未来への追憶 第三話 - 06

* * *


 レイは、医療研究所のまっ白い廊下を力の限りに走った。自分の荒く激しい呼吸と足音が耳に響く。しかし、息があがっているのは走ったためではなく、恐怖と緊張によるものだった。
 金髪の青年が追ってくる。時々後ろを振り返ると、軽い足取りで走る彼の姿が見えた。レイとの距離はどんどん縮まっている。これではたちどころに追いつかれそうだ。目の前に現れる角を次々と曲がり、がむしゃらに進む。とにかく青年から離れなくてはならない。幸い、向こうはもう予備の銃や弾倉は持っていないようだ。
 彼はなぜ、自分ばかりを追ってくるのだろうか? 先ほど、レイが撃った麻酔銃のダートが青年の頬をかすめ、青年は小さな傷を負った。
 しかし、そんな理由で他のすべてをほうりだし、レイのことだけをここまでしつこく狙おうとしてくるだろうか? 本当に機械なのではないかとさえ思えるような、人間味のかけらも感じられない男が?
 今までも、金髪の青年は警察やSGAから数え切れないほどの攻撃を受けてきたはずだが、彼がそれをかわせなかったのを見るのは初めてだった。だからといって、レイの腕が特別よかったというわけではない。今までの金髪の青年の身体能力や反射神経から考えると、あれは本当にたまたまだった。
 次の角を曲がってすぐのところに、ドアが開いたままになっている部屋があった。小さな物置のような部屋らしく、電気は消えている。考える前に、レイはそこへ飛びこんだ。
 すぐに金髪の青年が角を曲がってくるのが見えた。
 廊下から差しこんでくる光の帯の中に影を落とさないよう気をつけながら、壁にぴたりと背をつけて闇の中に身をひそめた。ぜえぜえと騒々しい音を立てる呼吸を抑えようと、慎重につばを飲みこむ。その音さえ青年に聞こえてしまうのではないかと、レイはひやりとした。
 青年の影が、レイがいる部屋のドアの前を通りすぎる。廊下をゆっくりと歩く靴音が聞こえる。レイがこちらに来たことは明らかなので、レイのことを探しているのだろう。彼がどこかに隠れたことは、金髪の青年にもわかっているはずだ。
 もし、相手が赤外線センサーなどを持っていたら一瞬で見つかってしまう。そうでなくとも、これほどレイに執着を見せている青年が、このままあきらめるとは思えなかった。ここに隠れていることに気づかれるのは時間の問題だ。先手を打たなければならない。
 レイは意を決すると、右肩を壁につけたまま、顔の半分だけをそろりと入り口からのぞかせた。視力の失われていない左目で廊下の様子を確認する。金髪の青年はドアから数メートル先に立っていて、こちらに背中を向けている。レイは震える手に力を込めて麻酔銃を構えると、青年の肩の辺りに照準を合わせた。
 しかし、引き金を引くより早く、不意に金髪の青年がこちらを振り返った。アイスブルーの瞳と目が合い、凍りつく。今、レイがいるのは狭い物置だ。もし、青年に部屋の中に入ってこられたら、逃げることはできなくなる。
 次の瞬間、レイは猫のように敏捷な動きで部屋から飛び出し、廊下をもと来た側へと走ろうとした。
 しかし、これほどの至近距離にいながら、金髪の青年から長く逃げ続けることなど不可能だ。すぐに、背中にのしかかってくるような気配が迫るのを感じた。すばやく振り返りながら後退すると、ナイフの刃先がレイの体からわずか数センチのところで空を切った。
 間を置かずに手刀が飛んできて、麻酔銃を持ったレイの右手首を打つ。銃が飛んでいき、反射的にそれを目で追いそうになるが、青年が大きく動くのが見えて右後方に退いた。そのおかげで青年のひざ蹴りをまともに食らうことはまぬがれたが、かわしきれずに、相手のひざ先が左の肋骨の下辺りに当たる。それだけでもかなりの衝撃があり、呻きがもれた。
 休む間もなく、今度はまたナイフが突き出される。さらに後ろにさがってそれも避けようとしたが、足がもつれて仰向けに転倒した。
 痛みに耐えてすぐに起きあがろうとしたが、青年が馬乗りのように覆いかぶさってくる。両脚で体を固定され、左手で胸を押さえつけられて、身動きがとれない。ものすごい力だった。
 青年の右手のナイフが高々とかかげられ、それがレイを目がけて一気に振りおろされる。
 レイは思わず目をつぶった。完全に押さえこまれて、避けることも反撃することもできず、ただ死を待つしかない。無意識に叫び声を上げていた。
 しかし、そのまましばらく経っても痛みも衝撃も、何も襲ってこない。
 不思議に思って目を開けると、ナイフの鋭利な切っ先がすぐそこに迫っていてぎょっとした。いったいどういうつもりだ? 全身から冷や汗が噴き出してくる。
 ナイフの先の青年は、冷たい無表情のままで人形のように固まっていた。まるで、エラーを起こした機械のようだ。
 同じように固まっていたレイははっと我に返ると、どういうわけかレイに刃を突き立てる寸前で動きを止めている青年の顔に向けて、右手の拳を突き上げた。どう考えてもこの状況から勝てるとは思えないし、それどころか相手に傷一つつけることさえできないかもしれないが、何もせずにやられるわけにはいかない。
 青年は後ろに体をそらせてレイの拳を避けると、彼の上からどいた。
 レイは上体を起こして青年の攻撃に備えようとしたが、そのとき、廊下の向こうから麻酔銃のダートが飛んできた。クレイグだ。
 青年はそれをかわすと、突然踵を返した。反撃するでもなく、来たのとは逆方向へ廊下を走りだす。クレイグが二発目のダートを撃ったが、それが届く前に青年は曲がり角の向こうに消えた。

「ストレイス、無事か?」

 周囲に目を配りながら、クレイグが小走りに近づいてくる。

「はい。……すいません、役に立たなくて」
「いや、いい」

 クレイグは簡潔にそれだけ答えた。相変わらず何を考えているのか読み取れないが、彼にレイを責める気が無いことだけは確かだった。

「劉、ストレイスと合流した。彼は無事だ。ストレイスを狙っていた金髪の男が、唐突に我々の前から走り去っていた。彼がどこへ向かったのかを確認してほしい」

 クレイグが通信機で劉に伝えるのを聞きながら、レイは立ちあがった。金髪の青年のひざが当たった脇腹がずきずきと痛む。おそらくひどい痣になるであろう箇所を手でさすりつつ、青年が姿を消した方向に目を向けた。

「あいつ、ずっと俺を追いかけてたのに、急に行っちまいましたね。どうしたんすかね」

 レイは敵の意図が読めず、いくらかの不安も感じながら言った。

「お前が何かしたわけではないんだな?」
「違います。俺は、あと少しでほんとに殺されるところでした……」その瞬間のことを思い出して、ぞくりと身を震わせる。「それなのに、俺を殺す直前でいきなり、壊れたロボットみてえに固まって動かなくなったんすよ。それで、反撃しようとしてたところでした」
「そうか……とにかく、我々も倉庫に急ごう」
「あっちはどうなってるんすか?」

 少しの間、自分のことで精一杯で頭から吹き飛んでしまっていたが、和泉かおるがロボットとともに現れ、地下倉庫が攻撃されたのだった。
 そのことを思い出した途端、ジャンとゆかりが考えるのも恐ろしい状況に陥っているのでは、と危惧する気持ちがよみがえってきた。クレイグの顔色や声音からすると最悪の事態が起こった様子ではなさそうだが、彼の感情はどんなときも表に出にくいので油断はできない。

「ベルティエたちは和泉かおるが連れてきたロボットと戦っているが、大きな怪我を負った者はいない。動きを見ている限りでは、ロボットはわざと致命傷を与えない攻撃しかしていないように見える」
「よかった」レイは安堵の吐息をついた。「でも、わざとそんなもてあそぶようなことをするなんて……なんのためにやってるんすかね。ほんとに何考えてんのかわかりませんね、阿久津賢士は」

 金髪の青年や和泉かおるの行動は、阿久津賢士の命令の結果だろう。彼らは洗脳されて戦わされているだけなのだ。彼らが勝手に動いているとは考えにくい。
 クレイグはうなずいた。

「様子を見ながら慎重に動くしかないな。倉庫に逃げた犯行グループの男二人の方は、和泉かおるに殺された。彼は最初からそのつもりでやってきたのかもしれない」
「そうですか……」

 レイは眉を寄せて考えてみたが、敵の不可解な行動を説明できるようなことは何も思いつかなかった。

「行くぞ。和泉かおるの攻撃によってトラックが炎上している。消防には連絡したが、そちらにも気をつけろ」
「はい」

 クレイグが走りだす。レイも緊張を抱え、まだ痛む脇腹に顔をしかめながらそれを追った。


* * *


 ジャンやゆかりたちSGAがロボットと交戦している間、かおるは高みの見物を決めこんでいるようだ。自分は通路から一歩も動かず、ロボットに攻撃を任せている。
 ジャンは舌打ちを一つしながら銃を撃った。
 今のところ、SGAは敵のロボットをまだ一体も破壊できずにいたが、武装部隊の隊員も含め、敵の攻撃に倒れた者もいなかった。全員の状態を確認する余裕などないので、もしかすると小さな怪我を負った者はいるかもしれないが、致命傷にはなっていないはずだ。ゆかりもいつものしっかりとした態度を取り戻し、戦っている。
 理由はわからないが、やはり敵はジャンたちを殺そうとはしていないようだ。
 だが、これでは埒があかない。まず、ロボットへの指令を出しているかおるを止めなくてはならない。そうすれば、彼が持っている端末を取り上げてロボットを停止させることも可能だろう。
 もしかすると和泉かおるは、あの金髪の青年ほどの身体能力の強化はされていないのかもしれない、という考えもあった。

「ゆかり」

 ジャンはゆかりだけに通信を繋ぎ、抑えた声で言った。

「俺は一度倉庫から出て、上の通路に行く。こっそりかおるに近づいて、あいつを止める」
「何言ってるの? だめよ!」
「そうする方が早い。大丈夫だ。俺が出て行ったことに気づいてない振りをしてくれ」
「ジャン!」

 ジャンは通信を切った。
 いつ、和泉かおるの、もしくは阿久津賢士の気が変わり、本気で自分たちを殺そうとしにくるかわからない。迅速に行動しなくてはならない。自分がそばを離れても、今のうちならおそらくゆかりは大丈夫だろう。
 ロボットの攻撃を防ぐため、そして、かおるに自分の動きを見られないようにするため、身を低くかがめて棚の陰から陰へと移動し、倉庫の入り口の扉に向かって少しずつ後退していった。一体のロボットが追ってきているが、動きはジャンの方が速い。
 扉にたどり着くと、片手で銃を構え、体は倉庫の中央に向けたままで壁の開閉ボタンを押した。後ろ向きに廊下に出ると、今度は廊下側のパネルを叩くように押す。扉が閉まると同時に廊下の先にある階段を目指して走り、その勢いのまま一階まで駆け上がった。
 階段を上がったところで立体マップを表示し、通路へと続く入り口を探す。そのドアはすぐそばにあった。かおるに気づかれないようできるだけ静かに行動したかったが、もしロックがかかっていれば、ドアを破壊しなければならない。しかし幸いにも、こちらのドアも倉庫の入り口と同じように、ドア横のパネルのボタンを押すだけで開いた。
 中に入ると、再び炎から押し寄せてくる熱気に包まれる。通路の先に和泉かおるの姿が見えた。
 倉庫全体を見渡せる高い位置にいるかおるは、倉庫内にジャンの姿が見えないことに気づいているはずだ。だが、特にそのことを不審がっているようでもなく、ジャンを探している風でもない。先ほどまでと変わらず、片手をポケットに入れたまま突っ立ち、眼下に視線を注いでいる。どこか、棚の後ろにでも隠れていると思っているのだろうか?
 通路の壁には太いパイプが伸び、床には制御装置やモニター、小さめの棚などが並んでいる。ジャンはそれらの陰に隠れながら、そろそろと通路を進んでいった。

「かおる! かおる……!」下から、ゆかりが叫ぶ声が聞こえた。「わからない? ゆかりよ、あなたの姉よ! 思い出して!」

 心の底から弟に訴えかけるような、必死の叫びだ。
 通常は、事件に関わっている親族などがいる職員はその事件の担当から外されるものだが、阿久津賢士の事件を担当するチームは違う。
 その理由の一つに、洗脳された人間に対して、こうして家族や友人など親しかった人間が呼びかけるため、ということがある。
 洗脳を解く確かな方法については、いまだよくわかっていない。もちろん、専門の技術者の手によって、記憶を取り戻させる洗脳を再び施すのがもっとも確実に近い方法だろう。だが、それ以外の道もあるかもしれない。
 洗脳で意識の底に沈み、ふたをされて出てこなくなっている記憶は、脳から完全に消えてしまっているわけではない。阿久津賢士が通常の洗脳を行ったのなら、被害者――かおるたちも、外からの何らかの刺激によって記憶を取り戻し、洗脳から解ける可能性があるのだ。その望みにかけ、大切な人との接触によってすべてを思い出すことを願って、彼らに呼びかける。

「姉? あなたが、私の?」かおるはせせら笑った。「知りませんよ、あなたのことなんて」

 おもしろがっているような調子で冷たく言い放つ。ここからはゆかりの姿は見えないが、いくら洗脳されているとはいえ、実の弟の今の言葉にゆかりは傷ついただろう。そのことに体の内側で怒りが燃えあがるのを、ジャンはどうしようもなかった。
 ゆかりは尚もかおるに言葉を投げかけ続けているが、ロボットから攻撃を受けている状態でそちらに意識をそらすのは危険すぎる。
 ジャンはかおるに近づく足を速めた。棚や制御装置にさえぎられない位置まで来ると、麻酔銃を構える。かおるとの距離はたった二メートルほどしかない。敵がこれほど近くまで来ているというのに、まだ気づかないのか? ジャンは訝しく思いながらも、麻酔銃の引き金を引いた。
 その瞬間、かおるが体を反転させ、ジャンの目前に飛んできた。実際には飛んできたのではなく走って来たのだろうが、ジャンにはそう見えた。麻酔銃のダートはかおるの脇を飛んでいき見えなくなる。かおるの手にあった端末はいつの間にか白衣のポケットの中にしまわれていた。先ほどまでの、どこかけだるそうな雰囲気さえ感じる佇まいからは想像がつかない動きだ。
 獲物に飛びかかる蛇のような速さで右腕がさっと伸ばされ、その手がジャンの首をつかんだ。喉が絞められ、呼吸が苦しくなる。

「私が気づかないとでも思ったんですか? 本気で?」

 かおるは嘲笑うように言うと、ジャンの首に巻きつけた指にぐっと力を込めた。そのまま、右腕をゆっくりと上げる。ジャンの体も一緒に持ち上がり、両足がわずかに床から離れた。本格的に首が絞まり、ジャンはかおるの腕から逃れようともがき、左手でかおるの腕をつかんだが、その腕はびくともしない。
 九十キロを超えるジャンの全身を片手で持ち上げているというのに、かおるは表情一つ変えていなかった。にたあ、とした、生理的に嫌悪感を覚えるような不気味な笑みを広げ、下から見上げてくる。

「あなたが考えていたことは最初からわかってましたよ。ぜーんぶね」

 彼がそう続けるのが聞こえるが、脳の酸素が足りなくなり、言葉の内容はあまり頭に入ってこない。かろうじて右手に持ったままの麻酔銃を構えようとしたが、体が言うことを聞かなかった。

「そいつを放せ」

 そのとき、誰かの声が言った。その男の声は通信機を通してではなく、ジャンの背後から直接空気を振動させて伝わってくる音だ。命令口調の割りに、声自体は静かで穏やかなトーンだった。
 かおるが視線をジャンから、ジャンの後ろに立っているらしい人物に移し、鼻で笑った。

「フランツ、ミスをしでかしたあなたが、この私に命令ですか?」

 フランツとはいったい誰だ? 首を絞められたままのジャンには、後ろを振り返って確認することができない。そうしている間にも意識はどんどん薄れてきた。
 しばし、沈黙があった。

「マスターの命令を忘れたのか」

 また、後ろの声が言う。かおるの挑発的な物言いにもまったく動じていないのか、冷静な口ぶりは先ほどと微塵も変わっていなかった。

「私は、マスターの命令に反するようなことをした覚えはありませんよ。あなたとは違ってね」
「俺はマスターから、お前の行動に注意していろ、という命令も受けている」
「どの口が言うんですか?」
「そいつはもうすぐ死ぬ」
「殺すつもりはありませんよ」

 直後、ジャンの首を締めあげていた手が突然離された。床にどさりと崩れ落ちる。解放された気管に一気に空気が流れこみ、ジャンは大きく咳きこんだ。視界はまだかすんでいる。

「ほら、死んでないじゃないですか」

 頭上からかおるの声が降ってくる。肩をすくめているのが目に見えるかのような調子だ。

「マスターはちゃんとわかってますよ」

 かおるは足元に横たわるジャンの存在を無視して、もう一人の人物との会話をさらに続けようとしていた。視界の端に、かおるの向かいに立っている男の茶色いブーツが見える。
 その隙に、ジャンはいまだ力の入らない体を叱咤し、床に両ひじをつくと喘ぎながらもなんとか体を起こそうと試みた。

「それに、マスターからは何も言われてません」
「マスターは――」
「ああ、もう、うるさいですねえ」

 かおるが苛立ったような声を上げたかと思うと、ジャンの体にすさまじい衝撃が走った。
 前触れもなく、かおるがジャンの体を蹴りあげたのだ。一瞬、声も出なかった。筋肉に力を込めて攻撃に備える余裕もなく、腹にまともに蹴りをくらってしまい、再び床に転がる。痛みが腹部から全身に広がっていく。ジャンは腹を抱えるようにして体を折り、呻いた。
 耳障りなかおるの笑い声が響き渡る。
 その声と下からの銃声に混じって、バタバタという足音が聞こえてきた。誰かが倉庫内に入ってきたようだ。

「おや」

 かおるが愉快そうな声を上げた。

「はい。……了解しました、マスター」

 フランツと呼ばれていた男が言ったが、かおるに向かって言ったのではない。通信機か何かを使って、この場にいない人物と話しているような様子だ。

「ジャン!」

 自分を呼ぶ声が聞こえる。あれはレイの声だ、と痛みで遠のく意識の片隅でぼんやりと思った。


* * *


 地下倉庫に飛び込んだクレイグは、視界に広がった光景に思わず息をのんだ。劉からの報告や送られてくるカメラの映像で状況はわかっていたはずだが、実際に直接目にすると、想像以上の惨状だった。
 高々とそびえる炎の柱から発せられる熱が、肌にまとわりつき、呼吸を圧迫する。ごうごうという音が倉庫内を満たしていた。
 それに被さり、いくつもの銃声が鳴り響いている。ゆかりと武装部隊の隊員たちが、阿久津賢士のロボットの攻撃から逃れるべく、隠れたり逃げ回ったりしながら、ロボットに向けて必死で銃を撃ち返している。死んではいないようだが、倒れている隊員が一人いた。足をやられたようだ。ゆかりは一人離れたところで、時々頭上の様子を気にしながら一体のロボットの相手をしている。
 クレイグに続いてレイと二名の武装隊員――一度、三階の研究室の方に来るよう指示したものの、すぐに引き返させた二人だ――が、倉庫内に駆け入った。

「ジャン!」

 レイが頭上を見上げて叫んだ。クレイグもその視線を追うと、頭上の通路には和泉かおると金髪の青年が並び、その足元の床にジャンが倒れているのが見えた。
 倉庫に入ってきたレイやクレイグたちの存在を感知したのか、近くにいたロボットがこちらを向く。先の方が細い筒のようになった腕が上がった。その、ライフルの銃身のような腕の先から弾が発射されるのだ。
 クレイグはホルスターの拳銃に手をかけたが、ロボットは弾を撃つ前に動きを止め、腕を下ろした。突然、倉庫内の音が減った。見ると、すべてのロボットが同じように止まっている。
 ゆかりや武装部隊の隊員たちは何が起こったのかすぐには理解できない様子で、警戒しながらまだ銃を構えている。
 通路の上で、和泉かおるが手に持った端末を操作していた。おそらく、彼が何らかの指令をロボットに与えたのだろう。
 彼はその端末を白衣のポケットにしまったかと思うと、しゃがみこんでジャンの髪をわしづかみにし、無理やり顔を上げさせた。金髪の青年が自分の持っていたナイフをかおるに差し出し、かおるはそれを受け取るとジャンの喉元にあてた。下にいる武装隊員たちの間にざわめきが走る。

「ジャン!」ゆかりが空気を切り裂くような、悲鳴に近い声を上げた。「かおる、やめて!」

「全員、動かないでください。言うことを聞かなければこの男を殺しますよ」

 かおるが言った。しゃべり方は丁寧で声質も柔らかであるのに、彼の声からはそこはかとない残虐さと冷酷さを感じた。だが、そこからドロドロとした悪意は感じ取れない。表情は心から楽しそうな笑顔で、無邪気な子供のようだとも思えた。笑顔で蟻の巣を壊し、蝶の羽をもぐ子供のようだと。
 そこに、おとなしい青年だったという和泉かおるの面影は無い。それほどまでに、彼は変わってしまっていた。
 金髪の青年は感情などまったく存在していないように見えるのに、かおるの方はむしろ感情豊かに見える。なぜ、こうも違うのだろう。二人とも洗脳されているのは同じはずだが、そのような差が生じることなどあり得るのだろうか。
 倉庫内の全員が微動だにしなかった。クレイグの耳に装着したイヤホンから、聞き慣れない男の声が流れてきた。

「クレイグさん。今、研究所の建物前に着きました。指示をお願いします」

 ほんの一瞬のことだったが、柄にも無く、彼が誰で何のために来たのかを思い出せなかった。武装部隊の増援だ。

「絶対にそこを動くな。指示を出すまで待機しろ」

 マイクのスイッチは先ほどから入れっぱなしになっていたので、クレイグは体を動かさず、通路の三人に目を留めたまま答えた。口もなるべく動かさないようにして声を出す。

「え? ああ、はい」どこか怪訝そうな返事が返ってきた。
「劉、増援隊へ状況の説明を頼む」

 クレイグは劉に向けて言った。
 金髪の青年が柵に片手をついてふわりとそれを乗りこえ、下に飛びおりてきた。全身の筋肉を上手く使い、体重を感じさせない身軽さで着地する。彼は背筋を伸ばすと、一、二歩クレイグたちに近づいてから口を開いた。

「お前たちに、マスターから提案がある」

 初めて聞く青年の声は抑揚が無く静かだったが、全体的な雰囲気ほどの冷たさはない。もしかすると彼は話せないのではないかとも考えていたため、彼の口からごく普通に言葉が流れ出てくることに少しの意外さを感じた。青年は続ける。

「俺たちは今からこの場を去る。それを見逃せば、こちらもこれ以上の手出しはしない。そうすることが、お前たちにとっても最善の選択だというのが、マスターの考えだ」
「どういうつもりだよ! そんな――」

 怒りと困惑もあらわに言いかけたレイを、クレイグは「待て」と制した。レイは一瞬、どうして止めるんだ、と言いたげな顔をクレイグに向けたが、命令どおりに口をつぐんで金髪の青年に視線を戻した。
 しかし、一秒も経たないうちに今度は別の声に思考をさえぎられる。

「ふざけんじゃねえ!」

 かおるに押さえつけられたままのジャンが、かすれた苦しげな声を絞り出していた。

「てめえらを黙って逃がすなんて馬鹿なこと、俺たちがするわけねえだろうが!」
「あなたにそんなことを言う権利はありません。あなたは人質なんですよ?」

 かおるがジャンの髪をさらに強く引っ張り、苦痛に歪んだ顔を覗きこむようにして言った。それでもジャンは黙らず、自分が少しも怯んでいないことを見せつけるかのように、さらに声を大きくした。

「阿久津の野郎の言いなりになるくらいなら死んだ方がマシだ! そうだろ、ボス! 俺が殺されようが構わねえで、こいつらを止めろよ!」
「ジャン!」ゆかりがまた叫ぶ。

 ジャンは目だけをなんとか下に向けて、クレイグを睨みつけていた。瞳は凶暴な獣のようにぎらついている。
 阿久津賢士との戦いは、今、この場での戦いだけがすべてではない。重要なのは敵の言いなりになるかどうかではなく、敵を逃がすことによって何が得られ、どんな損失があるのかを考えること。そして、阿久津賢士の企てや意図を探ることだ。
 ここまで自分たちを追いつめておきながら、わざわざ交渉を持ちかけてくる意味はなんなのだろうか? 阿久津賢士の目的が読めない。
 クレイグは、目の前に立ってじっとこちらを見ている金髪の青年をまっすぐに見返した。

「マスターというのは、阿久津賢士のことか」

 そうに違いないのだろうが、念のため確認する。

「そうだ」

 阿久津賢士は拉致して洗脳し、部下とした者に自分のことを“マスター”などと呼ばせているのか。その異様さに、クレイグは背筋に薄ら寒いものを感じた。
 すべての判断はクレイグにゆだねられている。その場にいる全員が彼の言葉を待つ中、クレイグはかおるに捕らえられているジャンに目を向けた。
 外にいる武装部隊の増援とともに立ち向かえば、もしかすると金髪の青年かかおる、もしくはその二人を捕らえることもできるかもしれない。だが、敵には四体のロボットもいる。被害がさらに広がるのは間違いないだろう。
 それに、この場にいない日向虎太郎とシンディー・オルコットのことは救えない。阿久津賢士の“提案”をSGAが拒否することで、彼らが殺されるということも考えられる。
 加えて、SGAの職員であるジャンが命を落とすようなことがあれば、少なからず騒ぎになることも避けられない。そうすれば、一般の人々に阿久津コーポレーションの悪事を知られず、阿久津賢士を逮捕することが難しくなってくる。
 ここでジャンを――仲間を一人犠牲にしても、そうするだけの価値があるものは何も得られない。
 阿久津賢士の方も、圧倒的な力の差があるにもかかわらず、この場で正面からSGAとやり合おうとしないのには、おそらく何か重要な訳があるはずだ。

「わかった。では、その通りにしよう」

 クレイグははっきりとした声でそう言った。
 金髪の青年が小さくうなずき、彼とかおる以外の全員がクレイグに目を向けた。その表情は一様に驚愕を示している。

「何考えてんだ、あんた! 正気か、おい!」

 愕然と目を見開いていたジャンが、怒りに声を震わせながら怒鳴った。

「フランツ、この男はどうしますか?」
「縛っておけ」

 かおるが下に向かって声をかけると、金髪の青年が顔を上げて答えた。フランツというのは青年の名前のようだ。ジャンの腕を背中に回したかおるが、手錠のようなものを彼の手首にかけるのが見えた。当然、ジャンは激しく暴れようとしていたが、かおるはそんなジャンをいともたやすく押さえ込んでいた。彼も金髪の青年――フランツと同じく、洗脳によって通常の何倍もの力が出せるのだろう。
 ジャンを拘束し終えたかおるが立ち上がって端末の操作をすると、停まっていたロボットが再び動きだした。それを見届けてから、かおるは壁に開いた穴の方へと通路を歩きだす。フランツはこちらを一瞥したあと、トラックの出入り口に向かった。四体のロボットも彼に続く。
 レイは眉を寄せ、視線を床に落としていた。複雑な気持ちながらも上司の考えを理解し、その判断に納得したことがクレイグにはわかった。武装隊員たちも黙って状況を見守っていたが、ジャンだけは、まだクレイグへの抗議の叫びを上げ続けていた。ゆかりはどこかほっとしているようにも見える。婚約者が人質にされ、しかも自分の弟に殺されそうになっていたのだから、当然だろう。
 フランツは炎の横を平然と通りすぎると、出入り口に続く通路を進んでいった。やがて、地上に伸びる通路の先の扉が開いた。先に外へ出たかおるが、あらかじめ手に入れていた研究員のカードか何かを使って開けたらしい。かおるが乗ってきたトラックにフランツとロボットが乗り込むと、車は走り去っていく。もちろん、誰も止めない。
 今回は外にいる武装隊員にも警察にも、敵を追えとは命じなかった。ただ、本部にいる劉にだけ、敵が向かった先を街のカメラで確認するようにと伝える。
 広い倉庫にはSGAの人間と、燃えさかる炎だけが残された。遠くから、消防車のサイレンの音が聞こえてきた。


* * *


 昨日の事件についての説明を聞き終え、健二は一度大きく息を吸って、静かに吐き出した。知らずに息をつめていたようで、体は緊張している。机に置いた手や腕にも無意識に力を入れていたらしい。肩はひどく凝っていた。
 拠点の会議室で、十日ほど前と同じようにクレイグが前に立ち、レイとゆかりが顔をそろえている。健二もSGAの捜査に協力していくということで、阿久津賢士の事件で何か進展があった際には、健二にもその都度知らされることに決まったようだ。

「どうやら、阿久津賢士の方も我々と正面から敵対しようとは思っていない節がある。警察は二名殺害されたが、SGAには殺された者はいない。その理由はわからないが、彼らの攻撃は明らかに手加減されていた。これらのことから、阿久津賢士に対処する方法を探れないかと思っている」

 クレイグは最後にそうまとめた。

「今回はいろいろまずい場面もあったけど、阿久津賢士に狙われてる犯罪者を確保できたってのも、俺たちにとっては大きかったですね」

 改めて事件のことを思い出しているのか、レイが一人うなずきながら言い、クレイグが同意する。

「ああ。彼らの言動からすると、何か裏がありそうだったからな。阿久津賢士とその他の犯罪との関係や一連の事件について、重要なことがわかる可能性もある」
「その人は何か話したんですか?」健二はクレイグにたずねた。
「いや、まだだ。今聞き出そうとしているところだが、なかなか口を割らない」

 以前、健二が未来に来た直後で敵側の人間ではないかと疑われていたとき、クレイグはSGAは拷問などはしない、と言っていた。あのときは劉がふざけているなどとは夢にも思わず、健二は本気で怯えていたのだが。おそらく、今回捕まえたという犯罪者についても荒っぽいことはせずに、相手が話しだすのを待っているのだろう。

「目の前で仲間が次々に殺されるのを見たので、そのショックで混乱しているというのもあるのかもしれませんね」

 ゆかりが憐れむような声で言った。クレイグも首肯する。犯行グループのメンバーは全員が若く、まだ少年と言ってもいい年頃の者もいたらしい。
 すべての出来事についての仔細を聞いたわけではないが、先ほどレイも言っていたように、今回SGAの面々はかなり危険な状況に陥ったようだった。彼らのショックも大きいだろうが、日頃から特殊な犯罪に対しているだけに慣れているのだろうか。レイやゆかりたちからは、そういった動揺のようなものは何も感じられない。ゆかりは、敵として現れた弟と対面したことについては、自分からは触れなかった。
 健二は初めて、彼らの仕事が時には命をかけたものであるということを実感した。今、そばにいる彼らが――いつも健二に笑いかけ、安心させてくれる彼らが――わずかな時間でも死と隣合わせの時を過ごしたかと思うと、腹の底が冷えていくような恐怖を感じた。
 だが、健二の中に生まれた恐れが膨れあがる前に、クレイグが再び話し始める。

「犯罪が起きてから、敵が姿を見せるまでの時間が短すぎる。現場付近に現れるまで誰にも気づかれないように移動していることから考えても、周到に準備をしているとしか思えない。現場を立ち去る際も、調査部にだけは街中に設置しているカメラなどで敵の行方を追わせていたが、トラックはSGAがカメラの映像を取得できない駐車場に入り、その後見失った。事件が起きる場所などの情報を前もって知っていなければ、このように逃げることもほぼ不可能だろう」

 たしかにそうだ、と話を聞いていた健二も思った。だが、それが意味するところは何なのだろうか。

「そこら辺は、捕まえた男が話してくれるのを待つしかなさそうっすね」

 レイが言い、クレイグが「ああ。まずはそこからだろうな」と答えた。

「今回の事件では、阿久津賢士と接触する新たな手段が見つかるかもしれない、ということがわかったのも大きな収穫だ」

 クレイグは続けた。彼らは、和泉かおるや金髪の青年――フランツという名前だとわかった男と会話を交わしたというのだ。以前、フランツという青年と出くわしたときにはとても話ができるような相手には見えなかったので、一度敵の姿を見ただけの健二にもこれは予想外だった。
 そのとき――阿久津賢士が“提案”を持ちかけてきたとき、クレイグはそれを受け入れた。そのクレイグの決断を、レイもゆかりも正しい判断だったと思っているようだ。彼らがクレイグに絶大な信頼を置いていることがわかる。

「阿久津賢士の言葉をフランツという男が伝えてきたということは、こちらの言うことも阿久津賢士に伝わる可能性がある。少なくとも、洗脳された者に話しかけることは意味のあることだとわかった」

 そう言うと、クレイグは何気なく、といった調子でスクリーンを見た。健二もその視線を追う。そこには、フランツやかおるの静止画像が表示されていた。昨日の事件のときのものだ。フランツは人形のような無表情だが、かおるの方は口元をいやらしくゆがめている。その様子は以前に刑務所で説明を受け、目にした“洗脳を施された人間の状態”とはずいぶんかけ離れているが、その理由はクレイグもわからないと言っていた。
 健二は、白衣を着たかおるの映像や写真を初めて見たときに頭に浮かんでいた疑問を口に出した。

「そう言えば、かおるさんの白衣には何か意味があるんでしょうか」
「無いと思うわ」ゆかりが答えた。「もともと、白衣を着るような職業に就いていたとか、そういうのじゃないから」
「フランツって男と同じでさ、強い印象を与えるためっつーか、目立たせるためにそういう格好させてんだろ? きっと」レイが言う。
「阿久津賢士のことを“マスター”って呼んでたんだよな。それも、何かそういう演出的なものなのかな」
「わっかんねえけど……なんつーか、悪趣味だよな」

 顔をひそめ、レイがぼそりと呟く。健二も同感だった。

「その辺りのことも含めて、阿久津賢士の目的については今後も調査を進めていく」

 クレイグはそう言ったあとで、健二に視線を向けた。

「他に、何か質問などは無かったか」
「はい。大丈夫です」

 健二のその返事を合図にして、ミーティングは終わった。
 会議室の壁に投影される形で時刻を示している時計を確認すると、ちょうど正午を回ったところだった。レイたち三人は仕事があるので、これから本部に戻るようだ。健二の方は昼食をとりにい行くつもりだった。一緒に食べようと、アマンダがダイニングで待っているはずだ。
 席を立ってドアへと向かうとき、健二は最後に部屋の中を見回した。ミーティングが始まったときから心に引っかかっていたことがどうしても気になり、近くにいたレイに言ってみる。

「今日はジャンさんはいなかったんだな」

 危険な目に遭ったと聞いたので、彼の身を案じる思いがあり、無事であることを確かめておきたかったのだ。
 だが、それを聞いた途端、レイは吹き出した。

「“さん”なんてつけずに、ジャンでいいって」

 彼はこの場にいないジャンの意思などお構いなしに、さも自分のことのように言う。健二は戸惑いつつも、それに従うことにする。

「じゃあ、えーっと、ジャンは……彼はどうかしたのか?」

 健二が改めて問うと、レイは少し表情を曇らせた。

「あいつは、ちょっと怪我しててさ」
「怪我を!? 大丈夫なのかい?」
「ああ、まあ、その……」

 そこで、クレイグにちらりと目を向ける。クレイグはレイを見返しただけだったが、レイはその目から何かを感じ取ったようだ。再び口を開いた。

「怪我自体はたいしたことねえよ。ただ……」

 しかし、すぐにまた言葉をにごしてしまう。

「ベルティエは今回の現場で、自分の軽率な行動が原因で怪我を負ったり、チーム全体に不利な状況を引き起こしたことによって、言わば精神的に不安定な状態だ。事件のことを冷静に思い出して話すのは、今のベルティエには難しいだろうと判断した。だから、少し休ませるためにも、今日のミーティングには出席させないことにした」

 続けたのはクレイグだった。

「そうだったんですね」

 ミーティングに参加できないほど大きな怪我を負ったりしたわけではないのだとわかり、ほっとする。
 しかしどういうわけか、見るとレイとゆかりは二人して苦笑いを浮かべている。詳しい事情のわからない健二は、ただ首をひねるしかなかった。

「健二くんは優しいのね」

 廊下に出たところで、ゆかりがいつもの穏やかな笑みをたたえて言った。そんな風に正面からほめられると気恥ずかしい。

「いえ、そんな……正直、ジャンのことはちょっと怖いんですけど、でも、何かあったんじゃないかと思ったら心配になります」
「怪我はマジでたいしたことねえんだ。さっき、ボスも軽く説明してただろ? あいつ、敵に一人で突っ込んでいったんだよ。ボスの命令も無視してさ」

 レイが腰をかがめて健二の耳元に顔を寄せ、内緒話でもするかのように声をひそめて言った。

「それで、ボスにむちゃくちゃ厳しく注意されたみたいで……まあ、当然だけどな。でも、ジャンも素直に反省したりするタイプじゃねえから、結構激しくぶつかりあったらしい。だから、ミーティングで事件について話すことで、刺激されてまた怒りだしたり、前みたいに余計なこと言ったりするんじゃないかってことで、今回は頭を冷やさせるためにも、ボスがジャンには参加させなかったっつーこと」
「なるほど……」

 今度は健二もひきつった笑みを浮かべずにはいられなかった。ゆかりがくすりと笑う。
 今日のミーティングにジャンを参加させなかったのは正解だろう。前回健二が参加したミーティングのことを思い返すと、その方が健二にとってもありがたい結果になったように思う。
 レイが体を戻したとき、彼の髪を結ぶリボンがほどけかかっているのが目に入った。

「リボンが外れそうになってるみたいだよ」
「お、ほんとだ。サンキュ」

 健二が教えると、レイはぱっとリボンに手をやり、その場で結びなおし始めた。
 最初は気がつかなかったが、彼は一つに束ねた長髪に、いつも淡いピンク色のリボンをつけている。男がピンクのリボンというのは珍しく感じたが、2148年では普通のおしゃれの一つなのだろうか。
 リボンを結び終えたレイは、健二の視線に気がついたのか、少し照れくさそうな笑みを浮かべた。頭の後ろで蝶々結びになっているリボンに手を触れる。

「これ、シンディーからもらったんだ」
「シンディー」

 その名前に聞き覚えはあったが、すぐには思い出せない。

「ほら、前に言った、俺の友達だよ。虎太郎と三人で、いつも一緒にいたんだ」

 そうだ、彼女はアマンダの姉だ。そして、阿久津賢士によって拉致された被害者の一人で、レイの親友だったという人物だ。前に写真で見た、愛らしい微笑みを浮かべた彼女の顔が、おぼろげながらも頭に浮かんだ。

「俺も髪なげえけど、その虎太郎ってやつも長髪でさ。特に、そいつなんてもともと結んでもなかったからかなりうっとうしかったんだけどな」彼はそこで笑う。「シンディーが俺たち二人におそろいでくれたんだ、このリボン。まあ、男にピンクのリボンなんてちょっと可愛すぎるけど……シンディーにもらったもんだし。それからは虎太郎も俺も、ずっとつけてんだよ」

 そう言って、レイは昔を懐かしむように目を細めた。目の前の健二でも拠点の廊下でもなく、どこか遠いところを見ているようだ。
 その微笑はとても寂しげで、このときのレイの表情がしばらく頭から離れなかった。


 室内は暖かい湯気に覆われ、視界に映る落ち着いたクリーム色の壁も淡く光る照明も、白くぼやけて見える。深めの浴槽にもたれると、熱い湯の中に肩まで体を沈みこませる。筋肉がゆっくりと弛緩していき、健二はほう、と小さく息を吐いた。
 今日も一日の終わりに、あてがわれた部屋に備えつけられている浴室で疲れを癒していた。とはいえ、外に出て汗をかくわけでもなく、一日中室内で過ごしているため体はたいして汚れていない。だが、これまでの習慣もあり、風呂に毎日入らないのはどうにも気持ちが悪く感じた。
 額に貼りついた髪を濡れた手でかきあげる。お湯がはねるぴちゃり、という音が鳴り、やがて心地よい静寂がおとずれた。浴槽のふちに頭をあずけ、目を閉じる。
 今日のミーティングで聞いた事件のことを考えた。
 犯行グループの一人を逮捕することに成功し、阿久津賢士の部下とされた者たちと話ができるかもしれない、ということもわかった。彼らを使って、阿久津賢士が初めて言葉を伝えてもきた。それらのことから、クレイグたちは新たな作戦や対処の仕方などを考えていくのだろう。
 自分にできることは、何かあるだろうか。
 もちろん、SGAはこれまでも洗脳された者たちと話そうと試みてきた。彼らが阿久津賢士と通信を繋いでいたのなら、そのことは阿久津賢士にも伝わっている可能性が高いだろう、とクレイグは言っていた。洗脳された人間に普通の会話が可能であるなら、後ほど阿久津賢士に報告しているということもあり得る。
 それでも、今まではフランツたちがSGAや警察の呼びかけに反応することも、阿久津賢士が応じることもなかったのだ。いくらSGAがフランツやかおるを通して阿久津賢士に語りかけようが、無視をされては意味が無い。
 何か、あちらの興味を引くようなものがなければならない。阿久津賢士が関心を示すものとはいったいなんだろうか。
 浴槽に張ったお湯には入浴剤が入れてあり、お湯は薄紫に染まっていた。数日前、リラックスできるから、健二くんもどう? と、ゆかりが分けてくれたものだ。2015年の生活の中では入浴剤などほとんど使ったことがなかったが、せっかくもらったので入れてみたのだ。
 深呼吸すると、ラベンダーの香りが鼻腔に広がる。さざ波が静まっていく水面のように、心が徐々に落ち着いていく。お湯に浸かっているのがいつもより気持ちよく感じた。たしかに、入浴剤には心身のリラックスを促進させる効果があるようだ。
 そんなことを思っていたとき、健二の頭に一つの考えがひらめいた。ぱっと、頭の中で光がともったような感覚だった。あまりにも単純で、なぜ今まで思いつかなかったのかが逆に不思議なくらいだ。そして、それは単純であると同時に、あまりにも危険な作戦でもある。
 しかし、もしクレイグたちが賛同してくれるなら、試してみる価値はあるのかもしれない。実行するには健二にとってもかなりの勇気を必要とすることだったが、それくらいしか今の健二にできることはない。
 SGAと阿久津賢士が実際に戦っている、という実感はまだあまり無かった。一度、フランツという名の青年の姿を見たというだけで、その他はミーティングなどで話を聞いただけだからだ。それも、自分のアイデアをクレイグに話せば、これからは違ってくるだろう。
 健二はゆっくりとまぶたを開けた。子孫である阿久津賢士を止める危険な戦いに、文字どおり自分自身も身を投じる覚悟を固めながら。



-- Episode 03 Fin. --



読んでくださってありがとうございます!!
「第三話」も無事に完結することができました!

また、とんでもない長さになってしまいました(笑)
06は8,000字くらいで終わるだろうと思っていたのに、倍以上になってしまった…

いつも拍手等下さる方々も、本当にありがとうございます!
四話以降もがんばりますね!!

1/3 拍手お返事

thank-you03.png

前回のお正月イラストに拍手を下さった方々、ありがとうございました!!
過去の小説等に拍手して下さった方もありがとうございます!とてもうれしかったです。

今回のお礼絵はジャンさんです。
ポーズ集を参考にして描いてみましたが、なんだか筋肉がおかしいww
マッチョ好きなんですけど、筋肉描くの苦手なんですよね…orz
今まであまり体を描いてこなかったので、今後は少しずつ練習していきたいです。

今回はお礼絵の準備に時間がかかってしまい、コメントへのお返事が大変遅くなってしまいました;
これ、ちょっと考えなければいけませんね…
早めに返事が欲しいよ!という方は、各記事のコメント欄よりコメントを頂ければ、早くお返事ができます。
遅くなっても大丈夫だよ!という方は、拍手コメントから頂ければと思います。
拍手コメントの時は、お礼イラスト付でお返事させていただきます!


それでは以下、頂いたコメントへのお返事になります。
お手数をお掛けしますが、反転してお読みください。


>空代さん
お返事がものすごく遅くなってしまってすみません;
最終更新分も読んでくださってありがとうございました!!
アクションのシーンが長く続いて、自分ではだらだらしていないかが心配だったので、
緊張感を感じていただけてよかったです!
ジャンのことも好きと言っていただけてうれしいです!
そして、彼の行動や考えにハラハラしていただけたり、不安を感じていただけたことも、
書いた側としてはうれしかったりします(笑)
プラスの感情だけに限らず、いろいろ感じていただけたら本望です!
お褒めのお言葉、本当にありがとうございます…!!m( _ _)m
文章力等、尊敬しているところの多い空代さんにそう言っていただけることがもう、本当に光栄です…
戦闘シーンには私もかなり苦戦してしまいました(笑)
こちらこそ、素敵な感想&応援をありがとうございました!!!
続きが楽しみと言っていただけて、すごく励みになります!がんばります!


HAPPY NEW YEAR 2017

未来への追憶/HAPPY NEW YEAR 2017

2017年のあけおめイラストがようやく完成しました!!
年が明けてから描き始めたのもあって、だいぶ遅れました。

ずいぶん横長の絵になっていろいろつぶれてしまったので、大きなサイズも置いておきますね!→大きなサイズ

今回も人数が多くて死にそうになりました…主に肩凝りで(笑)
みんなでわいわいやってる感じの絵を描くのが好きなので、つい味方メンバー全員描いてしまう(*´ω`)

一応、みんなで初詣に来ているところです。
最初は神社っぽい背景も描くつもりにしていて、背景下手なりに何時間もかけてがんばってみたのですが…
どうしてもいい感じにならず、仕方なく背景にはログアウトしていただくこととなりました(泣)

happynewyear2017_haikei.jpg

出来がひどすぎるので一部しかお見せできませんが、こういう感じでちゃんと全部描いたのですよ…!?
残念ながら、肩凝りと首凝りを悪化させただけで終わりましたがw

でも、背景入れるとごちゃっとしてまとまりが無くなってしまいそうだったので、
完成してみると背景は無しにして正解だったかもと思います。


* * *


以下、例によって補足のような、語りのようなものを少し。

大きなサイズを載せてるので必要は無いとは思いますが、
文字ばかり続くとおもしろくないかもしれないのでトリミングした絵を挟みながら書きます♪


happynewyear2017_jeanyukari.jpg

今回は初詣ということで、みんな私服で描いてみました。

ダサいとかそういうのは止めてください←(冗談ですよw)

描いてる途中、自分でもとてつもなくダサいような気がしてきたりして困った(笑)

ジャンのこの服装は絶対ゆかりの趣味だと思います。
最初からそのつもりで描いたわけではないのですが、自分でこんなセーターは選ばないと思うww
ジャンの服の好みはもうちょっと違うイメージなんですよね…いつかそちらも描きたいです。
きっと、ゆかりからのクリスマスプレゼントとかそんなんだよ!

ほとんど隠れてますが、ゆかりが持ってるお守りに入ってる神社の名前は「未来神社」です(安直)


happynewyear2017_rayboss.jpg

ダサいといえばレイが一番ダサいんじゃないかと思いますが、
レイはこの髪型で眼帯なので、どうしても普通の服は何着ても違和感バリバリな気がしますww
リアルの人に言ったらいか焼き食ってるせいじゃないかと言われました。
まあ、たしかになんとなくおバカっぽく見えるのはそのせいかも…イカかじってるところっていうのがねw
レイはハンサムだけどどこか残念…っていうキャラなのでこれでいいのです( *´艸`)

ボスの方は参拝しているところです。
背景を無しにするとボスがちょっと意味わからない感じになってしまったんじゃないか、
ということだけが気がかりでしたが…まあいいか!


happynewyear2017_kenjiliu.jpg

健二(30)と劉先輩(39)はノリが高校生みたいだなと思いました\(^o^)/

健二がおみくじで『凶』を引いたことをおもしろがって、内容についてあれこれ言おうとする先輩と、
「ちょ、やめてくださいよ…!」ってなってる健二。
描き始めたあとで、「健二また先輩のせいで焦った顔してるよ!」って気づきましたw
ハロウィンのときもひそかに健二に絡んでますからね、劉先輩…

でも、基本的にこの二人本編でもそんな感じだよね(笑)


happynewyear2017_amanda.jpg

アマンダは構図的に服をほとんど描けなかったのが残念ですが、一応ポンチョコートを着てます。
ポンチョコートにショートパンツとかだと思います(*´`)

そして相変わらず何か食っている花火大会の絵参照)


* * *


以上です!

見てくださってありがとうございました!!
いつも小説やイラストに拍手等下さる方々もありがとうございます!(*^▽^)

次回は「第三話 - 06」の更新となります。いよいよ第三話の最後です!

高揚

※以下、軽い血の表現注意















未来への追憶/和泉かおる

かおる気持ち悪いです(褒め言葉)

ようやくこの絵を載せられるときがやってきた…!

実はこの落書きを描いたのは昨年の5月なのですが、
このブログに載せるのはかおるが本編に登場してからにしようと決めていました。
名前だけ登場しているときと、実際に出てきたときとのイメージにすごくギャップがある人なので(笑)

とは言ってもこれとか、すでにかおるのキャラがわかってしまうイラストは載せてしまってたんですけどね!

新年早々こんなので申し訳ありませんw

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