未来への追憶 第四話 - 04

 文芸交流センター。外壁の一部がガラスのカーテンウォールになっているダークグレーの高層ビルは、シックな趣と、一見近寄りがたい威圧的な存在感を持っていた。
 アンチ・テクニシズムの集会が行われる六月十二日。健二とSGAのメンバーは、“パーティー”が始まる予定の十四時より少し前に、二台の車でビルの近くに到着した。健二はクレイグ、レイと同じ車に乗り、ゆかりとジャンは別の車で異なるルートを使い、ここまでやって来た。劉は先にビルの周辺で待機していたので、クレイグは途中で彼を車に乗せ、目的地に向かった。

「何も異常は無かったか?」

 後部座席に座った劉を振り返り、前の座席からクレイグがたずねた。

「事前に調査した通りで、今のところ特に変わったこともありません」

 すべての動きは、おとといの会議でクレイグが説明した作戦通りだった。
 しかし、文芸交流センターの建物に近づいてみると、状況は想定していたものとはいくらか異なっていた。建物の付近にいるはずだと思っていた警備員や警備用ロボットは、どちらも姿が見えなかったのだ。ガラス張りの大きな正面入り口の前には、休館を知らせる看板が出されている。
 車窓から周囲を観察していたレイが、不思議そうな声を上げた。

「警備員がいないっすね」
「あれ? おかしいな」

 劉もそう言うと、前に身を乗り出すようにしてフロントガラスから外に目を凝らした。
 先ほど、彼が通信を通して伝えてきたところによれば、正面入り口と裏口の前に警備員が一人ずつ、通用口には警備用ロボットが一体いたはずなのだ。劉はそれらを直接確認するために、一足早く目的のビルの近くまで赴いて最終的な調査を行っていた。
 街中にはSGAで管理している監視カメラが多数設置されているらしいが、すべての建物や通路を余すことなく映し出せるほどではない。当然、カメラに映らない場所も存在するが、この辺りもちょうどその死角に位置するようだった。
 レイは首をひねって少し考えた後、横に座るクレイグに顔を向けた。その間も、車はどんどんビルに迫っていく。

「集会が始まるから、中に引き上げたんすかね?」
「いや、それは不自然だ」クレイグがすぐさま否定した。「通常なら、集会中も外で警備にあたっているはずだろう。何らかの理由で、一時的に場を離れただけかもしれない」

 ビルの外に警備員がいたならば、自分たちが事件の捜査で訪れたことを告げ、建物内部にいる人間には知らせずに中に通すよう、命じるつもりだった。警備員がアンチ・テクニシズムの一員なのかどうかはわからない。だが、今日のパーティーがアンチ・テクニシズムのひそかな集まりであることは知っているだろう。それでも、SGAが身分を証明するIDを提示し、「捜査のために建物を調べる必要があるから通せ」と言えば、普通の人間なら黙って従うしかない。会議のときに、クレイグはそう言っていた。

「とにかく、警戒しながら当初の予定通り中に入る。中で警備員に遭遇した場合は、その際に事情を説明すればいい」

 車はビルの横の道路を通り、建物内の駐車場の入り口に向かった。警備員がいなかったときは、外で顔をさらすことなく、車に乗ったまま中へ入れる地下駐車場から潜入することになっていた。
 正面入り口の前は通行人が多いので、SGAの制服を着たクレイグたちが車から降り、休館のビルに入ろうとしている様を見られれば、それだけで人目を引いてしまうだろう。
 それに、ドアの前には防犯カメラもついている。もちろん駐車場にも建物内にもカメラはついているので、いずれにせよ遅かれ早かれ映ってしまうことは避けられないのだが、できるだけそのタイミングを遅らせたかった。SGAが来たことを知った警備員が真っ先にアンチ・テクニシズムに知らせ、自分たちを逮捕しに来たと勘違いした彼らに騒がれたりしては困るのだ。
 すべてが自分たちの想定した通り上手くいくかはわからないが、早い段階で警備員だけに接触し、捜査に協力してもらうことが理想だった。
 駐車場の入り口にも警備員の姿は無かったが、入り口はゲートが閉じられてふさがっている。しかし、クレイグはあらかじめ劉が入手していた職員の個人認証データと、網膜のデータがコピーされているという眼球の模型のような球体を使い、難なくゲートを通過した。
 車は、駐車場へと入る緩やかなスロープを下っていく。健二が背後を振り返ると、車体後部の窓ガラス越しに、ジャンとゆかりの車も後に続くのが見えた。
 がら空きの駐車場に二台の車を並べて駐車すると、健二たちは車から降りた。まばらに停まっている車は、ビルの警備員やアンチ・テクニシズムのメンバーの物だろう。
 建物への入り口に向かって歩いていくと、駐車場に面して窓の取りつけられた管理室が見えてきた。しかし、室内には人影が無いように見える。自動ドアを抜けてビル内に入ると、管理室の入り口側の窓から室内を覗いたレイが眉をひそめた。

「やっぱり、こっちにも誰もいないっすね」
「妙だな」

 クレイグが、独り言のようにぼそりと呟いた。珍しく、感情がほとんど表に出ない彼の眉根も、わずかに寄せられている気がする。
 駐車場の入り口も閉めてあったのだから、人を置くほどの警備は必要無いと思ったのだろうか? と、健二は考えた。駐車場にも、管理室の側のエレベーターの前にも防犯カメラがついているようなので、遠隔で状況を確認することもできるだろう。
 皆、何か腑に落ちないものを感じつつも、考えたところで実際の理由などわからないのでどうすることもできない。とにかく、様子をうかがいながら地上階に上がることとなった。健二も黙ってついていくしかない。
 階段を使うと遠回りになるため、一階まではエレベーターで上がった。エレベーターが上昇する間、健二は身を固くしていた。カメラが捉えた侵入者の存在に気がついた警備員が駆けつけ、すでにエレベーターの前で待ち構えているのではと思うと、胃が締めつけられて冷や汗が流れる。しかし、扉が開いた先には誰もいなかった。
 クレイグとレイが先頭に立ち、正面入り口から入ってすぐのロビーまで向かう。
 ロビーに着くと、頭上の大きなシャンデリアを初め、照明は点いていたものの、広いフロアにはやはり人の姿は見えなかった。エスカレーターも止まっている。健二は高い天井を見上げた。これだけ大きな建物のロビーに自分たちしかいないという状況は普通はなかなか経験するものではないし、妙な感じで落ち着かない。ガラスの正面入り口の方に目をやると、前の通りを行きかう人々が見えた。
 クレイグはロビーの中央で立ち止まり、他の面々もそれにならった。六人で輪を描くようにして向かい合う。

「それでは、作戦通り私とストレイスはエスカレーターを上り、パーティーの会場となっている五階のメインホールへと向かう」

 クレイグの低い声は、閑散とした空間の中で広がり、わずかに反響するように聞こえた。

「おそらく、我々が建物の中に入ったことは中央監視室の警備員には知られているはずだ。そのうち、何かしらの行動に出るだろう。藤原とベルティエはメインホールと監視室、そしてそれ以外の場所、どこで問題が起こった際にも対応しやすいよう、念のため少し時間を置いてからメインホールまで来るんだ」
「了解しました」

 返事をしたのはゆかりだけだったが、クレイグはそれには構わず、ついで劉に視線を移した。

「劉は健二を連れて十階の中央監視室に行き、その都度、施設内の状況を報告してくれ。何かあったらすぐに知らせろ」
「はい」

 劉が答えたが、クレイグは健二にも目を向けた。

「君もだ」
「わかりました」

 今日も健二の左の手首には、この間バーを訪れたときと同じ携帯通信機がついている。今回は、前日にレイからもっと詳細な使い方を教えてもらっていた。幸い、健二はもともと機械類に強いので、この機器の操作方法もすぐに頭に入った。

「くれぐれも気をつけてね」

 ビルの奥へ向かうため、踵を返してその場を離れようとした健二にゆかりが声をかけてきた。彼女の心配そうな顔は、健二を引き止めたくなるのを堪えているかのように歪んでいる。
 本当は「ゆかりさんも」と返事をしたかったのだが、ゆかりの隣で射すくめるような視線を健二に向けている彼女の婚約者の存在が気にかかり、健二は短く「はい」と応えるまでにとどめた。

「行くぞ。こっちだ」

 手首に装着した機器でホログラムの構内地図を表示し、劉が先に立って歩きだす。健二も慌てて後を追いかけた。一度肩越しに後ろを振り向くと、ホールに残った四人は健二たちを見守るように佇んでいた。
 開放感のある広々としたホールから、非常階段へと続く細い廊下に入る。こちらにも人の気配は無い。小さめの展示室や、何かの講座などを開くための教室らしき部屋が並んでいるようだ。二人は地図を見ながら廊下を進んだ。
 健二は不安げに左右を見回し、それから少し前を歩く劉に顔を向けた。

「ほんとに大丈夫なんですかね」

 集会というからには、相手は大人数なのだろう。もし、彼らにやましいところがあるのなら、SGAの登場に動転して荒っぽい行動に出ることもあり得る。その場合、こちらはたったこれだけの人数で太刀打ちできるのかと、健二は不安だった。

「アンチ・テクニシズムは犯罪者じゃない。少なくとも、通常の自分たちの活動をしてるだけならな。暴力団でもないし、普通は武器も持ってない。と言うか、持てない」

 劉は淡々と言ったが、健二は懸念を拭い去ることができなかった。

「でも、持ってるかもしれないんですよね? 秘密の集会なんて開いてるくらいだし、何か企んでるんでしょう?」
「それは噂だから、まだ本当かどうかわからないだろ?」

 スーツのジャケットの中に手を入れると、劉はその下につけていたらしいショルダーホルスターから銃を抜き取った。

「それ」

 健二は劉の手の中の銃に目をやる。少し前、拠点でレイやアマンダたちと交わした会話が頭をよぎり、いささか逡巡したが結局口に出した。

「弾は入ってるんですか?」
「当然だろ。何言ってるんだ?」
「いえ……」

 健二の問いについてそれ以上追求することなく、劉は右手に持った銃をちらりと見下ろした。

「十中八九、これを使うことにはならないだろうけどな」
「それは麻酔銃じゃないんですね」
「ああ。麻酔銃はSGAしか使えないんだけど、それもいつでも使えるってわけじゃないんだ」
「そうなんですね」

 2148年もSGAの世界も健二には知らないことだらけで、新しいことを一つ知るたびに感嘆にも似た気持ちを覚える。

「今回は仕事中にお邪魔して場所を空けてもらって、防犯カメラの映像とか建物のデータをちょっと見せてもらうだけだから、まあ、脅すために持ってるようなもんだな」

 劉は冗談のように言ってにやりと笑ったが、さすがに健二の方には、「俺を脅したときみたいにですか」などという軽口を叩く余裕は無かった。
 間もなく右手に曲がり角が現れ、その先には目指していた階段があった。

「十階まで上がるぞ」
「はい」

 殺風景な非常階段を、やや急ぎ足で上っていく。二階の踊り場に差し掛かったとき、劉が上階に続く階段を見上げたまま言った。

「危険なのはこっちじゃない。僕たちがここに来たのは阿久津賢士に洗脳された奴らが来るかもしれないからで、アンチ・テクニシズムをどうにかするためじゃないからな。阿久津賢士の仲間が来るとしたら中央監視室なんかじゃなくて、ボスたちが向かったメインホールの方だ」

 そう言われて、健二は改めて自分の役割を思い出した。そうだ、健二が今ここにいる理由も、間接的にでも阿久津賢士に接触できるチャンスが訪れるかもしれないからだ。
 階段に一段一段足をかけながら、自らが考えた阿久津賢士に対抗するためのアイデアのことが、健二の脳裏を巡っていた。


「俺を事件の現場に連れて行って、阿久津賢士に俺の正体を明かさせてください」

 健二が「話したいことがある」と言ったため、拠点までわざわざ足を運んでくれたクレイグに、健二は固い意志を秘めた声でそう告げた。その場にはレイとゆかりもいた。

「阿久津賢士に直接会うことはできなくても、彼の仲間にされている人たちに言えば、阿久津賢士に伝わるかもしれません。俺を人質のように使えれば、何かの役に立つはずです」

 クレイグ以外の二人は、目を丸くしてあからさまに驚きの表情を見せていた。真っ先に口を開いたのはレイだった。

「何言ってんだよ。んなことできるわけねえだろ?」
「そうよ、危険すぎるわ」ゆかりが同意する。

 さらに反論を重ねられる前に、健二はやや早口気味に続きを発した。

「クレイグさん、俺がこの時代にタイムスリップしたことに阿久津賢士が関係しているのかどうかは、まったくわかっていないんですよね?」
「ああ」彼は静かに肯定した。
「それなら、阿久津賢士に直接たずねてみるのも一つの手じゃないかと思ったんです」

 健二は強い声で歯切れ良く言った。2015年、会議室に集まった皆の視線が注目する中、自身が考案した製品の価値や必要性をうったえかけるようにプレゼンテーションしていた自分が重なるようだった。

「こんなことができるのかどうかはわかりませんけど、もし阿久津賢士自身が俺をこっちに呼び寄せたのなら、最初から狙いがあったということになります。俺がここにいることがわかれば、俺に接触しようとしてくるはずです。阿久津賢士がタイムスリップに無関係だった場合でも、彼は、自分と血の繋がりのある俺が、敵であるSGAのもとにいることは望まないと思うんです」

 後半はまったくの想像にすぎず、なんの根拠も無かったが、阿久津賢士の立場になって考えてみて思ったことだった。

「だから、どうにかそこを利用して、いざというときの交換条件などに俺を使えないかと」

 健二が話す間、クレイグは彼をじっと見つめていたが、やがて感情を込めない穏やかな声音で言った。

「君が危険にさらされることになる」
「それは、わかってます……」

 そこで初めて、健二の視線が床に落ちた。語尾も弱く消え入りそうなものになる。しかし、両の拳をぎゅっと握り締め、彼は再び顔を上げた。

「でも、このままだと状況は変わらないし、みんなが危険な目に遭うんじゃないですか」

 阿久津賢士の思惑によって殺されたアンチ・テクニシズムの人々や、和泉かおるたちとの交戦によって負傷したジャンのことを思いながら言った。
 レイが困ったように頭の後ろに片手をやった。

「でも、阿久津賢士が健二をタイムスリップさせたんじゃなかった場合だけどよ、健二が過去から来た自分の祖先だなんて、あいつが信じるとは思えねえぜ」
「そうかもしれない。俺自身だって、最初はまったく信じられなかったくらいだから。でも、SGAが自分を誘い出すために何か計画を進めていると思うだけでも、少しはこっちに興味を持つんじゃないかな。もしかしたら危機感も持つかもしれない。そしたら、向こうからコンタクトを取ってくることもあるんじゃないかと思ったんだ」

 健二が一息に言うと、レイとゆかりは難しい顔になり、視線を下げたまま押し黙ってしまった。ゆかりは一度、何か言いたげに健二の方を見て口を開いたが、その艶やかで魅力的な唇は何の音も発さないままに閉じられた。
 しばらく沈黙が続いた後で、クレイグがゆっくりと口を開いた。

「阿久津賢士はおそらく、DNAの解析装置くらいは所持しているだろうと思うが、そうでなくとも、DNAのデータを調べさせるだけならたやすいことだ。君が姿を見せ、君の血液などをその場で採取して相手に渡せば、彼にもそのデータが本物だとわかるはずだ。それを調べるように言えば、いずれ、君が本物の自分の祖先であるという事実にたどり着くかもしれない」

 阿久津賢士に健二の存在を信じさせるためには、データとして表れた揺るぎない証拠がいる。クレイグは健二がすべてを説明しきる前から、彼が言わんとしていたことを理解したようだった。

「それを信じるかどうか、そもそも阿久津賢士が我々の言葉に従うかどうかはわからないが、先ほど健二が言った通り、私も彼の興味を引くことはできるだろうと思う」

 同意されて内心うれしかったが、健二はそれを態度に出さないように気を配った。

「以前、健二くんと話していたんですけど」

 ゆかりが自分の上司を見上げ、ためらいがちに話し始めた。

「健二くんがタイムスリップする前の世界と、今のこの世界が繋がっているのなら――つまり、私たちのいる2148年が、健二くんがいた2015年と同じ時間の流れの先にあるのなら、過去の健二くんが事故に遭った際に命を落としていた場合、阿久津コーポレーションがこの時代に存在しているのはおかしいのでは、と思ったんです」

 話の途中でレイが額に手をやり、必死で考え込むような表情になってしまった。眉間には深いしわが刻まれ、苦悶しているのかと思うほどの面持ちだ。

「そのことについては答えを出せないままですが、過去と未来は相互に影響し合う、という前提で考えるとすると――」
「今、ここにいる阿久津健二に何かが起きた場合も、この時代に変化が現れる可能性が無いとは言い切れない、ということか」クレイグがゆかりの言葉を引き取った。
「そうです」

 腕を下ろしたレイが、「なるほど」と呟くように小さくもらしたのが聞こえた。

「俺の身に何かあれば、俺の子孫である阿久津賢士にもなんらかの影響が及ぶかもしれません。彼にそう言った上で、俺を人質に取っている振りをしてこちらの要求を伝え、それを呑まなければ俺を殺すと脅してください」

 健二が重ねて言うと、クレイグは少し目を細めた。

「君を人質のように使うという方法は私も考えなかったわけではないが、あまりにもリスクが大きすぎると思っていた。まさか、君が自分から言いだすとは思わなかった」
「突然大胆なこと言いだすから、びっくりしたぜ」と、レイも苦笑する。
「それを実行したとき、果たして阿久津賢士がどんな行動に出るのか、予測しようとも実際のところはわからない。健二だけでなく、我々にもさらなる危険が及ぶかもしれない」

 そう述べた後で、「しかし――」とクレイグは続けた。

「現時点でも、危険な状況を歩んでいることに変わりはない。正直なところ、前回の事件のときはベルティエの命が危なかった。そのための手段さえあるのならば、今後、阿久津賢士の行いがますますエスカレートする前にそれを止めたいというのが、我々の切実な願いだ」

 まだ迷っているような表情ながらも、レイとゆかりも賛同するように大きくうなずいた。
 大きな窓から入り込んでくる午後の温かな日差しが、リビングダイニングで話す健二たちを包んでいた。クレイグは一度目を伏せ、思案するように口をつぐんだ。健二もレイもゆかりも、黙って彼の次の言葉を待った。
 少しの間の後、顎を上げたクレイグの顔は、窓を通り抜けてきらめく明るい陽光に照らされていた。

「君の案を実行に移せないか、検討してみよう」

 その光を受けながら、クレイグは健二を見てそう言ったのだった。


 踊り場から続く階段の先の壁に、『9』の表示が見えてきた。

「ああ、息が切れてきた」

 劉が、いくら調査部と言えども、特殊な任務にあたる国の最高機関の一員とは思えないような情けないことを言う。だが、荒い息遣いからすると冗談でもないようだった。健二は顔をしかめた。

「ちょっと、大丈夫なんですか?」

 つい、非難めいたふうにも聞こえる台詞が口をついて出てしまうが、そう言う健二の声にも苦しげな呼吸音が混ざっている。

「やっぱり、日頃のトレーニングはやっとくべきだな」
「やってないんですか?」
「調査部は強制されてないからな。護身術の訓練とかも、入って何年か経ったら受講は任意なんだよ」

 なるべく足音を立てないようにして、最後の階段を上がる。健二の不安を煽るような弱音を吐いていたものの、十階の床を最初に踏んだのは劉の方だった。
 健二もそれに続いたが、そのとき、かすかな異臭が鼻先をかすめた。この臭いはなんだろう? 何かに似ている――そう、鉄だ。金属的で、それでいて喉を圧迫するような甘ったるさのある、独特の臭い。
 頭の片隅で警告の鐘が鳴り始めていたが、健二は思考が麻痺したかのように歩き続けた。劉が立ち止まったことにも気づかず、引き寄せられるようにふらふらと交差する通路に向かう。
 しかし、健二が曲がり角の先に足を踏み出すことはなかった。

「ちょっと待て!」

 ささやくようながらも強い声とともに、劉の腕に行く手をさえぎられる。健二はつんのめるようになりつつ足を止めた。戸惑いながら振り向くと、彼は階段を上りきる前とは打って変わって、緊張した面持ちでじっと前を見据えていた。初めて目にする劉の張り詰めた表情に、健二の動揺が増す。
 そこまで来ると、辺りに漂う臭いははっきりと認識できるほど濃くなっていた。息苦しくなり、胃がむかむかしてくる。

「この臭いって……」

 呟くように言った健二の声はひどくかすれていた。その臭いの正体が何なのか、本当はすでに本能的な部分で感づいていたのだが、その可能性を否定したい気持ちもあったのかもしれない。
 それに対して、劉は普段の彼には似つかわしくない、低く冷えた声でぼそりと答えた。

「たぶん、血の臭いだ」

 健二は、全身の血が冷えたように感じた。この角の向こうでは、こんなに強く香るほど大量の血が流れているのか? 腹の辺りが強張り、内臓を強く掴まれているような心地になる。恐怖に息ができなくなった。
 この先に待ち受けているものを思うと今すぐにこの場を逃げ出したい衝動に駆られるが、健二の体は硬直したように動かなくなり、それも適わなかった。


* * *


「おい」

 健二と劉の姿が見えなくなってから、クレイグもエスカレーターに向かって歩き出そうとしたが、背後から鋭い声が飛んできて再び足を止めた。そちらに向きなおると、ジャンが腕を組んでこちらを睨みつけるようにしている。

「なんだ」
「あいつらを二人で行かせてよかったのかよ」

“あいつら”とはもちろん、健二と劉のことだろう。ジャンがどういう真意で今さらそんなことを言い出したのか探ろうと、クレイグはすぐにはその問いに答えなかった。ジャンはクレイグの方に一歩踏み出し、さらに続けた。

「俺はまだ、あの阿久津健二とかいう男が敵のスパイじゃないと認めたわけじゃねえ。今のところはおとなしくしてるみてえだから、何も言わなかっただけだ。だけど、あいつにはあまりにも怪しいところが多すぎるだろうが」

 話すごとに、彼の声音は荒々しさを増していった。

「ジャン」ゆかりが諌めるような強い声で彼の名を呼んだ。「今は目の前の作戦に集中して」

 ゆかりにたしなめられると、いつもはたじろぎつつも言うことを聞くことの多いジャンだったが、このときは違った。彼はゆかりの方を見もしなかった。

「そんな奴を信用して作戦にまで参加させて、しかも調査部とたった二人で行動させるなんて、無用心にもほどがある。俺もあいつらについて十階に行く」
「今、お前を中央監視室に向かわせるわけにはいかない」
「なんでだ!」

 クレイグがきっぱりと言い切ると、ジャンはクレイグを突き刺す眼差しをますます険しくし、凄むような声を出した。

「お前の任務は、阿久津賢士の仲間が現れた際にすぐに対処できるよう、集会が行われているメインホールの側で待機することだ。中央監視室やその他の場所で何かあったときにはそちらに駆けつけられるよう、お前と藤原はここでしばらく待機し、様子を見てから動く。それで充分だ」

 クレイグは淡々と答える。ジャンは異を唱えようと口を開いたが、クレイグはその隙を与えなかった。

「このチームのリーダーはお前ではなく、私だ。命令には従え」

 声に威圧する調子を込め、あえて冷たく言い放つ。彼の言葉の迫力に圧されたかのように、一瞬その場がしん、と静まり返った。
 ジャンはまだ何か言いたげに、怒りに満ちた燃えるような瞳をクレイグに向けていたが、クレイグはその視線を振り払うように背中を向け、今度こそエスカレーターに向かった。レイも黙ってそれに従う。
 銃を手に、停止したままのエスカレーターを素早く、しかし慎重に上っていった。上階を含め、周囲の様子に注意深く目を凝らすが、どの階にも人がいる様子は無い。中央監視室にいる警備員は、本来ならいるはずのないSGAの姿をカメラが捉えていることにとっくに気づいているはずだ。

「ジャンにはほんと、困りましたね。悪いやつではないと思うんすけど」

 ふと、クレイグの顔色を伺うようにこちらにちらりと目をやり、レイが言った。
 クレイグ自身、ジャンの言い分も分かる。しかし、先ほどは火に油を注ぐことになると思ったので本人には伝えなかったが、彼に単独で行動させるわけにはいかないのだ。それに、中央監視室に行かせた結果、いつものように阿久津健二に突っかかり、かえって面倒なことにならないとも限らない。彼が前回の事件のときのように命令に背いた行動を取ろうとした際、止められる人間が側にいなくては困る。そして、ジャンの場合、それは自分かゆかりだけだとクレイグは思っていた。
 これまでは、協調性に欠けるジャンの短所を理解しつつも、彼の能力を任務に活かすことができればと考えてきた。だが、それが不可能ならば致し方ない。指示を受け入れる必要がある時とその理由は彼にもわかるだろうと期待した、自分の判断が間違っていたと諦めるしかない。前回、彼は勝手な行動を取り、それが原因で死にかけたのだから。

「今度、また命令を無視した行動を取るようなことがあれば、彼はチームから外すしかない」
「そうっすね」

 レイも暗い声で同意した。その表情も声と同じく曇っている。
 一度も人と出くわさないまま、メインホールのある五階の廊下に到着した。通路の先には、ホールの出入り口である大きな扉が三つ並んでいる。いつでも銃を構えられるよう、クレイグは銃把をしっかりと握り締め、向かい側の壁に背中をつけるようにして移動した。
 劉からはまだ連絡が無い。まだ、中央監視室まで辿り着けていないのかもしれない。そう思って立体マップを確認すると、彼らの位置を表す表示は、ちょうど非常階段の十階を示していた。もうじき、通信で何かしらの報告をしてくるだろう。ゆかりとジャンは今もメインホールにいる。
 扉の一つに近づいていくと、中からかすかに音楽が聞こえてきた。ピアノと弦楽器の優雅な音色。クラシック楽曲のようだ。表向きはパーティーを装っているから、そのような場にふさわしい演出でカモフラージュをしているのか、それとも本当にただのパーティーなのか。ホール内の話し声までは聞こえないので、外からは判断がつかなかった。
 二人は入り口を挟んで、その扉の両脇に立った。クレイグが扉の横の壁に身を寄せた、そのとき。扉の向こうから静寂を切り裂くような悲鳴が響いたのを耳にし、クレイグの身体に戦慄が走った。



>> To be continued.



読んでくださってありがとうございました!!
拍手を下さった方々もありがとうございます!とても励みになります(*´`)

いろいろ書きたいことはあるのですが、それはまた明日以降、雑記の方で書かせていただきますね!

読者数の参考にしたいので、小説を読んでくださった方は各記事の拍手ボタンを押していただけますと助かります。
もちろん強制ではありませんので、気が向いたらで構いません!


3/21 拍手お返事

未来への追憶/和泉かおる

先日公開した「第四話 - 03」を早速読んでくださった方々、ありがとうございました!!

本編を公開し始めてもうすぐ一年となりますが、拍手や感想は何度頂いても慣れるものではありませんね…!
毎回、嬉しすぎて画面の前で舞い踊りたいほどテンションが上がっています(笑)
拍手の一回一回が、そしてコメントの一言一言がとてもとても嬉しいです。ありがとうございますm(*_ _)m

いつも思っていることなのですが、自分が創ったもので他の方が楽しんでくださるというのは、
ものすごく幸せなことだなあと改めて思いました。


以下、頂いた拍手コメントへのお返事になります!
お手数をお掛けしますが、反転してお読みください^^*


>青さん
青さん、こんにちは!
匿名で感想を送ってくださったことがあるのですね…!(*´д`)
いつも読んでくださって本当にありがとうございます!!
私の書いたもので少しでも楽しんでいただけたり、何かを感じていただけることはこれ以上無い喜びです!
だんだん未来の世界にどっぷりと浸かっていく展開になってきましたが、
没入感があると言っていただけてすごく嬉しいです!
かおるの暴れぶり(笑)に触れていただけたのも初めてなので嬉しかったです(*´`)
確かに、今のままではかおる一人にさえ到底敵いそうにない感じですよね(笑)
今後、健二が作戦に参加して変わっていくのかどうか…これからも頑張って書いていきますので、
どうか楽しみにしていただけますと幸いです!^^*
そして、イラストにまでお褒めのお言葉をありがとうございます~!
アマンダの笑顔で青さんに癒しをお届けできたのなら良かったです…!(*´▽`)
ボスとジャンのデレに萌えそうとのお言葉もありがとうございます!
普段は素直に感情を表さなさそうな二人ですが、だからこそギャップ萌えのようなものがあるかもしれませんね( *´艸`)
素敵な感想、大変励みになりました!ありがとうございました!!


未来への追憶 第四話 - 03

 ほとんど考えもせず反射的にそちらに顔を向けると、そこには一人の男が立っていた。

「いいですか?」

 彼は右隣のバースツールの背に手をやり、健二に向かって言った。健二に、隣に座ってもいいかとたずねているのだ。

「あ、は、はい」

 ここで拒否するのもおかしいと思ったので、健二は相手の容貌をろくに確認する余裕も無く、どもりながらもうなずくしかない。
 男が隣の席に座った。健二の心臓の鼓動が一気に速くなる。じろじろと見るわけにもいかないので、健二は横目で盗み見るように、ちらりと隣に視線をやった。だが、真横なのでそれだと相手の顔は見えない。せいぜい、カウンターに置かれたほっそりした手が見えるくらいだった。
 この男は何者だ? ただの客なのか? 席は他にもたくさん空いているというのに、なぜわざわざ自分の隣に座ってくる? まさか、自分の正体がばれたのか? いくつもの疑問が、健二の頭の中をぐるぐると駆け巡った。助けを求めるような気持ちでカウンターの向こうの白髪交じりのマスターを見ても、彼は未だ一人で来ているらしい別の客と話しこんでいる。
 健二は、レイが早く戻って来ないかと後ろを振り返って確認したい気持ちを必死で堪えた。代わりに、左手首にそっと手をやる。今日、そこにつけられているのは健二が2015年で使っていた腕時計ではなく、SGAのメンバーがつけているような携帯通信機だった。未来に馴染むためでもあるが、もう一つ、何より重要な理由がある。外で何かが起こった際にレイが側にいないという事態が起こったとき、SGAの本部にいるクレイグに知らせるためだ。ボタン一つで、クレイグと店の外で見張りについているSGAの職員、そしてレイに連絡が行くように設定してある。
 しかし、と健二は考えた。もし、隣にいる人物が阿久津賢士と関係のある敵や、邪な目的を持った者なら、他の人間がすぐ近くにいるところで堂々と近づいてくるだろうか? 本当に普通の客である可能性もあるので、早とちりで騒ぎを起こすのはまずい。
 それでも念のためにと、健二が緊急連絡用の小さなボタンに触れたとき、隣から声をかけられた。

「飲まないんですか?」
「えっ?」

 思わず、異様なほど勢いよく振り返ってしまう。男は目の前のメニューを手で示した。

「あ、はい……俺は、その……」

 そこまで言って、何と言えばいいのだろうと思う。嘘をつくのは苦手だった。

「さっきまで、あの、隣のクラブの方で飲んでたので……ちょっと休憩してから飲もうかなあ、と」

 健二はつかえながら言うと、ははは、と無理やり笑った。対して、男の方はにこりともせずに「そうですか」と言っただけで、自分が聞いたくせに興味が無さそうだ。
 そこで初めて、健二は男をちゃんと見た。彼はちょうどカウンターの向こうに視線を投げていたので、まじまじと眺めることができる。一重まぶたの涼しげな目元をした東洋人の男は、六月だというのに黒のタートルネックを着ていた。顔立ちには大きな特徴は無く、どちらかというと地味で、目立たないタイプに思える。全体的に近づきがたいような、冷ややかな空気をまとっていた。
 男は健二の視線に気がついたのか、こちらに顔を向けた。なんとなく気まずくなって視線をそらすと、カウンターに置かれた男のグラスが視界に入る。タンブラーグラスに入っている透明な液体は、どう見てもただの水だった。

「あ、あなたは飲まないんですか? それ、水……ですよね?」

 不審がられないためにも自分も何か言わなければならない、という思いにとらわれ、健二は意味も無くたずね返した。

「私はアルコールは飲めないので」

 ほんの少しだけ口角を上げて微笑みの表情を形作ると、男は水の入ったグラスを持ち上げてみせた。
 男の年齢はおそらく二十代か三十代だろう、という漠然としたことしかわからなかった。外見が老けているというのではないが、その落ち着いた雰囲気から、健二よりずっと年上にも思える。だが同時に、健二と同じくらいのような気もした。バーの薄暗い照明のせいもあるかもしれない。

「ここにはよく来るんですか?」水で喉を潤したあと、彼はさらにたずねてきた。
「いえ、今日初めて来ました。その、友達に連れてきてもらって」
「人と一緒なんですか」
「あ、はい。今は用事に――というか、トイレです」

 いつ答えに詰まってしまうかと気が気でなく、健二の心臓は激しく脈打っていた。

「そうだったんですね。私も初めて来たんです。すごくいい店だからと知人に勧められて。今からその知人と会う約束をしてるんですが、待ち合わせまで時間があったので、せっかくなので来てみました。たしかに、素敵な店ですね」

 状況的にも内容的にも親しげに話しかけているふうであるのに、男の話し方は淡々としていて、ひどく冷めた印象を健二に与えた。クレイグも一見冷たく見えるタイプだが、そのクレイグとも全然違う。クレイグは感情をほとんど表に出さないが、接していると内には温かさを持っていることがわかる。この男の場合は逆だ。言うなれば、冷え切った芯にうわべだけの偽物の温もりを申し訳程度にまとっている、という感じだった。

「この近くに住んでらっしゃるんですか?」
「いえ……あの、一緒に来てる友達は近くに住んでるんですけど」
「そうなんですね。私も家は少し遠いのですが、職場がこの近くなんですよ」

 彼の声は小さくて、静かなBGMの中ですら聞き取りづらい。しかし、温かみこそまったくないが、その声にはどことなく色気があった。

「今日は仕事の帰りですか?」
「あ、はい」
「この辺りはこういった店がたくさんあるのでいいですね」
「そうですね」

 男は、この周囲にあるらしいナイトスポットについて話した。健二はなるべく最低限の相づちだけで適当に話を合わせる。
 ゆったりとした心地よいピアノの音色と、バーの独特のムードのせいだろうか。酒も飲んでいないのに、話しているうちに徐々に緊張感が緩んでいきそうだった。

「もしかしたら、今後もここで会うことがあるかもしれませんね。今日はあまりゆっくり話せませんでしたが、今度お会いしたときは、よかったらまた話し相手になってください」

 しばらくして話に一区切りがついたとき、男が言った。
 健二はうなずこうとしたが、ふと、ジャズのメロディーに不協和音が重なったのがわかった。クラブのダンスミュージックがかすかに聞こえてくる。クラブとバーを繋ぐ扉が開いたのだ。レイが戻ってきたのかと思い、健二はつい扉の方を振り返ってしまった。だが期待は外れ、店内に入ってきたのは二人連れの見知らぬ男女だった。そして、一瞬そちらに気がそれてしまったせいで、健二は隣にいる男の次の言葉に反応することができなかった。

「私は――といいます」
「え?」

 聞き返したあとで、前後の単語から男が自分の名を名乗ったのだと気がつく。だが、肝心の名前の部分は聞き逃してしまった。健二が聞き取れなかったことに気づいていないのか、男は言い直そうとはしない。「何て言いました?」としつこく聞くのもはばかられる上、今後も関わる相手ではないので、失礼ではあるがここはこのまま流すことにした。
 相手が名乗ったのに自分だけ名乗らないわけにもいかず、健二の方も偽の名前を男に伝える。

「あ、俺は……安達、です。安達健一」

「なるほど」と彼は言った。人の名前を聞いて「なるほど」とは、どこか不自然な返事ではないだろうか? 少し引っかかるものを感じたが、男が続けて話しだしたため、そんな疑問はすぐに頭から消えた。

「それでは、私は行かなくては。そろそろ待ち合わせの時間なので」

 壁のアナログ時計で時間を確認すると、男は立ちあがった。そこで、健二は男の格好が上半身から靴まで、黒一色で固められていることに気づく。

「ありがとうございました、話していただいて」
「いえ、こちらこそ」

 男は健二に会釈をすると、愛想笑いさえ見せずに去っていった。健二も挨拶を返し、男の後ろ姿が茶色い扉の向こうに消えるのを見送る。男が扉を開けたときには、やはりクラブの賑やかさがバーの中にまで入り込んできた。
 それからまもなくして、今度こそレイが戻ってきた。

「いったいどうしたんだ? どこに行ってたんだよ」

 健二が小声で問い詰めると、レイもささやくように「わりぃ」と言って、健二の隣――先ほどまで、あの黒ずくめの男が座っていた席――に腰かけた。

「ちょっと、仕事のことで気になることがあってな……俺がいねぇ間、何も無かったか?」
「いや、他の客に話しかけられたよ」

 途端に、レイの表情が硬直する。

「……他の客に? マジか。何を言われた?」
「話自体はまあ、普通の内容だし、特に問題があったわけじゃないけど――」

 レイはさりげなくバーのマスターを一瞥した。彼は今度は別の客の注文を取っている最中で、こちらは見ていない。

「席を変えよう」

 その隙にと思ったのか、レイはそっと席を立ち、二人は店の中で一番奥まった場所にあるテーブル席に移動した。バーテンダー代わりのロボットを呼び、ドリンクを一杯ずつ注文する。こちらのバーにはノンアルコールのメニューが無かったので、アルコール度数の低いカクテルを選んだ。
 注文をカウンターまで伝えるためにロボットがテーブルを離れるのを見届けてから、健二は先ほどの男のことと、彼との会話をレイに説明した。

「怪しいな、そいつ」

 健二の話を聞くと、レイは腕を組んで難しい顔をした。

「当然、その男はもうこの中にはいねえんだよな?」

 レイは腕を組んだまま健二に顔を寄せると、周囲を探るように目だけを左右に動かした。その眼差しのキツさから、彼の神経が張りつめていることがわかる。

「ああ。いないよ」

 レイの緊張を受け、健二は自分も体に力が入るのを感じながら小声で答えた。
 男が隣に座ったときには、まさか話しかけられるなどとは思っていなかったのでひどく驚いたが、そうは言っても実際はただ少し言葉を交わしたというだけだ。レイにそこまで深刻になられると、健二は逆に自分の感じたことが本当に正しいのか不安になってきた。

「でも、今から考えるとやっぱり普通の客だったのかなって気もするよ。あの時は話しかけられたことにびっくりしてたから、実際より変に思えたのかもしれない」
「まあ、それはあるかもしれねえけど……酒も飲めねえのにわざわざバーに来たっつーのは変じゃねえか?」

 向かい合って座った二人はテーブルの上に少し身を乗り出すようにして、ひそひそとしゃべった。

「そうか、確かにそうだよな。あ、でも、この店は知人に紹介されたって言ってたよ。それで来たんじゃないのかな」
「それはわかんねえけど……それでもやっぱり怪しいぜ」レイは言い張った。「名前を聞かれたんだろ?」
「ああ。でも、それ以外は当たり障りのない普通の会話だったし、名前を聞かれたって言っても、そんなに不自然な聞かれ方じゃなかった」
「なんか、その男をかばってるみてえな言い方だな?」レイが不可解そうな顔になった。ついで、その表情が険しくなり、健二を見つめる目が探るように細められた。「……まさか、脅されたとかじゃねえよな」
「そうじゃないよ! ただ、自分が大げさにとらえすぎて、普通の人を疑ってるんじゃないかと心配になっただけで……」

 慌てて言ったとき、不意に健二の頭を、ジャズと混ざって不協和音を作り出すダンスミュージックの音がかすめた。クラブでかかっていた曲は、初めにスーツの男二人とレイが出ていったとき、そして途中で見知らぬ男女が入ってきたとき、最後に黒づくめの男が出て行ったときに聞こえてきた。つまり、注意さえ向いていれば、バーにいる人間には扉の方を見ずとも人が出入りするのがわかるということだ。健二の記憶が確かならば、男に話しかけられる前――健二が一人でカウンターに座っていたときには、クラブの音楽は一度も聞いていない。

「それに、たぶん……その人は俺たちが来る前からバーにいたはずなんだ。あそこの扉って、開くと隣のクラブの音楽がちょっと聞こえてくるだろ?」

 健二は体をひねり、背後にある扉の方を指差した。

「緊張して周りのことが気になってたから覚えてるんだけど、レイが出て行ってからその人に話しかけられるまでは一回も聞かなかったんだ。だから、その間は誰も出入りしてないってことだと思うんだけど、もし俺が一人になる隙を狙ってたなら、普通は俺たちを追って後からバーに入ってくるんじゃないかな?」
「いや、初めから健二を狙ってたんならそうかもしれねえけど、その……ほら、今、俺らが担当してる事件とはなんの関係も無くて、たまたま健二が一人でいたから近づいたってんならわかんねえぞ?」
「あ、そうか……」

 もちろん、その場合はいくら阿久津賢士とは無関係であれ、無害とは言えない。考えれば考えるほど、怪しいのか怪しくないのかわからなくなってきた。

「まあいいや。とにかく、帰ったらボスに報告しよう。しばらくは店に入店者の履歴が全部残ってるはずだから、それを調べて怪しいデータの奴がいねえか確認すればいい。ここの店員に履歴を調べてもらって、変なデータの奴がいなかったかどうか聞くことくらいは、俺たちにも簡単にできるからな。そのデータを直接見たり、一人一人を詳しく調べるとなると調査部にしかできねえし、なんかいろいろめんどくせえ手続きがあるみたいだから、よっぽどの理由がねえとすぐにはできねえんだけどな」

 言葉の最後にいくにつれてわずらわしげな声になり、レイは頭を掻いた。
 そこで、ドリンクが届けられた。先ほど注文を伝えたロボットの手によって、テーブルにそっとグラスが並べられる。

「これ飲んだら今日は帰るか」レイがグラスを持ち上げて言った。「どうだ? 短い時間だったけど、楽しめたか?」
「ああ。気分転換になったし、すごく楽しかったよ」
「そりゃよかった。んじゃ、今後のことが何もかも上手くいくことを願って――」

 そう言うとレイは歯を見せて笑い、グラスを健二の方に差し出す。健二も自分のグラスを持ち上げた。二人は「乾杯」と声をそろえ、グラスとグラスを打ち合わせた。


 レイと一緒に「ラ・スパツィオ」に出かけた日以来、健二の元気はいくぶん回復した。健二を外に連れ出して気分転換をさせようという、レイとゆかりの作戦は功を奏したようだ。
 バーで健二に話しかけてきた男については、レイと二人でクレイグに報告した。クレイグは念のためにその日の入店者記録を調べさせると言ったが、相手に重要な情報を話したりしたわけではないので、今は過剰に心配する必要は無いだろう、とも言った。現に、あれ以降特に変わったことも起きていない。
 そして、外出から四日が経った六月十日。健二は初めて、SGA本部での本格的な作戦会議に出席することとなった。

「明日、本部で会議があるんだけど、健二くんにもその会議に出席してもらいたいの」

 前日にゆかりからそう告げられ、この日はゆかりに伴われて午後からSGAの本部へと向かった。会議が開かれたのは、健二が以前にクレイグからDNA検査の結果を聞かされた部屋だった。部屋の照明は落とされ、前方の壁に投影された資料や周囲のモニターが暗闇に映えている。その光に照らされて、クレイグはいつものように正面の壁の前に立っていた。
 会議に出席したのは健二の他に、クレイグを初めとした阿久津賢士に対するチームのメンバーと、そこにアマンダと劉を加えた六人だ。中央の会議用テーブルの片側にはアマンダ、レイ、そしてその隣に健二が座り、反対側に劉、ゆかり、ジャンが座った。
 これだけの人数がそろっているというのに、いつものように陽気な雑談を交わすものはおらず、室内はほのかな緊張感に包まれていた。

「本題に入る前に、伝えておきたいことがある」

 会議が始まると、クレイグはまずそう言ってアマンダを前に呼んだ。クレイグの横に並んだアマンダは、私服の上にレイやゆかりたちと同じ、犯罪捜査部の制服である黒いロングコートをはおっていた。そのアマンダの姿は、急に彼女が健二から遠い存在になったかのように感じさせた。

「すでに皆知っているとは思うが、先日SGAの入職試験に合格し、アマンダ・オルコットも正式な犯罪捜査課の職員となった。今は訓練中のため現場にはまだ出ないが、今後は我々のチームの一員として働いてもらう」
「よろしくお願いします!」

 アマンダは皆に向かい、はきはきとした声を上げた。彼女の顔には、喜びと期待に満ちた笑顔が浮かんでいる。クレイグが席に戻るように手振りで示すと、アマンダは再びレイの隣の席についた。それを待ってから、クレイグは全員の顔を順に見回した。

「そして、これも健二以外にはすでに話したことだが、彼もいる場で改めて報告しておこう」そこで、クレイグは健二に目を留めた。「医療研究所を襲った犯人が、数日前、ようやく事件について話をした」

 先月、六人の仲間とともに医療研究所のスタッフ数名を殺害し、SGAによって勾留され、尋問を受けていた男のことだ。他の六人は、洗脳されて阿久津賢士の仲間となっているフランツという男と、ゆかりの弟である和泉かおるの二人によって殺されたが、彼だけは運良く死を免れた。

「彼のグループは、研究所襲撃の依頼を受けて犯行に及んだらしい。目的などは一切明かされなかったようだが、ただ、報酬の大金目当てに従ったそうだ。殺害する人間や、襲撃の日時は当然だが、一人一人を殺害する時刻や、現場を立ち去る時間なども細かく指示されていたということだ。指定の時刻になったら地下の倉庫まで来るように言われていたが、その時間まではずいぶん余裕があったと言っていた」

 医療研究所での事件については、事件の翌日に開かれたミーティングで詳しい説明を聞いていたので、健二もそこで起こったことはあらかた理解していた。犯行グループは研究員の男二人を射殺したあと、さらに殺人を続けるわけでも何かを盗むわけでもなく、部屋にいた残りの研究員を人質に取ったような状態で動かなかったそうだ。その不可解な行動の理由は、受けた依頼の内容に忠実に従おうとしていたから、というわけか。だがその結果、彼らは阿久津賢士の仲間によって殺された。
 健二はクレイグの説明を頭の中で反芻し、犯行グループが受けたという奇妙な指示に眉をひそめた。

「その指示にはなんの意味があったんでしょうか。いったい、誰がそんな依頼を……」
「それは、犯人の男にもわからないそうだ」
「わからない?」
「ああ。依頼は複数の人間を通して伝えられたらしい。最後に犯罪グループのリーダーに話を持ちかけてきた人物によれば、依頼主は顔も名前も明かさなかったようだ。その人物も直接会ったわけではないが、別の人間から聞いた話によれば、依頼内容の記されたデータを渡されたが、顔はマスクで覆われていたと。声もスピーカーを通していたから、正体を隠すためにおそらく声も変えているのだろう、ということらしい」

 寄せた眉によって刻まれた健二の眉間のしわが、さらに深くなった。
 スラム街――以前に貸し出されたタブレットの書籍で読んだときにも思ったことだが、そんなものがこの日本に存在するなど、にわかには信じられない。ましてや、ここは健二がいた時代から133年も未来の日本なのだ。健二には、そこに住む人々の生活をリアルに思い描くことはできなかった。彼らには、どこの誰からのものかもわからないような依頼を受け、犯罪に手を染めなければならないほどの事情があるのだろうか。

「男の話では、少し前からスラム街で、彼らのような犯罪グループや前科のある者、不法滞在の外国人などにそのような依頼をしている人間がいたようだ。私は、その不審な依頼には阿久津賢士が関係していると――いや、はっきり言おう。その依頼をしているのは、阿久津賢士だろうと推測している」

 静まり返っていた部屋の気温が、すっと冷えたように感じた。

「わざと事件を起こさせて、その犯人を自分の仲間に殺させてるっていうことですか?」

 健二は言った。衝撃に、声がかすかに震えてしまった。クレイグは以前、「阿久津賢士は見る者に英雄的な印象を植えつけるため、洗脳を施した自分の部下に犯罪者を始末させているのだろう」と言った。阿久津賢士は、その状況を意図的に作り出しているということか。

「ああ、その通りだ。まだ私の予測に過ぎないが、それならば、不自然な依頼の内容にも、事件が起こっている現場に阿久津賢士の仲間がすぐに現れる理由にも説明がつく。今までは犯罪者がすべて殺されていたから、そんな依頼があったのかどうかなどわからなかったがな。……しかし、そうだとすると、今回我々が事件の犯人を生きたまま捕らえたことは、阿久津賢士にとっては大きな失態となったはずだ。このことが原因で、今後、新たな動きに出ることも考えられる。充分に注意しておく必要があるだろう」

 最後の言葉は、室内にいる全員に向けられていた。

「この件については、直接スラム街にも赴いて調査を進めていく。何かわかればまた会議を開くから、そこで君にも伝えよう」
「はい」

 健二は首を縦に振った。クレイグの言うことは正しいのではないか、という気がしたが、今はどうすることもできない。もし、本当に殺人や強盗などの依頼がなされているのならば、予定されている犯罪について事前に知るためにも、そしてクレイグの推察が事実かどうかを調べるためにも、彼の言う“スラム街”で情報を掴むしかないだろう。
 クレイグは少し間を置いてから、再び口を開いた。

「現時点では、この話については以上だ。次に、あさってのことだが――」

 言いながら視線をレイに移し、健二の方を手で指し示す。

「ストレイス、彼に説明してもらえないか?」

 レイは「はい」と応じると、座ったままで体ごと健二の方を向いた。

「この間『ラ・スパツィオ』ってバーに行ったとき、俺が途中で一度、健二のそばを離れただろ?」
「ああ」
「あのときはマジで悪かった。ちょうど俺らがバーに入ったときに、スーツ着た男が二人、話しながらドアの方に歩いてきたじゃねえか。そいつらがしゃべってた内容に引っかかるところがあってさ、もしかすると阿久津賢士に近づくのに役立つような情報を得られるんじゃねえかと思って、追いかけて話を聞きに行ってたんだ」

 やはりそうだったのか、と健二は思った。SGAの仕事のことなので突っ込んで聞いていいものかもわからず、健二はそのときのことをレイにたずねられないでいた。レイの方からも何も言わなかったので、健二を一人で放置している間、彼がいったい何をしていたのか気になりつつもわからないままだった。

「すれ違ったとき、そいつらがアンチ・テクニシズムとかいうもんについて話してたのを覚えてねえか?」
「ええっと……ごめん、その、あんまり……」

 記憶を探ったものの、レイの言った“アンチ・テクニシズム”というワードには思い至らず、健二はそのままを伝えた。

「あのときは、あの人たちの話がそんなに重要だなんて思ってなかったから……」

 きまりの悪さから声が尻すぼみになってしまう。しかし、レイにも他の面々にも、そのことを咎める様子は無いようだった。

「いや、それはいいんだ。とにかく、アンチ・テクニシズムって団体があんだよ。なんでもかんでもテクノロジーで解決したり、人体に過剰に手を加えたりすることに反対してる人たちの団体で、“自然の”……なんだっけな」
「“本来の、ありのままの自然なもの”よ」

 ゆかりが言った。健二は前にも一度、ゆかりからそのフレーズを聞かされたことを思い出す。何の話をしているときだったか。これまでのゆかりとの会話をさかのぼろうとしたが、その前に、クレイグが壁に投影された資料の間に一枚の写真を表示させた。
 昔ながらの旗やプラカードや、もっと未来的な――ホログラムで形作られた――メッセージさえ掲げ、デモ活動を行っている集団の写真だ。写真が拡大され、最前列にいる人々の顔が大写しになった。必死に抗議の叫びをあげているらしき人々の間には、洗脳される以前の和泉かおるの姿が写っていた。

「これは……」
「かおるが――私の弟が所属していた団体っていうのも、そのアンチ・テクニシズムなの」

 写真が発する光によって照らされたゆかりの表情は、硬く強張っている。

「自分たちを“自然至上主義者”と称し、行きすぎたテクノロジーを疑問視することを人々に呼びかけているが、実際はその傍ら、かなり過激なデモ活動なども行う団体だ」

 クレイグが言い、手に持った小型の端末を操作した。アンチ・テクニシズムのデモ活動の写真が消え、もともと小さく表示されていた資料の一つが拡大される。タワービルとまではいかないが、そこそこの大きさの――2015年の基準で言えばだが――建築物の画像だ。

「そのアンチ・テクニシズムが、ある民間の文化施設内のホールで、十二日に集会を開くことがわかった」
「集会……」

 健二は呟いた。そう言えば、バーにいたスーツ姿の男のどちらかが、“秘密の集会”という言葉を口にしていたことは覚えている。非現実的でどこか時代にそぐわないような、古くさい印象も受ける妙な響きゆえに、耳に残っていたようだ。

「バーにいた二人の男の共通の知り合いが、アンチ・テクニシズムのメンバーだったらしくてさ。そいつが、周囲の人間に自慢げに言いふらしてたらしいぜ。その集会には政治家も来るんだ、ってよ。関係無い人間にそんなこと言っちゃあ、自分らにとって不都合なことになるかもしれねえのにな」

 レイは苦笑交じりに言ったあとで眉をひそめ、少し声のトーンを落とした。

「ヤクをやってるような感じもあったって言ってたな。もともとちょっと不安定なやつだったらしいんだけど、アンチ・テクニシズムに入ってからますますおかしくなっちまったらしい」
「アンチ・テクニシズムには政治家や芸能界関係者、作家なども所属している」

 クレイグが続けた。文化施設の画像の横に、中年の男の写真と個人データが並ぶ。

「国会に議席を持つ、調和共生党という保守派の政党に竹下という議員がいるんだが、彼もアンチ・テクニシズムに資金の援助などを行っているという噂がある人物だ。噂の真偽は定かではないが、今回の集会の場所に指定されている文化施設は、竹下の親族が運営している」
「集会が開かれる日は、個人主催のプライベートなパーティーが行われる、という名目で休館になっているんでしたね」

 ゆかりが確かめるように言った。

「ああ。調べたところ、十二日はメインホール以外の劇場や展示室はすべて休みで、施設内には立ち入り禁止となっていた。パーティーの主催者などは当然伏せられているが、いくら大金を払ったとしても、通常は施設の持ち主と無関係の人間が、施設を貸切にするような個人的なパーティーを開くことを許可されるとは考えにくい。毎日様々なイベントが行われている文化施設を、アンチ・テクニシズムがわざわざ集会の場所に選んだのも妙だ。おそらく、竹下の親族はアンチ・テクニシズムと関係していると見て間違いないだろう。そうなれば、竹下自身の噂も真実の可能性が高い」
「もし、その場に竹下がいれば――」劉が言った。
「竹下は黒、ってことっすね」レイが応じる。
「警察は過激な抗議団体を支援してる政治家も、麻薬常習者も、法に触れるような集会をやってるアンチ・テクニシズムの連中も、まとめて逮捕できるってことだな」

 皆が話す間、ジャンはじっと腕を組んだまま、発言している人間や前に映し出された資料に厳しい視線を向けていた。これまでのミーティングのときのように余計な口を挟むこともなく、交わされる言葉に真剣に耳を傾けている様子だ。

「そして、ここからが我々にとってもっとも重要なところだが」クレイグが言い、健二に目を向けた。「以前のミーティングで、阿久津賢士はこれまでに犯罪者だけでなく、自分の事業計画に反対する者も二人ほど殺している、と言っただろう」
「はい」

 そのことは健二もはっきりと覚えていた。

「そのときの被害者はどちらもアンチ・テクニシズムのメンバーだった」
「ということは――」

 健二が言うと、クレイグは「ああ」とうなずく。

「その集会の場に、阿久津賢士の仲間が現れる可能性がある」

 彼の言葉が意味するものに、健二の全身に緊張が走った。レイが、バーで健二のそばを離れてまで二人の男から話を聞きだそうとした理由も、今日の会議の目的もわかった。

「だが、あくまで可能性の話だ」クレイグはわずかに声を和らげた。「それでも、たとえ一パーセントでも阿久津賢士の逮捕に繋がる可能性がある以上、我々は情報収集のためにも様子を探りに行く。SGAは通常の犯罪には関与しないことになっているが、先ほどストレイスと劉も言っていたように、アンチ・テクニシズムが不穏な計画を立てていたりした場合は、警察に報告して事件を未然に防ぐこともできるからな」

 クレイグは一度言葉を切ると、一呼吸置いて表情を引き締めなおし、健二を見据えた。

「そこで、君にも同行してもらいたい」

 よく通る厚みのある低音が、会議室に響いた。

「はい」

 その強い視線を受け、健二も椅子の上で背筋を伸ばし、姿勢を正す。

「君の案を実行に移すとしても、突然、君を犯罪が起こっている現場へ連れて行くわけにはいかない。もちろん、どちらにせよ君が出て行くのは場が安全だと確認できてからだが、まずは我々と行動することにも慣れてもらう必要がある。今回は敵が姿を見せると決まったわけではないから、君は事前演習のようなものだと思ってくれればいい。仮に敵が現れたとしても、危険だと判断した場合はすぐに退く」
「わかりました」

 健二はしっかりとうなずいた。

「今回潜入する施設内のカメラには、SGAの方では接続できない。全体の状況の把握や建物のデータなどを現場で直接調べて報告してもらうため、劉にも一緒に来てもらう」

 その言葉に、健二は劉に目を動かした。クレイグも彼に視線をやり、たずねる。

「施設の鍵の入手の方は問題無いな?」
「はい。準備できています」

 劉の返事を聞くと、クレイグは健二に目を戻した。

「君は基本的には、劉と行動してくれ。万が一、アンチ・テクニシズムが何かやっていたとしても、その場で逮捕するわけではない。彼らと銃撃戦になったりすることはまずないだろう」
「はい」

 緊張から、頼りなげなか細い声になってしまう。

「大丈夫大丈夫、様子を見に行くだけだから、たぶん何も起こらないって」

 斜め向かいから、劉が健二に向けていつもの軽い調子で言った。クレイグも首肯する。それを見て、SGAの任務に初めて同行することによる健二の不安や恐れは、少しばかり薄らいだ。
 クレイグは端末を操作し、街や建物内の地図と思しき資料を新たにいくつか表示させると、正面に向きなおった。

「それでは、詳しい作戦を説明する」



>> To be continued.



今回も読んでくださってありがとうございます!!
四話も折り返し点、いよいよ健二もSGAの任務に参加するところまでやってきました…!

内容についてはまた後ほど雑記の方にて、ちょこっとだけ書こうかなと思っています。

いつも読んでくださる方々、拍手を下さる方々、本当にありがとうございます!
おととい更新した絵を見てくださった方もありがとうございました^^*

読者数の参考にしたいので、小説を読んでくださった方は各記事の拍手ボタンを押していただけますと助かります。
もちろん強制ではありませんので、気が向いたらで構いません!


みんなのいろんな表情

みらついキャラの表情のリクエストを募集して描いたイラスト三枚です!


■健気で元気な笑顔のアマンダ

未来への追憶/アマンダ・オルコット

一枚目はとてもアマンダらしい表情でした!

女の子を描くのが未だに苦手で、特にこの絵はちょっと失敗してしまった気がしますが…orz

「ねえねえ、健二!」って話しかけてるのが想像できます。
あ、四話の01で嬉しそうにしていたアマンダはこんな感じだったかもしれませんね!


■幸せデレデレのジャン

未来への追憶/ジャン・ベルティエ

“ジャンのデレ顔”というところだけ意識しすぎて、
『幸せデレデレ』というリクエストだったのにツンデレな感じになってしまいました;

でも、ジャンはきっとこれでも心の中は幸せいっぱいなんだよ…!!

恐らく、ゆかりにしか見ることのできない表情だと思います。
「ま、まあ、ゆかりがそう言うなら…仕方ねえな…///」という感じか、
もしくはゆかりに褒められたか何かで、照れくさいけど嬉しいとかそんな感じ。


■照れてるボス

未来への追憶/マーカス・クレイグ

デレてるジャンに引き続き、ものすごくレアな表情です…!
描いててものすごく楽しかったです(笑)

自分で言って申し訳ないのですが、普段感情を表に出さないボスの微妙な照れ顔って、
すごい萌えるなあ~と思ってしまいました(*´д`)

ボスがこんな顔するなんて、いったいどんな状況なんだろう…


それに対して、
『SGAメンバーで「この中で1番セックスアピールが強いの誰か」というアンケートとったら断トツで1位だったのでは』
というおもしろいコメントを頂いたので、つい落書きを描いてしまいましたww

未来への追憶/照れてるクレイグ おまけ

“セックスアピール”だからこの順かなあ、と!

わかってたけどみんな服が黒い…!

ジャンがキレてるのは、ボスに負けたことが悔しいのも地味にあるかもしれないですね。
セックスアピール自体はどうでもいいのにボスに負けるのは嫌なジャンw


* * *


見てくださってありがとうございました!!
素敵なリクをくださった方々にも感謝ですm(*_ _)m

後から見るとその時によって犯罪捜査部の制服の描き方が微妙に変わってるので、
ちゃんと安定して描けるようにならないといけないですね(笑)

久しぶりの更新となってしまいましたが、少しでも楽しんでいただけていましたら幸いです!

3/8 拍手お返事

未来への追憶/マーカス・クレイグ

いつも小説を読んでくださる方、絵を見に来てくださる方、そして拍手を下さる方々、本当にありがとうございます!
雑記ブログに書いた通り、しばらくの間少しだけ更新ペースが落ちてしまうかもしれませんが、
本編の方はゆっくりでもちょっとずつ進めていきます。
雑記ブログにもまたおもしろいこと書けるようにがんばりますね(笑)

いつも拍手お返事の記事に載せているイラストが仕上がるのに少し時間がかかりそうだったため、
頂いたコメントに早くお礼をしたかったので、今回は先にお返事だけ書かせていただきました。
※イラストは後ほど追加します。 【4/4 追記】イラスト追加しました。

記事につけるイラストを描くのはすごく楽しいのですが、お返事が遅れてしまうのは嫌なので、
またそのうち載せる場所とかを考え直そうかなと思っています(絵も文もすごく遅筆なんです…)


それでは以下、頂いた拍手コメントへのお返事になります!
お手数をお掛けしますが、反転してお読みくださいm( _ _)m


>冬野さん
冬野さん、こんにちは!こちらこそお世話になっています( *´▽`)
みらつい最新話まで読んでくださったのですね!すごく嬉しいです、ありがとうございます!!!
あああ、感嘆だなんて恐縮です…冬野さんに文章や描写を褒めていただけて本当に光栄です。
情景描写などは自分では長すぎないかと時々不安になったりする部分なので(笑)、
読みやすいと言っていただけて大変励みになりました!
物語に入り込んでいただけることほど幸せなことはありません…!
キャラクターについて書いていただけるのもとても嬉しいです!!
ボスや劉(そして以前から言ってくださっていたレイたちにも)に好きとのお言葉、ありがとうございます///
ボスの思慮深いところを拾っていただけて嬉しいです(*´`)
今のところゆかりにしかデレを見せていないジャンですが、可愛いと言っていただけて良かったです(笑)
この二人の出会いなども今後の本編で描いていく予定なので、
ジャンの健二以外への態度が変わっていくのかどうかも含めて、楽しみにしていただけたらと思います!
みらついは健二の“子孫”がすでにおじいさんだったりするところもポイントの一つだったりします(笑)
読んでくださって、そして感想まで書いてくださって本当にありがとうございました!!
冬野さんからのコメントを見て元気が出ました!今後もがんばって書いていきますね!^^*


Pagination