未来への追憶 第四話 - 02

* * *


 SGA本部に呼び寄せた健二と話をしたあと、クレイグが特別犯罪捜査課の部下から連絡を受けて向かった部屋で、男は後ろ手に拘束された状態で椅子に座らされていた。そこは尋問を行うための小さな部屋で、室内には机と、机を挟んで置かれた二脚の椅子があるだけだ。男はその一つに扉の方を向いて座っていた。男のすぐ背後には犯罪捜査課の職員が二人、麻酔銃を持って立っている。
 男がこれ以上無いほど疲れきっていることが、クレイグには一目見てわかった。医療研究所で捕らえた時は顔も体もひどく汚れていたので老けて見えたが、シャワーを浴びて小綺麗になった彼は、誰が見てもまだ二十代前半だとわかるような少年の面影を残す顔立ちをしていた。浅黒い肌にも若々しさが満ちている。だが、瞳だけは暗く濁り、実際の年齢以上の重みを持つ苦悩を湛えていた。

「事件について、話す気になったそうだな」

 すべてが白で統一された無機質な部屋に入り、背後の扉がほとんど音も立てずに閉まったあとで、クレイグは静かに言った。
 長い間があった。男はまるでふてくされたようにそっぽを向いていたが、やがてぼそりと呟くように言った。

「俺たちは騙されたんだよ……あいつに」
「あいつとは誰だ?」
「知らねえよ」男は憎々しげに吐き捨てた。「顔も、名前もさっぱりわからねえ。やっぱり、あんな胡散臭い奴なんかに従うべきじゃなかったんだ。くそ! なんでこんな……俺たちは……ちくしょうっ!」

 男の声は話すうちにどんどん大きくなり、最後は叫ぶような調子になった。急に感情的になった男に、男の後ろに控えた二人の職員は身を硬くした。いざとなればすぐさま麻酔で大人しくさせられるようにと、手に持った銃を軽く構える。クレイグは彼らが不必要に割って入りはしないかと注意を向けつつ、男が落ち着くのを辛抱強く待った。
 先ほど、たった今男に銃を向けている職員のうちの一人が、「医療研究所を襲った犯行グループの男が、『あんたらのボスにすべてを話す』と言っている」と報告してきた。それで、男は勾留されていた部屋からここへ連れてこられたというわけだ。せっかく口を割ろうとしている人間を無駄に脅しつけたりして、その気を損なわせてはならない。

「お前たちは誰の指示を受けて動いていた?」

 興奮して荒くなった男の呼吸が静まってきたところで、クレイグはもう何度も繰り返してきた問いを、再度男に投げかけた。

「今の言葉からすると、自分たちの意思だけで犯行に及んだわけではないようだが」
「ああ、違う」
「医療研究所では“はめられた”とも言っていたな」

 短い間のあと、男は顔を上げてクレイグの目をまっすぐに見つめ、語り始めた。

「……俺たちは、依頼を受けたんだ」


* * *


 目がくらむような色鮮やかな光線が駆け巡り、ひしめき合う人々を照らし出す。四方には星々がきらめき、その間を大きな惑星がゆったりと移動していた。ほの暗い空間に様々な光が飛び交っていて、直前まで明るい場所にいた健二はそのコントラストの激しさに目を細めた。
 ラ・スパツィオ――そこは名前の通り、まさに美しさと混沌を兼ね備えた宇宙だった。
 店内は熱気と音の渦に包まれている。派手なエレクトロミュージックに合わせて体を動かす人たちの中で、健二はただただ圧倒され、その場に立ち尽くしていた。店に足を踏み入れた瞬間、思い描いていたものとはあまりにもかけ離れた光景に茫然となってしまったが、徐々に裏切られたことに対するささやかな不満が沸きあがってくる。

「バーみたいなところだって言ったじゃないか」

 隣で店内を見渡しているレイを見上げて言ってみるも、その声は鳴り響く重低音にかき消されて相手には届かない。「え?」と身をかがめて聞き返してくるレイに向かって再び声を張り上げる気にはなれず、健二は首を横に振って視線を前に戻すと、小さく呟いた。

「これはクラブだろ……」


 それより一時間ほど前。二十時が近づくにつれて健二は落ち着きを無くし、拠点のリビングでそわそわしながら、一人でレイが迎えに来るのを待っていた。アマンダは出かけていていなかったので、拠点には休日だったジャンと健二の二人だけという、珍しく、且つ健二にとっては非常にありがたくない状況だった。だが、健二の心配とは裏腹に、ジャンは自分の部屋にこもっていて姿を見せなかった。
 レイは予定通り、二十時ちょっと前に拠点に戻ってきた。一度、自室に着替えに行ったレイは、薄手のトレーナーとジーンズに足元はスニーカーというラフな格好になって再び現れた。健二の方はタイムスリップした時に着ていたスーツだったが、仕事帰りに遊びに繰り出した会社員を装うことになっている。
 出かける準備と外出中の行動についての最終確認を済ませ、八時二十分頃、二人は出発した。移動に使ったのは、これまで健二が本部と拠点を行き来する際に乗っていた車よりも小型の黒い車だ。拠点から直接外に出ることはできないので、二人は一度SGAの本部まで行き、そこから街に出るという手間を踏んだ。
 車が目的地を目指して進む間、健二はまたもや車窓に広がる景色に目を奪われっぱなしだった。夜の闇に包まれた2148年の東京の街並みは、昼間とはまた違った様相を呈していた。人通りは昼間に通った時よりも少ないが、その時よりさらに賑わった印象を受ける。車道を挟んで並ぶ街路樹や高層ビル群はライトアップされ、さながら、街中がイルミネーションで飾りつけされるクリスマスシーズンのごとき華やかさだ。照明は道路を走る車や歩道を歩くロボットに反射し、どこもかしこも温かな光で溢れていた。
 頭上の高い位置では、高架橋の上を新幹線のような物がかなりのスピードで走り去っていった。以前見かけた時に高速道路だと思っていたその橋は、鉄道が通る線路だったらしい。車体の側面に取りつけられたブルーの帯状のライトが暗い空の中に浮かび上がり、細長い光の線だけが移動していくようにも見える。
 やがて、前方に健二たちを待ち構えるように建っている、一際大きなビルが見えてきた。下からは最上階が見えないほど高いが、敷地面積もかなりのもののようで、外観は従来の高層ビルのように天に向かって細く伸びているという風ではなく、重厚感のあるどっしりとした佇まいをしている。
 車は敷地内に続く道へと入っていった。そこで、レイは後部座席の健二を振り返って言った。

「ここが俺んちなんだ。今は拠点に寝泊りしてっから、たまに掃除したり必要なもん取りに来るくらいでほとんど使ってねえけど、いつ戻ってくるかもわかんねえからそのまま残してあんだよ」
「レイの家? これは……マンションなのかい?」

 その言葉に、健二は車の窓に顔を貼りつけるようにして、改めて眼前にそびえ立つ巨大な建造物を見上げた。
 そう言えば、SGAの本部でどこへ行くのかについて話していた時も、レイは「自分の家の下にある店」と言っていなかったか。その時も違和感は感じたものの、聞き流してしまっていた。

「ああ、そっか。時々、健二にはわかんねえ物があるっつーことを忘れちまうんだよな。この中には家もあるけど、店とか、遊べるような場所も入ってんだよ。他にも、病院とかいろんな施設とかな。2015年にはそういう建物は無かったか?」
「マンションの一階が店になってるような建物とかはあったけど、これとは全然違うよ。こんなに大きな建物自体ほとんど無かったし、こんな形の物は見たことが無い……」

 健二が呆けたように建物に見入っている間に、車は吸い込まれるようにして広大な地下駐車場へのスロープを降りていった。
 建物内には膨大な数のエレベーターがあり、各階に停まるものとそうでないものがある、とレイが教えてくれた。エレベーターごとにそれぞれ停まる階と停まらない階が決まっているため、自分の行きたい階によって乗るエレベーターが異なり、場合によっては途中で乗り換えなくてはならないこともあるらしい。
 健二とレイは目的の店――ラ・スパツィオがある三十二階で降りた。フロアにいる人の数は特別多いというわけではないが、それでも決して閑散としているわけではない。レイは「夕方頃まではもっと賑わってるんだぜ」と言っていたが、この時間はすでに閉まっている店も多かった。まだ開いているのは、年中無休らしい食料品を取り扱う店やドラッグストアなどが中心だ。
 深夜まで営業している飲食店や二十四時間営業のスーパーを横目に通路を歩いていくと、いよいよその扉が見えてきた。ガラス窓のついた洒落た赤色の扉には金の取っ手がついている。自動ドアではなく、馴染み深い両開きの扉だ。扉の横の壁には、上品な書体で『La Spazio』と書かれている。
 入り口付近には見張り役のSGA職員が目立たないように待機しているはずだが、健二には誰がそうなのかわからなかった。彼らは怪しまれないための私服姿で、上手く周囲に溶け込んでいた。
 レイが一つ目の扉を引き開け、健二は二つの扉の間にある受付で、偽の個人認証カードを使って入店のための手続きを済ませた。レイの話によれば、それを行わないと奥の扉の鍵が開かないということだ。建物自体には居住区以外なら誰でも入れるが、店――特にこういった酒が飲めるような店は、身分の証明されている者しか絶対に入れないようになっている。それが、レイがここを選んだことに、クレイグも賛同した理由だった。
 ドキドキしながら手続きが終わるのを待っていた健二を、受付の男は笑顔で店へと送り出した。しかし、二つ目の扉を抜けた先に広がっていたのは、健二にとって思いもよらない世界だったというわけだ。レイと劉の言葉から勝手に想像していたものとはまったく違う。どうやら、健二が彼らの好みやテンションについていくことはなかなか難しいようだ。人の趣味を否定しようという気はまったくないが、二人との感覚のずれにはさすがに苦笑せざるを得なかった。
 衝撃から立ち直ると、健二はレイに続いて店の奥へと進んでいった。仕組みはわからないが、天井や壁には宇宙の映像か何かが映し出されているようだ。木星や土星の縮小版は手を伸ばせば触れられそうな、そこに実在しているかのようなリアルさで、周りには本物の宇宙が広がっているかのようだった。
 ダンスをする人々の間を縫って歩いていくと、どこからか光を受けてわずかにきらめく丸いものが、いくつも空中を漂ってきた。シャボン玉だ。シャボン玉は左方向からゆっくり、ふわふわと流れてくる。出所を探ろうと、首を傾けて側にいる人間の肩越しにそちらに視線をやると、そこには白人の男が一人、踊りもせずに立っている。
 シャボン玉はその男の口から放たれていた。小さく開いた唇の間からたくさんの泡が連続して出てきたかと思うと、一呼吸置いて、また同じくらいの量がふうっと吐き出される。いったい、どうやっているのだろう? 健二は興味を引かれ、男に目が釘づけになった。瞼の伏せられた横顔はとても端正に見える。吸い寄せられるように近くに寄っていくと、顔を上げた男と目が合った。やはり、その顔は人形のようにいっそ不自然と言えるほど整っており、頭上のライトに照らされたガラス玉のような瞳は薄い金色をしていた。
 健二はドキリとした。その生気の無い冷たい目に、阿久津賢士に洗脳されている敵の青年――フランツを思い出したのだ。思わず数歩後退ってしまい、肩が何かにぶつかる。今度はそちらに驚いて振り向くと、そこにいたのはレイだった。

「パフォーマー・アンドロイドだよ」レイが言った。
「あ、アンドロイド!? この人が?」

 驚愕のあまり上擦った声をあげてしまうが、幸い、室内を満たしている爆音ともいえる音楽のおかげで大声も目立たない。こちらを気にしている人間は一人もいなかった。

「ああ。いろんな芸をしてくれんだ。まあ、ショーはいつももっと遅い時間になってからだから、今夜は見られねえと思うけどな」
「そうだったのか。人間だとばかり思ってたからびっくりしたよ」
「だろ? ぱっと見じゃあ、一瞬ほんとの人間かどうかわかんねえようなアンドロイドも多いんだぜ」
「すごいな」

 健二はもう一度アンドロイドに目をやった。彼――という表現でいいだろう――は、今も小さな泡の玉を噴き出し続けている。ロボットだとわかった上でまじまじと見ても、外見や動作は生きている人間とほとんど見分けがつかない。もっと見ていたかったが、レイは「行くぜ」と健二に声をかけると、また歩きだした。後ろ髪を引かれる思いで何度もアンドロイドを振り返りながら、健二もその場を後にした。

「なんか飲むか」

 小さなバーカウンターの前まで来ると、レイが言った。その周囲は比較的人が少なく、空間に余裕がある。

「さすがに、俺は仕事中だから酒は飲めねえけど、健二は気にせず好きなもん頼んでいいぜ」
「いや、俺は普段から酒はあまり飲まないんだ」

 健二がそう言うと、レイはちょっと大げさではないかと思うほど目を丸くした。

「そうなのか?」
「ああ。だから、今日は俺も止めとくよ。ノンアルコールのドリンクがあればそれを頼もうかな」
「マジか。てっきり普通に飲めるもんだとばっかり思ってたぜ」

 レイはしまった、という気持ちを表現するように顔をしかめ、額に手をあてた。

「別に、まったく飲めないってわけじゃないんだけどな。っていうか、そういうことは行き先を決める前に確認するものじゃないのか?」

 健二が苦笑しながら言うと、レイは「確かにそうだよな」と素直に認めながら、カウンターに向きなおる。

「ソフトドリンクのメニューある?」

 彼がカウンターの向こうにいる女にたずねると、彼女はカウンター席の上に“浮かんでいる”メニューの一つを手で示した。紫の髪をした女は愛想のいい笑みを顔に貼りつけてはいたが、その動作はどこか機械じみていてぎこちなかった。
 カウンターの上にはホログラムのメニューがいくつも並んでいる。レイはライムとジンジャーエールを使用したノンアルコールカクテルを、健二はオレンジがメインの物をそれぞれメニューから注文し、二人は壁際の小さなテーブルについてドリンクを味わった。健二が頼んだカクテルはジュースのような味だったが、甘すぎず、柑橘系の爽やかな口当たりが心地良い。自覚は無かったが喉が渇いていたようで、一気に三分の一ほどを飲み干してしまった。
 椅子に体を預け、踊る人々と光の洪水をぼんやりと見つめる。一息つくと、健二はバーテンダーをしていた女のことを思い返した。

「さっきのカウンターにいたのも」

 健二が言うと、レイはうなずいた。

「ああ、アンドロイドだぜ」
「やっぱりそうか。こんな店の店員までできるんだな」
「注文してからカウンターを離れてても、ちゃんと店の中を探して届けてくれるんだ。コンピューターで客の顔を識別してるから、うっかり間違えるなんてことは絶対ねえしな。しかも、料理や酒を届けたら一度保存した客のデータは完全に消去、誰かに客の情報を話すなんてこともねえ」
「完璧な店員だ」

 健二は関心して言った。様々なロボットが人間の間に混じり、日常的に活躍している姿を見ると心が躍る。
 そのあと、健二もレイとともに店の隅で軽く踊ってみた。クラブなど十年近く前に来たきりで、その上、普段ダンスをする機会も無いので、最初は気恥ずかしさも相まってなかなか上手く踊れなかった。だが、見よう見まねでリズムに乗っているうちに自然と体が動くようになり、そのうち自分を取り囲む非現実的な空間と音楽の波に身を任せるかのように、無心で踊っていた。しばらくすると、シャツの下には汗がにじんできた。

「でも、まさかこんな店に来ることになるとは思いもしなかったよ。スーツなんかで来ちゃったし」

 音楽が切り替わったところで、健二はレイに言った。

「動きにくかったよな、わりぃ。こういうとこは健二がいた時代にもあったんだよな?」
「ああ。でも、バーじゃなくてクラブって呼び方だったけどな」
「いや、バーっていうのは俺の言い方が悪かったかもしれねえ。この時代でもそうだよ。もともとはバーだけの店だったから、その印象が強くて、ついな」

 話しながら、どちらからともなく先ほどのテーブルと椅子が置かれていた辺りに戻った。

「健二はクラブにはあんまり来たことねえのか?」
「そうだな、二十代前半の頃に友達に誘われて何度か行ったくらいだな。だから、なんて言うか……今日はびっくりしたというか、ちょっと戸惑ったよ」

 正直に言うと、レイは笑った。

「でも、こうやって体動かしてると、悩みごとも何もかも吹き飛んじまうだろ?」 
「確かに、ストレス解消にはなるな。楽しいよ」

 気がつくと、気分はここに来る前よりずいぶんとすっきりしていた。

「ちょっと休憩するか?」
「ああ。また少し喉も渇いてきたしな」

 レイがたずねてきたので、健二はうなずいて近くにあった椅子に腰かけた。しかし、なぜかレイは椅子には座らずに、「じゃあ、こっちだ」と右方向を指差して歩きだす。訳がわからないまま、健二も立ち上がると後について行った。
 向かって左の壁に突き当たると、そこには小さめの茶色いドアが一つあった。店の入り口と同じようにガラス窓と金の取っ手がついている。レイがドアを開けた瞬間、健二はここに来て二度目の衝撃に見舞われた。
 ドアで繋がっていた部屋は、ブラウンを貴重にした上品な内装のバーだった。間接照明の光が、幾重にも重なる複雑な影を作り出している。健二は驚きに目を見張りながら、ダークブラウンの絨毯が敷かれた室内に入った。

「ほんとにバーだったのか……」
「そう、最初は向こうも同じようなバーだったんだけど、いつからかクラブに変わったんだ」

 レイが、親指でクラブの方を指しながら言う。
 防音がしっかりされているようで、扉を閉めると背後の部屋の騒々しい電子音はほとんど聞こえなくなった。こちらは隣の部屋とは対照的に、落ち着いたジャズが流れている。それほど広くはない。暗いので一人一人の顔ははっきりとは見えないが、店内にいる客は十人に満たなかった。小さなテーブル席が五席ほどで、左手にバーカウンターがある。客に酒や料理を届けているのはアンドロイドではなく床を滑るように移動するロボットで、どれもアンティークのようなデザインだった。
 レイが得意げに言った。

「クラブかバーか、自分の好きな方を選べるし、一度にどっちも堪能することだってできる。踊ってて疲れてきたなと思ったら、すぐに静かなバーに移って休めるってわけだ。便利だろ?」

 二人がどの席に座ろうかとテーブル席の方を見回していると、スーツ姿の男二人がこちらに歩いてきた。二人とも三十代くらいだろうか。隣のクラブとは違って周りが静かなので、彼らの会話が健二にも聞こえてくる。

「あいつ、本当にヤバイな」
「ああ。もう何を言っても無駄だ。関わらないようにするしかない」
「その、今度の集まり……議院の竹下も来るって言ってたんだろ?」

 男の一人は人に聞かれたくない話をするように声を低くしたが、かろうじて内容は聞き取れた。それにつられてか、もう一人の声のトーンも少し抑えたものになる。

「ああ……まあ、あいつの言うことだから真実かどうかはわからないけどな」
「そりゃそうだ。しっかし、秘密の集会とはなあ。やることが完全に悪役みたいになってるじゃないか。何かやらかすつもりなのかな。なんにしろ、面倒なことにならなければいいけど」

 二人の男は健二とレイの横を通り、クラブに続く扉を開けた。その途端、賑やかなエレクトロミュージックがジャズと混ざり合うようになだれ込んでくる。

「そうやって脅威を滅ぼそうとして、今度は自分たちが知らずに社会にとっての脅威になっていくんだな。本人はそのことに気づいてないんだよ。いろんな反対運動とかデモとかやってる、中でも過激派の団体はな。アンチ・テクニシズムだって同じだ」

 入り混じる音とともに二人組の片方が最後に言うのが聞こえ、やがて静かになった。

「ちょっと待っててくれ」

 突然、レイが硬い声で言った。小さな声だったが、その硬さのせいで鼓膜に突き刺さるような鋭さを持って健二の耳に届いた。

「え?」

 驚いてレイを見ると、その視線は扉のガラス越しに、たった今すれ違った二人組の背中に留められている。ついさっきまでにこやかに緩んでいた表情は一気に深刻さを帯び、眉間にはしわが寄っていた。彼は険しい目つきのままカウンターを指差すと、早口で言った。

「あそこのカウンターの中にじいさんがいるだろ? こっちのマスターは人間なんだ。俺もここに来た時はいつも話をしてて、親しくしてもらってる人だからあの人は安全だ。他の人間の側にいたら、変な奴が近づいてくることもねえだろう。すぐに戻るから、先にカウンターの席に座って待っててくれ」
「え、でも……」

 健二はうろたえた。外出についての説明や注意を受けた際に、レイ自身から「外では絶対に俺の側を離れるな」と言われていたのだ。

「俺の友達の振りをして、話しかけられたら適当にごまかしながら答えればいいから。何かあったら教えた通り、ボスに連絡しろ」

 そう言い残すと、レイは扉の向こうに消えた。健二は数秒間、ぽかん、と口を開けたままその場を動けなかった。咄嗟に後を追いかけようかとも思ったが、“レイの側を離れるな”と同時に、クレイグには“レイの指示には絶対に従え”とも言われていたことを思い出す。不自然な行動を取って注目を浴びても困るので、ここはレイの言う通りにすることにした。
 カウンターに近づくと、レイの言っていたマスター――日本人と思しき六十がらみの男――が「いらっしゃいませ」と声をかけてくる。健二も軽く頭を下げて、カウンターの真ん中辺りの席についた。カウンターには両端に数人が座っているだけで、健二の隣はどちらも空席だ。2148年で初めて訪れた場所で、しかも自分の正体を隠している状況で一人きり、ということにひどく緊張し、落ち着かなかった。手のひらに汗がにじんでくる。
 隣のクラブのバーと同じようなホログラムのメニューが、健二の目の前に現れた。注文を聞かれるが、「もうちょっと考えて、決まったら言います」と伝える。マスターは微笑み、他の客と話しに行った。少し緊張が解ける。
 それにしても、レイはなぜ急に健二の側を離れて行ってしまったのだろう? それも、健二に何の説明も無いまま。彼の様子からすると、どうやら、先ほどのスーツ姿の男二人を追おうとしていたようだ。彼らの会話か、もしくは別の何かによっぽど気になることがあったのだろうか。健二が心許ない思いで考えを巡らせていると、隣に人が近づく気配がした。



>> To be continued.



読んでくださってありがとうございます!
雑記の方で今月中に更新すると言ったのに、2月は28日までだということをうっかり忘れていて危なかった(笑)

四話のこのバー(クラブ)のところはかなり前から考えていたシーンだったので、ようやく本編の中で描けて嬉しいです。
こういう、ちょっと楽しそうな場面って久々な感じがしますね!

いつも拍手を下さる方々、本当にありがとうございます!!とても励みになっています!

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読者数の参考にさせていただきます(もちろん強制ではありません)

未来への追憶 第四話 - 01

 季節は六月に入り、いよいよ気の重くなるような雨の日ばかりが続くようになってきた。本格的に梅雨の時期がやって来たのだろう。湿度の調節された室内は快適だが、ねずみ色の重い雲が空に居座っているせいで昼間も薄暗く、窓から差し込んでくる光の量も少ない。
 そのうっとうしい天候のせいもあるのだろうか。阿久津健二はこのところ、どうにも振り払うことのできない倦怠感を感じるようになっていた。思わずため息がもれることが多く、食欲もあまり無い。そしてふとしたときに、今ごろになって2015年のことばかりを思い出している自分に気づくのだ。

「あれ、どうした?」

 拠点のダイニングでの夕食の席。この日も相変わらずの雨だった。大きなテーブルの上には、席についた一人一人の前に、皿に乗った煮込みハンバーグが並んでいる。肉汁の染み出るハンバーグにはソースがたっぷりとかけられ、香ばしい匂いを届けてくる。それに半分も手をつけないままフォークを置いた健二を見て、斜め向かいに座っていたレイモンド・ストレイス――レイが不思議そうに声をかけた。

「もう食わねえの?」
「ああ……ごめん」
「別に謝ることねえよ」
「なんか、あんまり腹が空いてないみたいで。なんでだろうな」

 健二は適当にごまかして軽く笑ってみせたが、あまり上手くいかなかった。それが、かえって疲れた印象を強調させてしまったかもしれない。隣の席の藤原ゆかりが心配そうに顔を覗き込んできた。

「大丈夫? 体の調子が良くないの? どこかが痛いとか」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」

 それは本当だった。腹が痛むとか、吐き気がするとか、特にこれといった不調があるわけではない。ただ、漠然としただるさがつきまとっていて、どういうわけか食事がのどを通らないのだ。自分でもその理由はよくわかっていなかった。
 健二の向かい、レイの隣には空いた皿が置きっぱなしになっている。先ほどまで、そこにはアマンダ・オルコットが座っていた。彼女は明日にひかえたSGAの入職試験に向けての最後の備えをするため、一足先に自室へと戻ったのだ。夕食をとっている間、アマンダはおそらく試験について熱心にしゃべり続けていたようだが、健二の頭はもやでもかかっているかのようにぼんやりとしていて、話の内容がほとんど入ってこなかった。それどころか、アマンダがいつ席を立ったのかすらはっきりと覚えていない。周りの話し声は音として聞こえてはいるのだが、まるで言葉の一つ一つが、すべて耳を素通りしていくかのようだ。

「なぜか食欲がわかなくて。あとは頭がぼーっとしてるくらいなので、大したことはないです」
「風邪か? 熱とかあるのかもしれねえぞ」
「いや、そんな感じじゃないよ。それに、今日突然なったってわけではないんだ」

 レイは食事の手を休めて腕を組むと、しげしげと健二を眺めた。ゆかりも、自分のハンバーグを一口大に切ろうと動かしていたナイフとフォークを置く。いつもあれこれと健二を心配し、世話を焼くのはこの二人だった。

「そう言えば、なんか最近元気ねえような気がしてたんだよな。そんなことねえか?」
「たしかに、少し疲れが溜まってるようには感じてるよ」

 そこまで感づかれていたのなら仕方がないと、健二はごまかすのをあきらめて認めた。

「少し前に、健二くんが考えた作戦について話してくれたけれど、その作戦のことがプレッシャーになっているということは無い?」
「わかりません……もちろん、不安はあります。けど、それが体に現れるほどのストレスになってるとか、そういう意識は無いんです」

 はっきりとしない健二に、二人は首をひねった。
 ゆかりが言った“作戦”とは、健二が思いついた、阿久津賢士に対抗するためのアイデアのことだ。前回、阿久津賢士が関与した事件が起こったあとで突然ひらめいたそれを、健二は半ば勢いに任せるような形でSGAの面々に話したのだ。レイたちの上司であるマーカス・クレイグはしばらく考えを巡らせた末に、健二の案を実行に移す方向で考えてみようと言った。だが、具体的にどうするのかといった詳細を話し合ったわけではないし、そんなことが本当に可能なのかさえわからない。心配なことは多々あるが、今はむしろ、自分が実際に危険な作戦に参加するということに対する、明瞭な自覚が持てないでいた。

「気になるよな。まあ、病気なら医者に診てもらえばわかるだろうけどよ……」

 レイは自分のグラスに手を伸ばすと、中に入ったビールを一口飲んだ。

「でも、よく考えると当然のことかもしれないわ」

 しばしの沈黙のあと、ゆかりが静かに言った。レイと健二は同時に彼女に目を向ける。

「だって健二くんは、突然133年も未来にタイムスリップしてしまうだなんて、普通はフィクションじゃないと考えられないような経験をしたんだもの。何が起こったのか理解できなかったでしょうし、簡単に受け入れられるものでもないと思うわ。周りは見たこともない場所で、知らない人だらけ……それに、ちゃんと過去に帰れるのか、これからどうなるのか、という心配もあるのよ。ストレスで調子を崩しても不思議じゃないわ」

 ゆかりは、口に出しながら自分でも考えを整理かのするように、ゆっくりと話した。
 まさに、心の片隅でもやもやと感じてはいたが、意識には浮上していなかった声を代弁されたかのようで、彼女の言葉は健二の中にすとん、と落ちてきた。途端に、今の自分を悩ませている憂鬱と、心身の重さの原因が明確になった気がする。

「むしろ、今までの方が落ち着きすぎていたくらいじゃないかしら」
「なるほどな。たしかにそうだよな」

 レイも腑に落ちた様子で同意した。わずかに目を見開いた彼の表情は、どうしてすぐそのことに思い至らなかったのだろう、とでも言いたげだ。

「実は……一週間くらい前からなんだけど、2015年の生活のことをよく思い出すんだ」

 健二はぽつりぽつりと話し始めた。

「仕事のこととか、同僚とか、友達とか……忙しくてなかなか電話もできなかったから、たまに実家に帰ったときに会うくらいだった両親のことまで。わざと思い出そうとしてるつもりはないんだけど、いつの間にかそんなことばっかり考えてしまってて……」

 彼らは、どうしているのだろう。健二が事故に遭ったことを知ったなら、どう思っただろう? 2015年を生きていた人たちとは、もう二度と会えないのだろうか。
 気がつくと、何気ない日常のひとコマや楽しかった思い出が、記録された映像のように何度も何度も脳裏で再生されている。それまでは一度も思い出さなかったようなことさえ、次から次へととめどなくあふれ出してきた。そして、それらの記憶はすべて、色鮮やかに輝いて見える。辛いことも多かった職場での出来事さえ、幸せな日々だったと感じられるほどだった。

「でも、こっちに来たばかりのときは食事も普通に食べられたし、今ほど2015年のことばっかり思い出して、元の生活が恋しくてたまらなくなるなんてことも無かったんだけどな」
「もしかしたら、今までは一種の興奮状態のようになっていたのかもしれないわ」

 健二が疑問をもらすと、ゆかりが少し遠慮がちな声色ながらも答えた。

「気が張り詰めていたせいで、ストレスを受けていることをあまり感じなかった、ということもあるんじゃないかしら」
「それはありそうです。わからないことや驚くことだらけだったので。まあ、今もそうなんですけど……大きな刺激が多くて、そっちに気をとられていたのかもしれないです」

 最初はとにかく目の前の状況や出来事になんとかついていくことに必死で、それで精一杯だった。

「それが、ここでの生活にも少し慣れて落ち着いてきたことによって、かえって、今まで抑え込まれていた気持ちとか、疲れのようなものが出たのかもしれないわ」

 それを聞いて、レイが「ああ」と声を上げた。

「就職とか引越しとかも環境が変わってすぐじゃなくて、慣れたころにどっと疲れが出てしんどくなるって言うよな。それと一緒だな」
「まあ、ある意味似てるけど……それとは次元が違わないか?」

 健二は苦笑した。そんな、誰もが一度は経験するであろう人生のイベントとタイムスリップを同列に語ることはできないが、それでもレイやゆかりの言うことは正しかった。そう言われてみれば、この感覚には覚えがある。健二も入学や就職、引越し、そしてそれに伴う別れなど、環境が大きく変わる出来事は何度か経験してきたが、その中で今と同じような状態に陥ったこともあった。それほどひどいものではなく、時間が経つと自然と回復していたのですっかり忘れていた。今回、健二が遭遇した事態から受けるストレスは、日常の中の変化からくるものとは比べ物にならないほどのショックに違いないが、似たような状態だと思えばしっくりくる。

「外にも出られねえんだもんな。気分も変わらねえよな」

 レイが天井を見上げ、自分の境遇への愚痴をこぼすかのように言った。

「そうだな……でも、俺が外を出歩くわけにはいかないし。仕方ないよ」

 このSGAの拠点で過ごすようになって三週間以上が過ぎ、健二自身もそろそろ苦痛を感じ始めていた。もともと、健二は趣味のロボット工作に打ち込んでいる時間以外は家でじっとしているのが好きな性格ではない。そうでなくとも、さすがに一ヶ月近くの間、家代わりである建物の敷地から出たのがたったの一度しか無いとなれば、息が詰まりそうな心地がするのは自然なことだろう。

「待てよ。絶対に出られねえってこともねえのか?」

 ふと、レイが眉を寄せて考え込むような表情になり、独り言を言うように呟いた。

「場所とやり方を考えりゃあ、少しだけなら街に出られるかもしれねえぞ」
「そんなことができるのか?」

 健二は驚いてたずねた。
 初めは敵のスパイではないかとSGAに疑われて監禁されていた健二も、今は被害者側の一人だと認められ、信用されている。しかし、肝心のタイムスリップが敵である阿久津賢士の仕業なのかどうかはわかっていないので、不用意な行動は避けるべきだ。それに、まさか街ですれ違う人々に健二が過去の人物だと見抜かれることなどほぼあり得ないだろうが、それでもあまり人に姿を見られないに越したことはないはずだった。

「わかんねえけど、方法はあると思うぜ」

 レイが言い、ゆかりもうなずいた。

「外の空気を吸えたら、ちょっとは気分転換になりそうだろ?」
「ああ」

 それは心からの返事だった。以前、一度だけ目にした2148年の街並みは、健二の好奇心をくすぐるには充分すぎるものだった。未来の街を普通に見たり散策したりすることなど不可能だとあきらめていたが、もしそれが叶うのならとてもありがたい。暇つぶしにとSGAから渡されているタブレット端末で資料を見るのと、実際に目で見るのとでは全然違う。
 レイはゆかりに目を向けた。

「健二の作戦を実行に移す前の方がいいよな?」
「そうね。あとになると、ますます外に出にくくなってしまうと思うから」

 レイは健二に向けて右手の親指を立てると、笑ってみせた。

「とにかく、明日ボスに聞いてみるよ」
「ありがとう、レイ」

 彼の笑顔を見て、健二もようやく微笑んだ。本当に拠点の外に出て、再び2148年の街の景色を拝むことができれば、この気持ちも少しは晴れるかもしれない。


 クレイグにSGAの本部に呼ばれたのは、それから三日後のことだった。以前に訪れたときと同じように、レイに連れられて拠点の地下から専用のトンネルを通り、本部へと向かう。健二も今回からは、偽の情報を登録した個人認証カード――前にSGAが用意したものだ――を受付で提示して中へ入る。受付の職員が機械にカードを読み取らせる瞬間、登録されている“安達健一”という名前や生年月日が嘘であることがばれるのではないかとひやひやしたが、心配していたようなことは起こらなかった。
 何の問題も無くセキュリティゲートを抜けたところで、健二はほっと胸をなでおろした。

「ここはSGAの中なんだから、万が一何かあってもどうとでもなるし、そんなに緊張しなくても大丈夫だぜ」

 レイが歩きながら、がちがちになっていた健二に向かって少し抑えた声で言った。「堂々としてねえと、逆に怪しまれるかもしれねえぞ」とからかうようにつけ足して、隣を歩く健二を軽く小突く。それもそうだと思いながら、健二は苦笑した。

「次からはもうちょっと自然にしてられると思うよ」

 この日もSGA本部の建物内は、様々な服装をした大勢の人々とロボットが行き来していた。エレベーターで犯罪捜査部のオフィスがある七階まで上がると、複雑に入り組んだ長い廊下を進んでいく。前回来たときとは別の場所だったが、指定された小さな会議室の一つに向かった。その部屋は特別犯罪捜査課のオフィスの近くにあるようで、途中でその前を通りかかった。レイに聞いたところ、約束の時間にはまだ少し早いようだ。
 会議室のある廊下に差しかかったとき、前方に調査部の制服を着た人物がいた。真っ黒のスーツに黒のネクタイといった格好は意外と目立つので、健二にも調査部の人間はすぐに見分けられるようになった。そこにいたのは、阿久津賢士の事件を担当するチームの一員である、劉俊毅だった。仕事中であるはずの彼はどういうわけか、特に目的もなくぶらぶらしているような足取りで廊下を行ったり来たりしている。

「劉さん? どうしたんすか?」

 すぐに気がついたレイが声をかけると、彼はこちらに顔を向けた。

「こんなとこで何やってんすか?」

 レイが畳み掛けたが、その質問に答える前に、劉は視線をレイから健二に移して意外そうな声を上げる。

「あれ? 健二も一緒なのか」
「こんにちは」

 健二は軽い会釈とともに挨拶すると、レイの後に続いて劉に近づいた。

「本部には今戻ったのか?」
「はい。ボスから健二に話があるんで、拠点に迎えに行って、連れてきたところです」

 レイが劉に説明する横で、健二もこくりとうなずいた。

「そうだったのか。さっき君の課を覗きに行ったら部屋にいなかったから、今日は外に出てるのかと思ったよ」
「俺を探してたんすか? 何か用事っすか?」
「いや、用事は無いんだけどな」
「じゃあ、なんで俺らの事務所に行ったんすか」

 レイが、わざとオーバーに呆れをにじませたような口調で言って笑った。しかし、劉の方は珍しく、いつも快活な表情を浮かべている顔をわずかにではあるが曇らせた。

「今、あんまり調査部のオフィスにいたくなくてさ」
「何かあったんすか?」

 彼の予想外の反応に、レイも笑みを消して真剣な表情になる。

「うーん……たいしたことじゃないんだけど、さっき情報部のやつが来て、ちょっともめてるんだ」
「情報部が? 情報部と調査部がもめるって珍しいっすね」
「まあな」

 健二は二人の話に耳を傾けつつ、記憶を探った。情報部は犯罪捜査部や調査部と同じくSGAの部署の一つで、たしかインターネット上の情報を削除したり改変したりして、情報の操作を行っている部署だ。

「少し前から情報部のコンピューターの一部に侵入しようとしてるやつがいるらしくて、調査部の方に調べろって言ってきてるんだよ。でも、こっちも手いっぱいだろ? 何人かが、それは情報部の仕事だって怒りだして喧嘩になって、そのせいでみんながピリピリした雰囲気になってるんだ」

 SGAの仕事に関することなので健二は口をはさまないようにしていたが、そんな空気の中では仕事をしづらいだろうなと思った。健二自身も勤めていた会社で、同僚がすぐ近くで上司に叱責されていたときなど、緊張感に耐えられずに思わず部屋を出て行きたくなったことがあるので、彼の気持ちはわかる。

「そりゃあキツイっすね。……でも、情報部のコンピューターをハッキングしようとしてるやつっすか。何なんっすかね?」
「それ自体はそんなに珍しいことじゃないみたいだけどな。調査部が管理してるデータベースにも何度かやられてるけど、全部防いでるし。ただ、ここのところひどいらしい」

 SGAは国の重要な機関だ。DNAのデータまでをも含んだ国民の個人情報や、様々な建物の構造などに関する詳細な資料など、重要な情報を数多く保管している。やはり、ハッキングを行ってそれらの情報を盗もうなどといった悪巧みを試みる不届き者も多いのだろうか。健二がそんなことを考えていたとき、T時に交差した廊下の先から声が聞こえてきた。

「あ、レイー! 劉さーん!」

 そちらに目をやると、アマンダが大きく手を振りながらこちらへ走ってくるのが見えた。彼女の動きに合わせて二本の三つ編みが揺れている。いくら未来だとはいえ、大勢の人間が仕事をしている建物の中で大声を上げながら走るという行為は、この時代でも褒められたものではないだろう。だが、彼女はそんなことには気がつかないほど興奮している様子だ。
 アマンダは健二たちの前までやってくると、ぱっと顔を上げて彼らを見上げた。彼女の大きな青い瞳は高揚にきらめき、顔は真夏のひまわりの花のように明るく輝いている。その輝きによって、頭上のライトに照らされた廊下が、彼女の周囲だけ明るさを増したように感じられた。

「SGAの入職試験、合格したよ!」

 一呼吸置いたあと、アマンダは胸の前で両手の拳をぎゅっと握り、頬を紅潮させて言った。それを聞いた途端、レイの顔にも笑みが広がる。

「マジか!? やるじゃねえか! おめでとう!」
「ありがとう、レイ!」

 劉がアマンダに手のひらを向けて、右手を掲げた。

「やったな!」
「うん!」

 アマンダは自分の右手を劉の手に打ち合わせ、二人はハイタッチをした。相変わらず仲が良さそうな二人を見て、健二の頬がゆるむ。

「おめでとう、アマンダ」

 健二も彼女を祝った。そんなささやかな言葉をかけることくらいしかできないが、試験のことについては健二も聞いていたので、アマンダを賞賛する気持ちは本物だった。

「うん、ありがとう!」

 アマンダはうれしくてたまらないようで、文字通り飛び跳ねて喜びを表現している。

「そういや、今日は午前中から試験の結果が出るっつってたな」
「そうだよ! さっき結果を聞いてきたとこなんだ。結果がわかったら真っ先にみんなに知らせたかったから、今探しに行こうと思ってたとこだったの!」

 しかし、はしゃいでいたアマンダはふと我に返ったようになって目をしばたたくと、健二に不思議そうな顔を向けた。

「あれ、そう言えば、なんで健二がここにいるの?」

 健二は口を開いたが、言葉を発するより先にレイが答えた。

「ボスに呼ばれたんだ。健二を外に連れ出そうって計画、この前話しただろ? そのことでさ」
「そうなんだ」

 アマンダは興味を引かれたようだったが、今は自分の成し遂げたすばらしい成果に夢中のようだ。

「じゃあ、これからまだ制服のサイズ測ったり、明日からのこととかいろいろ説明聞いたりしなきゃいけないから、行くね!」
「おう」

 レイが応じると、アマンダは健二たち三人に手を振って、くるりと踵を返した。最後に、もう一度健二を振り返る。

「健二! 試験のことはまたあとで教えてあげるね!」
「ああ。頼むよ」

 健二も小さく手を振った。今度は来たときほどの全速力ではなく小走りに、アマンダは廊下を戻っていく。

「なあ、外に連れ出す計画ってなんだよ」

 その後ろ姿がそれほど遠ざからないうちに、劉が健二に身を寄せ、興味津々といった様子でたずねてきた。クレイグとの約束の時間も迫ってきたのでとりあえず会議室の前まで移動することにし、並んで廊下を歩きながら、レイがこれまでのいきさつを簡単に劉に話した。近頃、健二の元気が無くなってきているということや、拠点に閉じこもっているというのもよくないかもしれないので、何とか外に連れ出してやれないかとクレイグに相談したということ。劉は相づちを打ちながら話に聞き入っていた。
 ちょうど会議室のドアの前に辿りついたところで、廊下の先の曲がり角からクレイグが姿を見せた。ロングコートをなびかせ、堂々と落ち着き払った足取りで歩いてくる。レイたちSGAのメンバーは、それぞれに挨拶を交わした。

「ストレイスから話を聞いた」

 健二の前で足を止めると、言葉少なに彼は言った。いつものようにひどく事務的な口調だが、健二を映すダークブラウンの瞳は「すべてわかっている」と語っているようで、その目を見上げていると不思議な安心感に包まれた。

「私の方から拠点へ出向くことができず、申し訳ない。電話で話すことでもないと思ったから、君に本部まで来てもらうことにした」
「いえ、こうやってSGAの本部まで出てくるだけでも少し気分が変わるので、よかったです」

 クレイグが静かにうなずいたのを見て、もしかすると彼は最初からそのつもりで健二を本部に呼んだのかもしれない、とも思った。
 レイが会議室の扉を開けようとしたが、クレイグは「いや、ここでいい」とそれを止めた。

「すぐに終わる」

 セクション・チーフである彼は、自分の担当するチームの仕事以外にもやるべきことが溢れているようで、部外者である健二の目から見ても忙しそうだった。今も、健二たちとの会話に割ける時間があまり無いのかもしれない。クレイグは健二に視線を戻した。

「君の外出の件について、私の上司にも報告して検討した結果、安全な場所に短時間出るだけなら大丈夫だろうということになった」
「いいんですか?」

 本部に呼ばれたときから薄々予想のついていた返答ではあったが、改めて告げられると、小さな喜びの温もりが胸に広がるのを感じた。

「ああ。それが改善に繋がるかどうかはわからないが、気持ちをリフレッシュする時間を持つことが今の君の状態にはいいだろうというレイの意見に、私も同感だ」
「一緒に阿久津賢士と対決してもらうときに、元気がねえと困るだろ?」

 レイが冗談めかして言った。「それに、来たくて来たんじゃねえっつっても、133年も過去から来たんだからよ。この時代の街がどんなものなのか、ちょっとは見てみたいだろうしさ」と続ける。

「今日の二十時に、ストレイスを拠点に戻らせる。それから、彼とともに車で外に出てもらう。外では、必ずストレイスの指示に従ってくれ」
「はい」

 許可をもらっているというよりも、命令を言い渡されているような気分だ。健二はやや緊張気味に答えた。

「場所はどこなんですか?」

 それまで黙っていた劉が、健二も早く聞きたくてたまらなかったことをたずねた。

「俺んちの下にある店っすよ。ほら、『ラ・スパツィオ』って店があるじゃないですか。あそこっす」
「あそこに行くのか! うわあ、いいなあ」
「それはどんな店なんだい?」

 当然ながら、店名だけでは何の店かさっぱりわからない健二は、さらにレイに聞いた。

「酒飲んだりできるとこだよ。まあ、バーみたいなとこだな」
「バー?」

 まったく想像だにしていなかった答えに、健二は思わず声に出して繰り返していた。その驚きを別の意味に取ったのか、レイが「バーは2015年にもあったよな?」などと聞いてくるので、健二は戸惑いつつも「もちろん」と返す。

「すまない。何かあった場合の対応が可能かどうかということも考慮すると、出られそうな場所や時間帯が限られていてな」クレイグが言った。「入店には必ず個人認証カードで身分を確認されるし、比較的人の出入りの少ない店だから安全だが、念のため、店の外にも捜査部の職員を二人ほど見張りにつける。詳しい説明は後ほどストレイスから聞いてくれ」

 彼の言うことは理解できるのだが、それにしても、よりによってバーとは。安全面を重視する際に選ぶ場所としてはあまり適していないような気がするが、この時代のバーは健二が知っているものとは違うのだろうか。外に出られるだけでもありがたく思うべきかもしれないが、困惑を隠せない。
 そんな健二を安心させるかのように、レイは明るい笑顔を作った。

「健二もきっと気に入ると思うぜ」
「あーあ。残業が無ければ僕も一緒に行きたかったよ」

 劉が、なおも心底うらやましそうに言う。

「彼はともかく」クレイグは言いながら、“彼”のところで健二を手で示す。「ストレイスは別に遊びに行くわけではない」

 その冷静な指摘に、劉は笑いながら「わかってますよ」と軽い調子で返した。
 今晩、連れて行かれるそのバーがいったいどんなところなのか健二には見当もつかなかったが、レイと劉の二人がそこまで言うのだ。きっと、すばらしい場所であることには違いないだろう。その点については、何も心配せずに期待していても良さそうだと、健二は思った。



>> To be continued.



読んでくださってありがとうございました!!
視点の変更は楽しい部分でもありますが、健二の視点に戻ってくると落ち着きますね(笑)

三話は「こんな敵がいて、こんな風に戦ってるんだ」、ということを描く回という感じでしたが、
四話からはまた少し違った流れになっていきます。
新しいキャラも登場しますので、楽しみにしていただけますとうれしいです!

いつも拍手等を下さる方々、本当にありがとうございます!
読者数の参考にさせていただきたいので、小説を読んでくださった方はもし良ければ、
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バレンタイン

valentine.jpg

みらついの女の子キャラでバレンタイン!

女の子はこの4人だけなのですが、少ないですよね。
メインキャラ14人もいるのにそのうちたったの4人だけ…(笑)

アマンダとゆかりは味方メンバーの男全員にチョコあげるだろうなあ、と思います。
もちろん、ゆかりからジャンへのチョコを除き、すべて義理ですww
アマンダは直接ジャンに渡すのは怖いので、ゆかりから渡してくれるように頼むかもw

上の二人は本編未登場ですが、右側の赤い髪のキャラは名前はすでに出てるので、
本編を読んでくださってる方は誰かわかるかもしれません。
一応、二人とも過去に描いたイラストはこのブログにも載せています。
五話にはメインキャラ全員出揃うと思います!


ちなみに、味方メンバーの男キャラで貰えるチョコの数が多い順は、
レイ→劉先輩→ボス→健二→ジャン だと思います!

…いや、別にジャンが特別モテないというわけではないと思うのですが、怖いので渡しにくいじゃないですかw

レイはハンサムであの気さくな性格なので、職場でもかなりモテてると思います。
劉先輩も渡しやすいし、性格的に結構モテそう。あと、友達多そうだから義理チョコも多そう(笑)
ボスも立場上義理チョコをたくさん貰えそうですが、その中に時々本命チョコが混ざってそう。

それで、一人では食べきれない人たちが拠点に貰ったチョコを持ってきて、みんなで食べてたら楽しいなとか考えてました。
食べるのは主にレイとアマンダの二人ですがw
アマンダは自分が食べるのを一番楽しみにしてるタイプだと思いますww

みんなで食べてる途中に、その場にいない人(ボスとか劉先輩)宛ての本命チョコが出てきたりして、
それをアマンダが見つけて「あ、手紙があるよ!」とか言ってレイと盛り上がったり。
ジャンはそんなみんなの様子を「うっせえなあ」と思って見ながら、隅で一人ゆかりからのチョコを食べてたりw
いろいろ妄想が広がります( *´艸`)

とは言っても、みらつい世界の2148年の(日本の)バレンタインは、
性別に関係無く、チョコかチョコに代わるものを自由に送り合うイベントになってる可能性が一番高いですけどね(笑)

健二は2015年では職場の後輩とかから貰ってたんじゃないかなと思います。


つい、長々と語ってしまいました(笑)

見てくださってありがとうございました!!
いつも拍手等くださる方々も、本当にありがとうございます。とても嬉しいですm( *_ _)m

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