも少ない。
 たったこれだけの人数で青年に立ち向かうのは危険が大きかった。最初に逃げた二人の男もまだ捕らえられていない。
 もちろん最初の作戦通り、金髪の青年が立ち去ろうとする隙を見て攻撃するのがベストだが、すでに犯人を一人確保することができている。
 今までは、阿久津賢士に狙われた犯罪者は全員殺されてしまっていたので、犯人から直接話を聞けるだけでもかなりの収穫だと言えるだろう。今回の犯人たちの言動から、クレイグの脳裏をかすめた可能性について確かめることができる。
 だが、その判断を下す余裕はたちまちなくなってしまった。
 ドアは先ほどクレイグが開けたときから開きっぱなしになっていたので、クレイグたちはドアの陰から室内の様子を見ていた。
 ついに、最後まで抵抗を見せていた犯人の男の銃が弾切れを起こし、カチッという音が鳴った。彼はなおもわめきながら部屋の中を逃げ回ろうとしたが、武器もなしで青年から逃げ切れるわけがない。
 金髪の青年は男の背中に向けて銃を撃ち、その弾は男の心臓の辺りを貫く。
 そして、男の体が倒れきる前に、青年はさっさときびすを返してクレイグがいるドアの方へ向かってきた。犯人の一人がこちらへ逃げてきたときの様子から考えて、あの男を追おうとしているのかもしれない。

「まずい!」レイが叫ぶ。
「突入して、麻酔銃で撃て」

 クレイグは背後の武装部隊へ指示を出した。こうなってしまっては、もう戦うしか道は残されていない。
 武装隊員たちが研究室になだれ込み、いっせいに麻酔銃を撃ち始めた。
 金髪の青年は武装隊員が部屋に入ってきた瞬間、彼らの動きを読んだかのように後方に飛びすさり、作業台の裏へ身を隠した。
 研究室の中は再び銃撃戦の戦場となる。
 武装部隊は、金髪の青年にまるで歯が立たなかった犯行グループよりもさらに少ない人数だが、彼らは身を守るための頑丈な防護服を装着している。

「我々も武装部隊の援護をする」
「了解」

 クレイグもレイとともに、武装部隊に続いていよいよ研究室へ足を踏み入れようとしたが、そうする直前で通信機から呼びかけられた。

「ボス」

 劉の硬い声を聞いたとき、クレイグはすぐに嫌な予感がした。劉はどんなに緊迫した場面であっても、たいていは淡々と報告してくる。その彼が緊張を声ににじませているときというのは、よほどのことが起こったときだ。

「何があった」クレイグはたずねた。
「道路を封鎖中だった警察車両の一つが攻撃を受け、研究所から半径三十メートルの範囲に侵入されました」

 全身の血が凍りつくように感じた。

「何者だ?」
「まだわかりません。トラックで移動していて、顔は確認できません。今、研究所の前に――」

 そこで言葉が切れた。

「どうした」
「停車したトラックからロボットが二体出てきました。戦闘用のロボットです。研究所の外で待機していた武装隊員と撃ち合いになっています」

 ロボット――それを聞いて、クレイグは悟った。阿久津賢士だ。阿久津賢士の仲間以外にありえない。いや、実際には劉から通信を受けた瞬間に、すでに頭の片隅では感づいていたのかもしれない。
 クレイグは劉の報告を聞きながら、研究室の中にも意識を向けていた。まだ誰も負傷していないし、金髪の青年にも傷一つつけられていない。状況には今のところ変化はなかった。
 そのとき、爆発音のようなものが聞こえた。クレイグが立っている床や、周囲の壁がかすかに振動する。
「なんだ?」とレイが周囲を見回した。何が起こったのかクレイグが問う前に、劉が説明する。

「トラックの内部からロケット弾のようなものが放たれて、研究所の建物の壁が一部破壊されました。破壊された場所は倉庫の一階部分です」

 劉の声は聞きやすい落ち着いたペースはたもっていたが、さすがに焦りの色がうかがえた。倉庫にはゆかりとジャンがいる。

「トラックから、さらにロボットが四体と……人が一人降りてきました」

 劉が続ける。そのあとで少し間があった。トラックから降りてきた人物の顔を確認しているのだろう。

「和泉かおるです」

 次に劉が告げてきた名前を聞いた途端、ぞくりと、冷たいものが背筋を這いのぼるかのような感覚を覚えた。
 今の通信は当然、レイにも聞こえている。彼も衝撃を受けたらしく、クレイグを振り返った。片側しか見えていないその目は大きく見開かれている。
 藤原とベルティエが危険だ。
 クレイグは通信機ごしに、先ほどから応答のない二人に呼びかけた。

「藤原、ベルティエ、聞こえているか。気をつけろ。今――」

 しかし、それ以上続けることはできなかった。
 金髪の青年が作業台の陰から飛び出し、研究室に散らばって青年を囲むようにしていた武装隊員に向けて、連続で発砲した。その弾の一つがドアを突き抜けて廊下まで飛んできたため、クレイグは反射的に身をかがめた。
 青年の撃った弾があたり、二人の武装隊員が床に倒れこむ。一人は足に、もう一人は胴体にあたったようだ。上半身に弾を受けた隊員の生死はわからない。いくら防護服を身に着けているとはいえ、それを着ていれば絶対に銃弾を防げるという完璧なものではない。場所によってはもろい箇所も存在する。
 クレイグは金髪の青年に狙いを定め、麻酔銃を撃った。
 青年はそれをかわすと、近くに倒れていた犯行グループの男の胸から、先ほど自らが投げたナイフを抜いた。その勢いのまま大きくジャンプをするように移動し、青年の後ろに回ろうとしていた武装隊員の背後へと逆に回りこむ。
 彼は武装隊員の体をぐいと自分の方に引き寄せると、隊員の体を盾のようにした。そして、もがく隊員を押さえつけ、防具の肩の隙間からナイフを差し込んで深く肉をえぐる。叫び声が上がった。

「くそっ」レイがドアの脇から銃を構え、麻酔薬の入ったダートを二度撃った。

 二発目のダートが青年の頬をかすめる。武装隊員の肩からナイフを抜き、その体を突き飛ばしていた彼の顔が、かすかな衝撃に横を向いた。痛みのためか顔をしかめる様子は、彼がはじめて見せる人間らしい反応のような気がした。
 かすり傷を負わせた程度では、薬の効果を期待することなどとてもではないができない。
 しかし、わずかではあるが多少なりとも青年にダメージを与え、調子を乱すことはできた。同時に、彼の注意は自分たちだけに集中することとなったが。
 青年の冷たい空色の瞳がこちらに向けられ、まっすぐにレイとクレイグを射抜いた。レイがはっと息を呑んだのがわかった。
 青年の目の中では、まるで高温の青い炎がゆらめいているように見える。これまで感情など存在しないかのように見えた青年は、今、たしかに怒りをあらわにしていた。
 青年がクレイグたちに向かって銃を構え、クレイグはとっさに、飛びのくようにしてドアの前から離れた。銃弾は薄いドアや壁など、たやすく貫通する。
 レイも同じようにしていることを祈る間も無く、何発もの銃弾が壁を突き破って飛んでくる。すさまじい音が鼓膜を震わせ、砕かれた壁の破片が宙を舞う。
 クレイグの脳裏に、自分とレイはここで死ぬかもしれない、という思いがよぎった。
 五感はクリアに周囲の音や光景をひろい、一つ一つがはっきりと意識できる。すべてがゆっくりと起こっているようにさえ思えた。
 わけもわからないままに死を迎えると思ったのは間違いで、何か外の力によって殺されるときというのは、自分の身に起こったことを理解しながら死んでいくのかもしれない。
 ジャンとゆかりのことが気になるが、どちらにしろ、自分たちが死ねば彼らも確実に死ぬだろう。
 しかし、こちらを圧倒する攻撃は突然止んだ。

「無事ですか、ボス!」

 クレイグがレイの無事を確認しようとするより先に、彼に声をかけられた。
 体を起こして後ろを見ると、レイは床にうずくまるようにして顔だけを上げ、恐怖でこわばった表情でクレイグを見ていた。見たところ、怪我はしていないようだ。クレイグの方も、飛びのいて廊下に倒れたときに手をすりむいた程度だ。

「ああ」

 クレイグはうなずくと、ドアににじり寄り、研究室の中をおそるおそるうかがい見た。
 金髪の青年は、右足のホルスターに銃をしまうところだった。
 自分たちが死んだと思ったのだろうか? いや、おそらく阿久津賢士の仲間がそんな軽率な判断をすることはないだろう。
 彼はかなりの弾を撃っていたから、弾切れだろうか。予備の弾もなくなったのかもしれない。
 だが、その左手にはまだ、蛍光灯を鋭く反射して光るナイフがある。
 青年は顔を上げてレイとクレイグの姿を認めると、あっという間に入り口までやってきた。それに反応する余裕などまったく与えられない、驚くべき速さだ。
 廊下に出てきた青年は、クレイグが麻酔銃の照準を合わせる前に、くるりと体を回転させながら蹴りを繰り出した。高く上げられたその足が、構えた銃をクレイグの手から弾き飛ばす。
 青年はすぐにレイに向きなおり、きらめくナイフを振りかざした。
 刃が身を裂くすんでのところでレイはなんとか身をかわしたが、息をつく暇もなく、青年の次の攻撃が襲いかかる。それを避けようとし、レイはよろめいた。
 クレイグは迷いなく、腰のホルスターから弾の込められた拳銃を引き抜いた。足など、致命傷にならない箇所を狙って動きを止めるしかない。
 クレイグは青年の足元に向けて発砲した。しかし、相手の動きが速すぎてあたらない。レイにあたっては困るということもあり、狙いをつけにくかった。
 弾は青年のすぐそばの床を穿ち、青年はクレイグに目を向けた。その隙にレイは体勢を立てなおし、青年から距離をとる。
 それでも、青年はなおもレイの方を追いかけた。

「くそ!」

 レイは今日何度目かの悪態をつくと、さらに後退して青年から離れながら麻酔銃を撃った。焦っているためか、ダートは青年をかすりもしない。青年の方は怯む気配すらない。
 クレイグは二発続けて、青年の長い脚を目がけて発砲した。今度も惜しいところで青年にはあたらなかったが、こちらに注意を引きつけるためでもある。
 青年は再びクレイグの方に顔を向けると、射るような、怒りに燃えているようにさえ見える視線でクレイグを突き刺した。銃をしっかりと構えて再び発砲したが、それはかわされ、青年は飛ぶような速さでクレイグに近づいてきた。また、蹴りが飛んでくる。
 避けようとしたが、青年の速さには追いつけない。硬いブーツで胸を蹴り飛ばされ、衝撃に肺の中の空気が一気に吐き出された。息がつまる。
 体が後ろに倒れて二度目の衝撃が走り、握っていた銃が手からこぼれ落ちた。

「ボス!」レイが叫ぶ声が聞こえる。

 金髪の青年の蹴りがかなり加減したものだったということに気づいたのは、上体を起こしたときだった。彼が本気の力を出していたら確実に骨が折れているか、もっと悪ければそれどころではすまないだろうが、痛みはそこまでない。だが、なぜ手加減されたのかはわからない。
 クレイグは足元に転がっていた銃を拾った。
 青年は一瞬無防備になったクレイグにとどめをさすこともせず、またレイに近づこうとしていた。

「なんなんだよ!」うろたえたようにレイが言う。

 廊下は狭くて戦いにくい。レイは青年に背中を向けないようにしながら廊下を駆けだした。
 それを金髪の青年が追いかけていく。レイだけを執拗に追うその様子は今までの彼とは違い、ひどく感情的な行動に見えた。

「ストレイス!」

 思わず遠ざかっていくレイの名を呼ぶが、それでどうなるわけでもない。
 クレイグはレイと金髪の青年を追うべく立ち上がった。動揺や焦りは判断のミスを招く。ゆっくりと息を吸って、呼吸を整えた。

「ボス、大丈夫ですか?」

 通信機からそう問いかけてきたのは劉だった。クレイグが今いる廊下にはカメラがついていないので、本部にいる彼にも何が起こったのかわからないのだ。

「大丈夫だ。レイが敵に狙われている。研究所内のカメラで彼を探し、状況を確認してくれ」
「わかりました。今は一緒じゃないんですね?」
「ああ。倉庫の藤原とベルティエは――」
「今のところは全員無事ですが、このままだとまずいですね……」

 劉が声を曇らせるのを聞きながら、クレイグは落ちていた麻酔銃を拾うと廊下を走りはじめた。
 今すぐ倉庫に向かうべきだが、レイをほうっておくわけにはいかない。超人的な力を持つ人間を相手に一対一で勝てるとは思えないので、このままほうっておけば、おそらくレイは殺されるだろう。

「倉庫の詳しい状況を教えてほしい。カメラの映像を私の通信機に転送することはできるか?」
「はい、できます」
「それと、武装隊員の数が足りない。応援を要請してくれ」
「わかりました」

 クレイグは長い廊下を走る足を速める。今はまず、レイと金髪の青年を追わなければならない。そっと近づいて麻酔銃を使い、青年を捕らえるのが先だ。
 廊下の先に彼らの姿は見えなくなっていた。急いで、しかし、いつ曲がり角の向こうから金髪の青年が現れるかもしれないので、慎重に先へと進んだ。


* * *


 倉庫の天井近くで爆発が起き、ジャンは箱がぎっしりと積まれた棚の一つに隠れた。耳を聾さんばかりの轟音が広い倉庫に響きわたり、反響する。
 倉庫には同じ形をした棚が規則正しく並んでいて、どの棚にも荷物が載っていた。本来ならそれらの荷物を運搬するロボットがいるはずだが、研究所の職員の手によって、避難する前に停止されたようだ。
 たった今、ジャンは逃げ出した犯行グループの二人を追いかけて、地下一階にある倉庫まで来たところだった。少し送れて、ゆかりがそれに続く。研究所内を駆け抜けていると、途中で武装部隊が合流し、自分たちのあとについて走ってくるのがわかった。
 ジャンが倉庫に飛び込んだとき、犯行グループの男二人は、倉庫の反対側の端に停めてあるトラックを目指していた。どうやら、トラックで脱出しようなどと考えていたらしい。外へ出るためのスロープの先は扉が閉まっていたが、開ける手段を用意しているのかもしれない。
 そうはさせるか。絶対に自分が捕まえてやる。
 この期に及んで往生際の悪い彼らに追いつこうと、ジャンは走るスピードを上げた。全身をアドレナリンが駆けめぐるのを感じた。
 しかし、銃を構えたちょうどそのとき、道路を封鎖していた警察が攻撃されて一台のトラックがこちらに近づいているという知らせを聞いた。
 ついで、建物の外で銃声が続く。一瞬、そちらに意識がそれて足が止まった。見ると、犯人たちも同じ状態だった。
 ジャンははじめ、犯行グループの仲間が助けに来たのだと思った。すでにトラックの近くまで来ていた二人の男はまたすぐに走り出し、一人が運転席側に回り込もうとしている。
 なんとかしなくては。このまま逃がすわけにはいかない。ましてや、この自分が近くにいながら、あっさりと犯人を取り逃がすなど許されない。
 怒りの感情からすさまじいエネルギーが湧いてくるのを感じ、ジャンも走りながら再び銃を構えようとした。
 だが、その勢いは長く続かないうちにそがれることとなった。
 爆発とともに倉庫の壁の一部が弾け飛ぶように崩れ、そこから光がほとばしったかのように見えた。
 倉庫は地下から一階までを使った造りになっているので、地上から攻撃されたのだ。
 背後で武装部隊の隊員たちが叫ぶのが聞こえ、振り返る。ゆかりも彼らとともに、ジャンから少しさがったところにいた。

「隠れろ!」

 ジャンは声を張りあげると、自分も近くの棚の陰に隠れた。
 そこから様子をうかがうと、天井近くの壁には大きな穴が開き、周囲の建物の向こうに曇った空が見えていた。白い光が目を突き刺す。
 まぶしさに目を細めたとき、イヤホンから流れ込んできた報告に戦慄が走った。
 和泉かおるが現れた。
 背後の別の棚のそばにしゃがみこんでいるゆかりに目をやると、彼女は恐怖の表情で硬直していた。弟の名前を聞いたためだろう。
 和泉かおるはどこだ? ジャンは大きく開いた穴の向こうに目をこらそうとしたが、その姿は確認できない。
 通信機からクレイグが何か言うのが聞こえたが、その声はすぐに途切れる。
 壁に開いた穴から何かが飛んできたのを見て、ジャンは床に身を伏せた。一度目の攻撃をはるかに超えるすさまじい爆発音が倉庫全体に響きわたる。床から、衝撃による振動が伝わってきた。前方で、ぱっとオレンジの光が広がり、倉庫内が明るく照らしだされた。
 後ろを振り返り、ゆかりの無事を確認する。
 耳に装着したイヤホンからは今も様々な会話や声が聞こえていたが、内容も、それが誰の声であるのかすらも認識できなくなっていた。ひどい耳鳴りのせいだけではない。
 もう一度棚の陰から状況を確認すると、ついさっきまで通路の先にあったトラックが、そばにいた男たちも巻き込んで炎上していた。天井のスプリンクラーが作動して派手に水を撒き散らしているが、そんなものではとても消火できそうにない。
 トラックまではまだ距離があったが、息苦しくなるような熱が、ジャンのいるところまで伝わってくる。そのあまりの迫力に茫然としかけたとき、立ちのぼる炎と煙の向こうから声が聞こえてきた。

「おやおや、本当に逃げられると信じてたんですねえ。そんなわけないじゃないですか」

 大声というわけではなく、あざけるような調子ながらも穏やかですらあったが、その声は空気を震わせるような不気味な響きを帯びてジャンの耳に届いた。
 頭上の、倉庫を壁に沿ってぐるりと囲む柵のついた通路に、一人の男が立っていた。
 風にはためく白衣に、記憶にあるよりも伸びた髪。ウェーブのかかったくせの強い長髪を、無造作に一つにたばねている。片手にロケットランチャーのような武器を持った彼の後ろには、二足歩行のロボットが四体控えていた。見たことのないロボットだ。
 男は、片方の口の端をつり上げた、にやにやとした笑みを顔に貼りつけている。
 その表情や雰囲気は、写真で見た彼とはあまりにかけ離れていて、とても同一人物とは思えない。だが、顔立ちなどはたしかに、ゆかりの弟――和泉かおるに違いなかった。

「かおる……!」

 ゆかりが叫ぶような声をあげ、かおるの方に駆け寄ろうとした。ジャンは手を上げてそれをさえぎったが、ゆかりは自制心を働かせ、ジャンの手に届く前に自力で足を止めた。
 彼女を見ると、不安と焦燥に駆られた瞳でかおるを一心に見つめている。
 ゆかりは強くて聡明な女性だったが、かおるのこととなるとそれがたちまちもろく崩れ去ることをジャンは知っていた。
 阿久津賢士の仲間となった和泉かおるがこうして姿を見せたことは、これまでにはまだ一度しかなかった。だが、ゆかりはその一度目のときに、危うくかおるに殺されかけているのだ。
 かおるが、激しい火柱を上げ続けるトラックからジャンたちの方へ視線を移した。こちらを見下ろす顔は、鮮やかな炎の色に照らされている。暗い喜びにひたっているかのような笑顔のままだ。瞳も炎の光を受けて爛々と輝いてはいたが、その奥は底の見えない湖のようにうつろで冷ややかだった。
 ゆかりのことは自分が守る。
 ジャンは、かおるの視線からゆかりを隠すかのように、彼女の前に立ちはだかった。ぎろりと、下からかおるを睨みつける。
 ゆかりにとっては愛しい弟でも、ジャンには違う。ジャンにとってかおるは、ゆかりを苦しめる憎い存在でしかなかった。
 さすがに口にはしなかったが、ジャンは心の中では、阿久津賢士に洗脳された者たちは殺すべきだと思っていた。無傷で捕らえようとするから余計に難しくなる。
 たとえもともとは罪のない普通の人間だったとしても、今はもう悪人の仲間だ。それが洗脳によって起こったことだとしても、気の毒ではあるがどうしようもない。もし、彼らを捕らえることに成功したとても、もとに戻るかはわからないのだ。悪事を重ねる前に、せめてさっさと殺してやるのが本人のためでもあるだろう。
 そうしようとせず、他の者に提言もしないのは、ひとえにゆかりを悲しませることになるからだ。ゆかりの泣き顔を見るのは、全身が痛みに苛まれるかのように辛い。
 かおるはジャンに視線を定めると、ゆがめた口の端をますますつり上げた。

「そんなに怒らなくても、今からあなたたちとも遊んであげますよ。……たっぷりとね」

 彼は見当違いのことを言ったが、その馬鹿にするような口ぶりからして、わかっていて言っているような気がする。
 かおるは手に持っていた大きな武器を床に立てて置くと、白衣のポケットから薄いタブレット型端末を取り出した。いたずらを思いついた子供のような笑顔で操作する。

「クレイグさん! 和泉かおるが倉庫内に……! 犯行グループの男二人は殺されました! クレイグさん、応答お願いします!」
「なぜ返事がないんだ?」
「わからん。あっちでも何かあったのかもしれない」

 気がつくと、ジャンのすぐ隣では武装部隊の隊員たちがうろたえたように言い合っていた。
 こういう場合、本来ならクレイグに状況を報告するのは部下であるジャンやゆかりの役目だ。ジャンが報告を怠るのはいつものことだが、ゆかりも放心したようにかおるに釘づけになっていて、こちらの状況を知らせることを忘れている。弟に向かって走り出さないようにするだけで精一杯なのだろう。
 そのとき、頭上の通路からロボットたちが柵を乗りこえて飛び下りてきた。硬い足が地面に着地するときのガシャン、という重い音が、四回続けて鳴る。

「ベルティエさん、どうしますか?」

 武装隊員の一人がジャンにたずねてきた。

「クレイグさん! どうされました? クレイグさん!」

 別の隊員は、なおも返事のないクレイグに呼びかけている。それに答えたのはクレイグではなく、劉の声だった。

「ボスはさっきから応答がなくなった。カメラのついてない廊下にいるから、本部でも状況は確認できない。たぶん、あの金髪の男と戦ってるんだと思う」

 ジャンはその言葉にはっとした。まさか、二人とも金髪の青年にやられたのか……?
 だが、考えている暇はなかった。かおるの手元のタブレットによって命令を受けているらしいロボットは、どんどん近づいてくる。
 ジャンは麻酔銃をホルスターにしまい、代わりに拳銃を取り出した。
 先ほどジャンの判断をあおごうとした隊員は、まだジャンの方を見ていた。

「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。どうするって、戦うしかねえだろうが」

 そちらを見もせずに低い声で言うと、ジャンは手にした銃をしっかりと構えた。迫りくるロボットを見据え、一番手前にいる一体に照準を合わせる。

「は、はい」

 武装隊員たちもそれにならい、自分の銃を構えた。
 かおるは通路の上で、宙を見つめたまま一人で呟いていた。

「わかってますよ。約束は守ります」

 どこかむすっとした、不機嫌そうな表情になっている。
 独り言を言っているように見えるが、向こうもこちらと同じように通信機器で会話をしているのかもしれない。だが、洗脳を施された脳は明らかに普通の状態とは言えないので、本当にただの独り言の可能性もある。
 ジャンたちの方へ視線を戻したかおるは、またにやりとした笑みを浮かべて再びタブレットの上で指を動かした。
 ロボットの右腕がいっせいに上がる。こちらに向けられたその腕の先は、銃口のようになっていた。

「ゆかり!」

 ジャンが名を呼ぶと、途端に我に返ったようになった彼女も、銃を素早くロボットに向けた。
 ロボットたちが発砲を開始する。腕の先から放たれた弾は、ジャンの足元や肩をかすめるように飛んできた。わざと急所を避けようとしているかのような攻撃だ。
 訓練ではロボットを相手にしたこともあるが、実戦で戦った経験はまだなかった。戦闘用ロボットと言っても、一種類ではない。今、目の前にいるのは見たことのないタイプだ。向こうがどんな攻撃が可能なのかも、拳銃で対抗できるのかもわからない。
 関節の継ぎ目などのもろそうな箇所を狙うことにし、ジャンは銃を撃ち返した。
 ロボットは反応して避けようとしたが、弾は頭部と胴体をつなぐ首の部分をかすめた。関節を覆うケースの表面がえぐれて、ぱっと小さな火花が上がる。少しだけ頭部がぐらついたが、大したダメージは与えられなかったようだ。
 それでも、とにかく戦うしかない。いつだってそうだ。行く手に立ちふさがる敵には、たとえ勝ち目などなくとも向かっていくしかないのだ。
 あまり意味がある行為とは言えないが、ジャンは手近な棚の後ろに身を隠す。積まれた箱の間から銃の狙いをつけて引き金を引き、ロボットの右足のひざを破壊した。



>> To be continued.



今回は17,000文字を超える恐ろしい長さになってしまいました…
読んでくださった方、本当にありがとうございますm(*_ _)m

この05では同時進行する二つの場面を描かなくちゃいけなかったのですが、
それがなかなか難しく、途中で何度も心が折れそうになりました。ちゃんと書ききれてよかった!!

戦いのシーンが続いているので、「これ、読んでる人は退屈じゃないかな?」とか、
「わかりにくくないかな?」とか、ひそかにいろいろ不安だったりします。
でも、完結さえできれば後からいくらでも直せるので、今はがんばって進めていこうと思います!^^*

一回の更新分の長さはとりあえず今のままで進めていくということで、アンケートの方はいったん下げさせていただきました。
ご協力くださった方々、ありがとうございました!(*´▽`)

12/24 拍手お返事

未来への追憶/アマンダ・オルコット

拍手ボタンを押してくださった方、ありがとうございます!とても励みになります!

お返事記事が続いていますが、拍手やコメントをくださった方以外にも、
せめてお礼用のイラストを楽しんでいただけたらいいなと思っております。

本編では細かな服装とかには触れていませんが、アマンダはこういう格好をしています。

ちなみに、次回更新の「第三話 - 05」はもう残り3分の1も無いくらいなので、
年内にはがんばって載せられるようにしたいと思っています!
もうしばらくお待ちいただけますと幸いですm(*_ _)m


以下は頂いたコメントへのお返事になります。
お手数をお掛けしますが、反転してお読みください^^*


>イーツクさん
花火大会のイラストへのコメント、ありがとうございます!
かなり時間がかかった絵だったので、そう言っていただけてうれしいです///
アマンダを可愛いと言ってくださってありがとうございます!!(*´д`)
おぉ!イーツクさんも多人種や組織がお好きなのですね!
私も洋画が好きで、いろんな人種の人が出てくるお話とか大好きなんですよー!(*´▽`)
趣味の合う方に出会えてうれしいです(笑)
コメント、ありがとうございました!^^*


12/22 拍手お返事

未来への追憶/レイとクレイグ

拍手をくださった方々、ありがとうございました!!うれしいです!(*´▽`)

お返事の記事が文だけだとなんだか寂しいなと感じたので、今回からコメントのお礼にイラストがつきました。

コメントをくださった方が好きだと言ってくださったキャラ、
もしくはコメント内で触れてくださったキャラがいましたら、そのキャラを描こうと思います♪
特に無い場合はランダムに、こちらで誰を描くか決めます^^*

今回は初めてなので普通に「お礼絵」という感じのイラストになりましたが、
いつもそれだと内容が被ってしまうので、次からは普段はなかなか描かない感じの絵が描けたらなと思ってます。

……セクシーショットとか←(うそですよww)

キャラ単体の絵(今回は二人ですが)自体、最近描いてないですしね!
そういうときじゃないとなかなかネタが思いつかなくて…

今までに頂いた二件のコメントへのお礼イラストもまた後日描くつもりにしています(*´`)


以下、頂いたコメントへのお返事になります♪
お手数をお掛けしますが、反転してお読みくださいm(*_ _)m


>ひかるさん
小説、読んでくださってありがとうございます!!
結構量があったのに、全部読んでくださってうれしいです(*´д`)
わわっ、たくさんのお褒めのお言葉を頂き感無量ですっ…!(*≧д≦)
物語の世界観や設定上、どうしてもいろいろ説明しなくてはいけないことが多くなってしまうのですが、
説明的じゃないと言っていただけて安心しました!
レイのことも素敵と言ってくださってありがとうございます!!
キャラクターを好きだと感じていただけることはとても幸せなことだなあ、と感激しております(感涙)
尊敬だなんてそんな…!
私も勉強しなくてはいけないことがいっぱいで、日々頭を抱えながら書いている感じです(笑)
楽しみにしてくださってありがとうございます♪
こちらこそ、これからも仲良くしていただけますとうれしいです!(*´▽`)
コメントありがとうございました!!^^*



>天宮悠惺さん
最新話まで小説を読んでくださったのですね…!?
わあー!ありがとうございます!!すごくうれしいです!(*´д`)
キャラを魅力的だと言ってくださって、そしてボスをカッコいいと言ってくださってありがとうございます///
見習いたいだなんて本当に恐縮です…!><
こちらこそ、読んでくださった上に感想まで頂いて幸せすぎます!大変励みになりました!!
そして、天宮さんとこうしてお話できていることもとてもうれしいです(*´`)
今後もがんばって執筆続けていきますね!
コメントありがとうございました!^^*


12/20 拍手お返事

thank-you07.jpg

【2017年5月8日】イラスト追加しました。

小説に拍手をくださった方々、ありがとうございました!
とてもうれしいです(*´▽`)

以下は頂いたコメントへのお返事です。
コメントを送ってくださった方は、お手数をお掛けしますが反転してお読みください!


>空代さん
読んでいただけるだけでも嬉しいのに、その上感想まで頂けるなんて飛び上がるほど嬉しいことなので、
上手さなんて関係ないですよー!(*´д`)
おもしろいと思っていただけて本当に幸せです…!
がんばって書いてきて、そして公開してきて良かったなと思えます!
健二が巻き込まれるのはかなり非現実的な状況なだけに、
なるべく読んでくださった方が自然に入り込めるといいなと願って心理描写を書いているので、
「気持ちが入りやすい」と言っていただけてよかったです!!
文体も好きと言ってくださってうれしいです///
長編なだけに、「途中でだれていないか?」というのは不安になる部分ではあるのですが、
だれていないと感じていただけたということでほっとしました!
「最高のエンターテイメント」だなんて本当に恐縮なのですが、ものすごくうれしいです!!(*≧д≦)
すごく丁寧な感想を送ってくださってありがとうございました!
空代さんのお言葉、大変励みになりました!
スローペースな上に、いろいろ頭を悩ませつつ進んでいる感じですが、
これからもがんばって書き続けていきたいと思います!
たくさんの温かいお言葉、本当にありがとうございました(*^-^*)



私の創りあげたものを読んで、見て、楽しんでいただける方がいるというのは本当に幸せなことです。
ありがとうございます!m(*_ _)m

未来への追憶 第三話 - 04

* * *


 マーカス・クレイグは、犯罪捜査部の指令室で目の前のモニターを注視していた。室内には先ほどから警報が大音量で鳴り響き、赤いライトが明滅している。
 健二も交えたミーティングを開いてから一週間後のことだ。
 モニターには、現場に設置してあるカメラからの映像が流れていた。研究室のような場所で、六、七人の男たちが銃を乱射したり、白衣の人間に銃を向けて脅すようなそぶりを見せている。
 国内で殺人や強盗などの凶悪犯罪が起こると、その内容や規模、場所にかかわらず、すべてが犯罪捜査部に知らされる仕組みになっていた。その後、警察とSGAのどちらの、どこの支部が対応するのかなどが迅速に決められる。
 たった今起こっている銃を携帯したグループによる殺人は、SGAが扱うような特殊な事件というわけではないので、現場にはすでに警察が向かっていた。
 しかし、現在クレイグが担当しているのは通常の犯罪そのものではなく、その後に犯罪者を粛清しようとやってくる者たちを捕らえる任務だ。彼らが出てきてから向かうのでは遅すぎる。
 阿久津賢士が狙う犯罪者の特徴には、今のところほとんど一貫性は無い。だが、洗脳された者たちが現れる事件の状況には一つだけ共通点があった。それは、昼間に堂々と行われる派手な犯行だということだ。今は午後一時を少し過ぎたところだった。
 それに、犯人たちの動きがどこか不自然なのだ。彼らの目的がまったく読めない。
 殺人などという暴力的行為に及ぶ人間が果たして正常な思考をしているかは定かではないが、たいていは犯人にも何か目的があり、それを成し遂げると捕まる前にさっさと逃走しようとするものだ。
 彼らはすでに研究所の人間を二人ほど撃ち殺しているが、いまだに立ち去る気配は無かった。かといって、その場にいる全員を殺す気も、何かを奪うつもりも無いように見える。
 クレイグはチームのメンバーに通信をつないだ。彼らには警報が鳴った直後、少し様子を見るから指示を待つようにと伝えていた。

「クレイグだ。聞こえるか? 各自確認しているとは思うが、医療研究所を襲った犯人はまだ現場を離れる様子は無い。動きが妙だ。何かあるかもしれん。全員現場に向かい、建物の外で待機しろ」
「わかりました」

 レイとゆかりの声が答えた。ややあって、ジャンの「……わかった」という返事が聞こえてから、クレイグは通信を切った。

「ボス」それと入れ替わりで、左腕につけた通信機からは今度は劉の声が聞こえてきた。

「研究所を襲撃してるグループのデータです」

 クレイグが応答すると、劉は犯行グループのメンバーそれぞれの、登録されている個人情報のデータを送ってきた。クレイグはまだ指示を出していなかったが、彼はいつもやるべきことを心得ていた。
 この通信機は普段は主に時計の役割を果たしているが、簡単な情報を受信して閲覧したりすることもできる。
 通信機を操作してそれらの資料をホログラフィディスプレイで表示すると、クレイグは一人ひとりの情報に素早く目を通していった。ほとんどの者が無職で、逮捕歴がある者も数名いる。登録されている住所は様々だったが、恐らくはスラム街の出のならず者たちだろう。現代では、国内で起こる犯罪はスラム街の出身者か、不法滞在の外国人が起こすものが大半を占めていた。
 空中に浮かんだ画像を消すと、クレイグは自分も現場へと向かうべく指令室を後にした。


* * *


 その医療研究所は、拠点と本部をつなぐトンネルの第二ゲートからすぐのところにあった。ゲートは建物の車庫などを模して造られており、知らない者にはそれとわからないようになっている。
 拠点にいたジャン・ベルティエはゆかりとともに車で現場に駆けつけると、正面玄関が面した側の道路の、建物から少し離れた位置に車を停めた。
 街の中心部とは違って、この辺りの人通りはそれほど多くない。それでも、建物の周囲には騒ぎに気づいた通行人が集まり始めていて、現場での対応にあたっていた警察がそんな野次馬たちを下がらせている。
 車内からその様子を睨みつけていたジャンは、ふつふつと沸き立ってくる苛立ちを静めるよう努めなければならなかった。知らず、貧乏ゆすりを始めている。
 ジャンからすれば、なぜわざわざ警察と役割を分担するなどという面倒なことをするのか理解できなかった。こうして自分たちが現場に来ているのだから、担当の事件かどうかにかかわらず、SGAである自分たちが突入してさっさと犯人を逮捕してしまえばいいのだ。そうすれば、阿久津賢士による被害も抑えられるではないか。
 今まさに目の前で犯罪が起こっているというのに、阿久津賢士の仲間が姿を見せるかどうかわからないからといって、何もせずにいることは耐えがたかった。

「うざってえなぁ。あんな連中に任せず、俺らが行きゃあいいものを」

 我慢できなくなり、ジャンは口に出して言った。

「だめよ」

 横から、ゆかりが優しくさとす声が聞こえた。彼女の方に顔を向けると、ゆかりは真剣なまなざしでジャンをじっと見ていた。

「私たちの任務はあくまで、洗脳された人たちに接触することなんだから。彼らが現れるまで待たなくちゃ」

 ゆかりの言うとおりだ。それはジャンとてわかっていたが、ただ見ているだけというこの状況はもどかしく、どうにも気に入らない。
 間もなくレイも到着し、彼は裏口側に回って車を停めたようだ。

「ボス、現場に到着しました。俺は建物の裏口側で、ゆかりさんとジャンは正面で待機しています」

 レイが通信をつなぎ、クレイグに言うのがジャンにも聞こえた。通信機の音声は片耳に装着したイヤホンからの出力に切り替えてあった。

「わかった。私もあと数分で着く」すぐにクレイグの声が答える。「もし彼らが現れたら、まずは私に連絡しろ」

 そのとき、その人影が見えた。

「あいつだ!」

 ジャンは、研究所の隣の建物の屋上に立つ、その人物を指差しながら叫んだ。鮮やかな金髪に真紅の衣装。洗脳を施された阿久津賢士の仲間の一人だ。
 ゆかりも身を乗りだし、青年に目を留めたまま緊迫した声でマイクに伝えた。

「ボス、阿久津賢士の仲間が現れました。この間の強盗事件のときの青年です」
「またか。こっちでは、また確認できなかった……」

 本部の調査部のオフィスから通信をつないでいる劉が呟くのが聞こえた。
 街中に設置されているカメラの映像はSGAの本部に送信されていて、事件が起きると調査部の方でそれをチェックし、現場周辺を監視する。だが、阿久津賢士の仲間が現れるときはいつも、彼らの姿をギリギリまで確認できないようなのだ。
 どうやら彼らは、カメラの死角を正確に選んで移動し、姿を現す直前までは注意深くどこかに隠れているらしい。阿久津賢士はすべてのカメラの位置まで把握しているというのだろうか。
 ジャンが見ている間に、金髪の青年は隣の建物から研究所の屋上へとジャンプをして移った。いくら隣接する二つの建物の隙間が狭かったとはいえ、普通の人間には到底できないことだ。
 青年は、地上から何かを呼びかけてくる警官たちには目もくれず、彼らが見ている前で堂々と屋上のドアの鍵を銃で吹き飛ばし、研究所内へと侵入した。

「警察を退かせ、交代で研究所内に入れ。相手に姿を見られないよう慎重に進むんだ。隙があれば、陰から麻酔銃で狙え。わかっているとは思うが、絶対に正面から戦おうとはするな」

 クレイグがいつもの淡々とした声で指示を告げていたが、ジャンは最後まで聞かずに行動に移っていた。攻撃のタイミングを遅らせるということは、それだけチャンスを失うということだ。

「ゆかりはあとから来い」

 そう言い残し、銃を引っつかんで車外に飛び出す。

「ちょっと! ジャン、だめよ! ジャン!」

 背後で叫ぶゆかりの声がだんだん遠ざかっていく。だが、彼女も追ってくるのがわかった。

「くそ!」

 通信の向こうでレイが毒づいた。声の調子や息づかいからして、彼も車から降りて走り出しているらしいが、ジャンはそんなことには意識を向けることなく、一人で正面玄関へと突っ込んでいった。

「研究所のデータを送るよ」
「お願いします!」

 劉とレイが交わす声がイヤホンを通して、走るジャンの耳にも届く。
 現場が今回のような大きな建物の内部の場合、建物内を進むにはマップが必要だ。もちろん簡易なものはすでに確認していたが、実際に現場を動く際はもっと正確なものを使う。合わせて犯人や仲間の位置も確認できるので、通信機で表示し、それらの情報を見ながら移動することができる。
 ジャンの知ったことではないが、国の管理している建造物でない場合、調査部がそれを用意するには少々面倒な手順を踏まなくてはならないらしい。
 入り口付近にいる警察官を突き飛ばすほどの勢いで押しのけると、ジャンは奥へと進んだ。エントランスを抜けてエレベーターホールの近くまで来ると、壁に身を寄せて立ち止まり、周囲の状況を確認した。
 研究所にいた人々が警察に誘導され、出口へと向かっている。偵察用のロボットも何台かいたが、SGAが来たため、警察官とともに引き上げていく。
 ここには敵の姿は無かった。

「おい、おせえんだよ、早くしろ!」

 ジャンは通信機に向けて怒鳴った。もちろん劉に言ったつもりだったが、それに対してはなんの返事も無い。ジャンは軽く舌打ちをした。
 レイが通信機で自分の今いる場所を報告していたが、ジャンはいつも、仲間がいる位置をほとんど気にしていなかった。自分の邪魔にさえならなければ、それでいい。
 仲良しごっこをしているような連中と協力する気は無い。判断の遅いクレイグの指示などに従うよりも、自分一人で行動した方がはるかに上手くいく。ジャンは、今の自分が所属しているチームのすべてが気に入らなかった。
 唯一、ゆかりの存在を除いては。ジャンがSGAにいるのは彼女のためだ。
 間もなく届いたマップを表示して、犯行グループのいる研究室までの最短ルートを確認すると、ジャンは目の前の階段を駆け上がった。
 二階の踊り場を過ぎて最後の階段に差しかかったとき、上から物音がした。ジャンははっとして動きを止める。銃を構えた格好で、とっさに壁に張りついて身をかがめた。
 上の階から誰かが下りてくる。軽やかに階段を駆け下りる靴音。その数で、相手は一人のようだとわかる。声は発していなかった。
 あの、金髪の青年に違いない。緊張が高まり、額を汗が流れ落ちた。
 だが、そうだとすればおそらくこちらには来ないだろう。彼は、犯罪者に用があるのだ。これまでのことから考えると、下には下りずにそのまま三階の研究室を目指すはずだ。
 ジャンは、彼が通りすぎるのを待った。
 ところが、金髪の青年は四階から三階へと至る階段の途中で、突然ぴたりと足を止めた。ちょうど、二階の踊り場と三階との間にいるジャンと並ぶくらいの位置だ。急に、相手の気配が強烈に感じられる。
 まさか、自分の存在に気づかれたのか?
 さして厚さの無い壁をはさんで、わずか数十センチのところに彼はいた。
 どっと汗が滲み出る。すでに激しく脈打っていた心臓の鼓動がますます速くなり、体内に響くその音がうるさかった。
 しばらくその状態が続いた。音は何も聞こえない。青年はまるで、小さな物音を聞きつけて、じっとしたまま周りの様子をうかがう動物のようだ。相手の様子が見えているわけではないのに、なぜかそれがわかった。
 ジャンも息を殺し、全神経をそちらに集中させた。
 高い壁にさえぎられているので、金髪の青年のいる位置からは下を覗きこむようにしなければジャンのいる場所は見えない。わずかに顔を傾け、頭上に目をやっても何も見えなかった。単純に考えれば、向こうからも自分の姿は見えていないはずだ。だが、目で直接見て確認せずとも、ひそんでいる敵を見つける方法などいくらでもある。
 いったい、どうなっているのだろう。確かめようにも、ここで下手に動いて物音を立てるわけにはいかない。
 ジャンは、いつ青年が動いてもすぐに反応できるよう、銃を握る手に力を込めなおした。
 しかし、その緊張した時間は数秒しか続かなかったし、青年がこちらにやって来て撃ち合いになることも無かった。
 金髪の青年は残りの階段を下りきると、最初ジャンが予想した通り、三階の廊下の奥へ――犯人たちのいる研究室の方へと向かった。
 足音が離れていくと同時に、圧迫されるような気配からも解放されるのを感じた。
 息ができるようになり、ジャンはそこで初めて、自分が息を止めていたことに気づく。それでも、すぐには動けなかった。
 ようやく体を動かして青年が去った方向をうかがうと、廊下の角で、燕尾服に似た真紅の服のすそがひらりとひるがえったのが見えた。


* * *


 クレイグは、劉やレイたちからの通信に耳を傾けながら車を走らせていた。サイレンを鳴らしているため、道路を通行中の車はクレイグのために道を空け、信号で停まることもなく進む。
 先ほど阿久津賢士の仲間の一人が現場に現れたと聞き、さらにスピードを上げた。犯罪捜査部の武装部隊にも連絡したので、まもなくサポートに駆けつけてくれるだろう。必要に応じて、彼らには協力を要請することになっている。
 今、一番気がかりなのはジャンのことだ。
 クレイグも、常日頃からジャンの無鉄砲さと、彼が命令を無視することについては内心で辟易していた。彼がチームワークを乱すこともわかっている。
 だが、彼のパワフルな身体能力や勇気が捜査に非常に役立つことも事実だ。それに、ゆかりのこともある。もちろん、だからといって彼の態度に関して、なんの対応も指導もしないというわけにはいかないが。
 ジャンの長所をもっと上手く活かすことができれば、彼は仲間にとって欠かすことのできない重要な戦力となり得るかもしれない。しかしそうなるためには、ジャンが上司であるこの自分に信頼を置いていないことも、大きな障害の一つとなっていることをクレイグは理解していた。
 クレイグが現場に着いたときには、SGAの偵察ロボットが研究所の上空を旋回し始めていた。銃を手に車を降りると、建物の裏口へ急ぎながらそれを見上げた。
 遅い。このロボットを使えば、監視カメラの死角を補って全方向を見張ることができるが、敵の出現に間に合わないのではなんの意味も無い。
 しかし、実際はSGAの対応が遅すぎるというわけではなく、阿久津賢士の反応が早すぎるのだ。
 阿久津賢士は、あらかじめどこで犯罪が起こるのかを知っているのか? それとも――
 クレイグは、一瞬脳裏をよぎった考えを振り払った。今は考えるときではなく、行動するときだ。

「ボス、犯人たちのいる研究室があるフロアにはなんとか辿りつきましたけど、部屋の中では銃撃戦になってるようで、今はこれ以上は近づけません」

 通信機を通してレイが報告してきた。

「私も裏口に着いたところだ。中で合流しよう。それまでは無理に動くな」
「はい」

 一般的なカード認証式のドアは、すでに警察によって外から無理やりこじ開けられていた。クレイグは狭く簡素な入り口をしっかりと見据えた。
 常に五感をとぎすまして目の前のことに集中していなければ、たちまち訳もわからないままに死を迎えることとなる。超人的な能力を駆使して立ちはだかる者たちを前に、自分たちには成すすべが無いも同然なのだから。


* * *


 健二は、落ち着かなげに拠点の廊下を歩きまわっていた。
 いつものように、そろそろダイニングに下りて昼食をとろうと思っていたのだが、それどころではなくなってしまった。
 健二が自分の部屋にいると、突然、拠点中に響くような大きな音が鳴り始めたのだ。警報以外の何物でもない、すべてを凍りつかせるけたたましい音に、健二は座っていた椅子から飛び上がるほどの勢いでおどろいた。次いで、心臓が止まるかと思うような恐怖にとらわれる。
 何かあったのだろうか? まさか、この拠点が敵に見つかったのか? 今、まさに襲撃を受けているのでは?
 一瞬で様々な憶測が脳内を駆け巡った。
 何事か確かめようと思い急いで部屋の外に飛び出すと、ちょうどゆかりが健二の部屋の前を駆けていくところだった。

「どうしたんですか?」

 健二が声をかけると、彼女は足を止めて振り返った。その緊迫した表情から、すぐにひどく重大なことが起こったのだということが察せられた。

「事件が起こったのよ」彼女は言った。「健二くんはここにいて。私とジャンは現場に行くかもしれないけど、アマンダはここに残るから。もし何かあれば、ボスがアマンダを通して健二くんに連絡するはずだから。それ以外は何があっても絶対外に出たりしないでね」

 彼女は早口で――最後の言葉を強く言い聞かせるように言うのは忘れなかったが――言うと、ほとんど言い終わるか終わらないかのうちにまた踵を返して走り出した。

「わかりました」

 健二は彼女の背中に向かって答えた。一言、そう返事をするのがやっとだった。
 そしてついさっき、クレイグからの指示があったらしく、ゆかりは同じく拠点にいたジャンとともに慌しく出て行ったのだ。
 この拠点で二週間ほど過ごした中で、こんなことは初めてだった。
 今の自分にできることは何も無いのだが、健二はどうすればいいのかわからなかった。まさか、こんなときに普段どおりのんきに食事をするわけにもいかず、部屋でじっとしている気にもなれない。どうしても不安が襲ってくる。
 そういうわけで、健二は少しでも動揺を抑えられないかと廊下を歩いていたのだった。廊下の窓から確認できる天気は相変わらずの曇りだ。雨でないだけマシだろうか。ゆかりたちが向かった現場がどんな場所かはわからないが、雨だときっと動きにくいだろう。

「あれ? 健二、どうしたの?」

 窓の方に目を向けていると、前方から声をかけられた。向かいから歩いてきたアマンダだ。
 いつの間にかエレベーターの近くまで来ていたらしい。アマンダの方はエレベーターを降りたところのようだった。

「さっき、警報が鳴っただろ?」
「うん。それでゆかりたち、出てったよね」

 健二が一階でゆかりたちを見送ったときにはアマンダはいなかったが、彼女も知っていたようだ。

「ああ。今までこういうことって無かったから、ちょっとびっくりしちゃって」

 健二が正直に言うと、アマンダはうんうんとうなずいた。

「わかるよ! 警報の音ってドキッとするよね」

 どう考えても、自分の反応は“ドキッとする”程度ではなかったのだが、健二はいささか恥ずかしさを覚えたので、それについては口に出さなかった。

「俺が来てからしばらくは無かったみたいだけど、あの警報は事件が起きたときに鳴るんだよな?」
「ううん。本部みたいに全部の事件で警報が鳴ってたら大変なことになっちゃうから、ここの拠点の警報はクレイグさんが鳴らしてるの。今のクレイグさんのチームが出ていかなくちゃいけないかもしれない事件のときだけだよ」
「そうだったのか。てっきり、スマホ……じゃなかった、携帯の通信機みたいなもので連絡するのかと思ってたよ」
「もちろん、通信でも連絡は来るよ。でも、ここって普通の家みたいでしょ? ここに住んでるからさ。だから、仕事中じゃないときもいっつも緊張してることなんてできないし、シャワー浴びてるときとか気づかないことがあるかもしれないじゃん。だけどそれじゃ困るから、全員がちゃんと気づくように警報を鳴らんすんだよ。自分のチームが担当する事件が起きたら、もちろん夜中でも対応しなきゃだめなんだよ」
「夜中に鳴ったこともあるのかい?」

 寝ているときにあれを体験していたら、さっきの二倍は度肝を抜くことになっただろう。

「うん。まだ一回だけだけど。でも、そのときは阿久津賢士の仲間は来なかったみたい」
「そうか。洗脳された人たちがやってくるかどうかは、事前にわからないんだもんな……」

 それでは、洗脳された者たちに接触したり阿久津賢士に近づくのは、なかなか大変だろうと改めて思った。

「ねえ、それより健二、お昼ご飯食べに行こうよ。私、お腹すいてきちゃった。健二のこと呼びに行こうと思ってたんだよ」

 そう言うと、アマンダは健二の腕に自分の腕を絡ませてぐいぐいと引っ張った。
 いくら無邪気で子供っぽいとはいえ、アマンダは若い女性だ。そんな風に激しいスキンシップをされると心拍数が上がってしまう。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! ご飯を食べるって……こんな、みんなが犯罪に立ち向かってるときに、俺たちだけそんなことしてていいのかい?」
「もー! 健二ってば!」

 アマンダは健二の腕から手を離すと、今度は両手を腰にあててふくれっ面になった。ころころと変わる表情が本当の子供のようで愛らしい。

「そんなに心配することないよ!」

 彼女は、心の底からそう信じているのが感じられる、自身に満ちた声で言った。

「だって、レイもクレイグさんも、みんな強いんだよ? だから大丈夫! 健二のことはちゃんと守ってくれるよ」

 健二が不安を感じているのは決して自分の身を案じているからだけではなく、レイたちに守ってもらいたいと思っているわけでもない。そう訂正しようとしたが、アマンダは健二が口を開く前に次の台詞を口にしていた。

「健二は、私のお姉ちゃんのことも聞いたんだよね?」
「ああ」

 その話をアマンダとするのは初めてだった。

「私、お姉ちゃんのことも絶対助けられるって信じてるんだ。きっと、みんなが洗脳されちゃった人たちのことを助けてくれるし、私もお姉ちゃんを助けるためにがんばるから。だから心配しなくても、健二も私も、敵の仲間になっちゃってる人たちも、チームのみんなも大丈夫だよ」

 そう語るアマンダからは、まるで日光のような力強い陽のエネルギーがあふれ出るかのようだ。だが、その言葉のいくらかは、どこか自分に言い聞かせているようにも聞こえる。

「それに、ちゃんと食べられるときに食べてエネルギーを充電しとかないと、ここが襲われて逃げなきゃいけないとか、いざっていうときに力が出ないかもしれないじゃん」
「たしかに、それはそうかもしれないけど……」

 健二が思わず同意すると、アマンダは屈託のない明るい笑顔を浮かべた。

「でしょ? だから、ね? 行こうよ、ほら!」
「あ、ああ……そうだな。わかったよ」

 きっと、彼女の言うとおりにするのが一番いいのだろう。不安のかたまりが今も胸にわだかまっているのを感じながらも、健二はかすかに笑みを浮かべると、再びアマンダに腕を引かれて歩きだした。



>> To be continued.



読んでくださった方、前回の記事等に拍手を下さった方、ありがとうございます!

今回から視点の切り替えを行ったので、困惑させてしまっていたら申し訳ありません。
「未来への追憶」が三人称形式をとっているのは、この視点の切り替えを行うためでもあったりします。
そうでないと書けないシーン、そのようにして書きたいシーンがたくさんあるので。

それにしても、今回のような事件(?)のシーンは難しいですね!!
至らない点が多々あるかとは思いますが、これからもがんばっていきますので、
少しでも楽しんでいただけていましたら幸いです♪^^*

Pagination