嵜山弓さんより頂いたクレイグ

嵜山弓さんがボスを描いてくださいました!!

treasure_sakiyamasan.jpg

嵜山さんのこの素晴らしい画力でボスが拝めるなんて…!(*´д`)
見た瞬間、カッコよすぎるのと嬉しいのとで心臓が止まりそうになりました(笑)
しかもリアルな雰囲気のボスですよ!!
映画とか三次元が大好きなので、そのまま映画とかに出てきそうなボスに萌え悶えました///

難しいことを考えてそうなクールで真剣な表情も、眉間のしわさえも素敵…(*´`)
そして、線の一本一本とか強弱が本当に美しいです。

嵜山さん、描いてくださって本当にありがとうございました!!

嵜山さんは少女漫画等を描かれてる方で、ネットでも配信されてます!→悪いオトコのやさしい指先
オフでも活動されているので、私も本を買いに伺わせていただきたいとひそかに思っています( *´艸`)ウフフ

未来への追憶 第五話 - 01

「あー、あっちい」

 レイモンド・ストレイス――レイは、額から流れ落ちてくる汗を手の甲で拭った。日差しから目を守るため、眼帯で覆われていない左目の上に手をかざして頭上を見やると、立ち並ぶビルの合間には雲一つ無い青空が広がっている。降りそそぐ太陽の光は、目の前のアスファルト舗装の道路や、そこを行き交う自動車の車体、通りに並ぶ建物の窓ガラスなど、至るところに反射している。
 梅雨に差しかかったことにより、連日雨に見舞われていたことが嘘のような、久しぶりの晴天だった。それに伴って気温も上昇し、レイが身に着けているSGAの犯罪捜査部の制服――まるで防寒用のロングコートのような黒の上着――は非常に暑苦しかった。体中からじわじわと汗が噴き出し、不快感がもたらされる。
 レイの隣や背後には彼の他にも、行く手をさえぎる片側二車線道路の前で信号待ちをしている歩行者が何人かいた。

「ねえ」

 隣から声をかけられて、レイはそちらに目をやった。

「この上着って、真夏の任務中でも絶対脱いじゃ駄目なの?」

 ほんの二週間ほど前にレイの後輩となったばかりのアマンダ・オルコットが、眼鏡の奥の大きな瞳でレイを見上げていた。そう問いかけてくる彼女も暑さを感じているのか、服の内側に少しでも涼しい空気を取り込もうとするかのように、レイと同じ制服の片側をつまんでぱたぱたと動かしている。彼女の手の動きに合わせ、丈の長い制服の裾がひらひらと揺らぐ。

「ああ」

 レイは、車両用の信号が黄色に変わる気配すら無いのを確認しながら答えた。

「もう聞いてると思うけど、この制服には防弾性能があるからな。別に、寒さを和らげるためだけに着てるってわけじゃねえし。もちろん、これ着てりゃ絶対助かるなんてこともねえけど、少しでも身を守れる可能性があるなら着てる方がいいだろ?」
「うん。自分がSGAに入る前は制服にそんな役割があるなんて全然知らなかったから、ちょっとびっくりだったよ」
「あと、こういう丈の長い、内ポケットがいっぱい付いてるような服は、銃とかいろんな機器を携帯すんのにも都合がいいしな」

 現に今もレイの制服の下には、弾丸の装填された通常の拳銃と麻酔銃が、それぞれホルスターに収められて隠されている。

「そっかあ。そうだよね」

 アマンダはすんなりと納得してうなずくと、諦めたようにコートから手を離した。

「移動中とかは脱いでる奴もいるけど……どっちにしろ外歩くときは長袖の方がいいんだし、制服着てようが着てまいが、あんま変わらねえってことにしとこうぜ」
「任務中に日傘持っとくわけにはいかないもんね」
「ああ。んなもん持ってたら邪魔くさくてしょうがねえ」

 年々きつくなる紫外線を直接肌に浴び続けることは、体に重大な悪影響を及ぼす可能性があるので、なるべくなら避けたい。

「でもまあ、本音を言うと俺も脱ぎてえよ」

 レイが人に聞かれてはまずい話でもするときのように声を抑えて付け足すと、アマンダはあはは、と明るく笑った。
 街中のビルの外壁に投影された巨大なホログラフィックスクリーンには、四日前の事件についての続報を伝えるニュース映像が映し出されている。
 六月十二日。都内にある文化施設――文芸交流センターにて、数人の男たちによる銃の乱射事件が起きた。それにより、施設内でパーティーに参加していた、調和共生党の竹下議員を含む三十七名が殺害された。警察は、犯人たちがテロ組織の一員であったことから、犯行は竹下を狙ったものであった可能性も高いと推測している。テロの明確な目的は依然として不明なままではあるが、昨夜、捜査に進展があったようだ。逮捕された男の一人が、犯行には関わったものの、いまだ逮捕には至っていなかったその他の仲間の情報を明かしたと、アナウンサーの淡々とした声が告げていた。
 しかし、それを眺める人々も無関心に通り過ぎる人々も、そして事件について報じるアナウンサーでさえも、テレビやインターネットが伝えるそれらの情報が、真実を隠すための偽りのものであるということは誰も知らない。
 車両用の信号機がようやく赤色を点し、わずかに遅れて歩行者側の信号が青に切り替わると、レイとアマンダは日光を照り返す白い横断歩道に足を踏み出した。
 二人は調査のために、東京都内にあるスラム街へ向かうところだった。五月に医療研究所を襲った犯行グループの男が話した、スラム街で殺人や強盗などの依頼を行っている人物がいるという件について、さらなる手がかりが得られるような目撃情報が無いか調べることが目的だ。
 こういった聞き込み調査をする場合、本来は調査部と行動する方が何かと都合がいいのだが、レイのチームの担当である劉俊毅はこの間の事件で負った怪我のことがあり、しばらく任務での外出は控えるようにと言われているのだ。最初は念のために四、五日は仕事を休んで安静にしているようにと言われたところを、彼は家にいても暇だからと、一日休んだだけですぐに通常の職務に復帰した。本人は外での調査も問題無くこなせると主張したが、レイたちの上司であるマーカス・クレイグが許可しなかった。
 そのため、チームのメンバーとなって日が浅いアマンダを、初めての本部外での任務に連れ出したのだ。
 レイとアマンダは横断歩道を渡り終えると、ビルの間の細い通路に入っていった。ここから先、街の様相は少し歩くだけでがらりと変わる。一つ、また一つとブロックを越えるごとに道は狭まり、建物はより小さく密集したものとなっていく。
 天気は変化していないはずなのに、スラム街に近づくにつれて、周囲全体が薄暗くなっていくように感じた。ひしめく建物の薄汚れた外壁や、手入されずに生い茂っている植え込みの木々がそう思わせるのかもしれない。人通りもあまり無かった。
 車は先ほどの大通りの近くの駐車場に停めて来た。スラム街には車を駐車できるような場所もあまり無いし、治安の悪さを考えると、少し離れるだけで車が傷つけられたり、盗まれたりする危険性もある。

「こっちの方って、全然来たことなかったよ」

 アマンダが、右に左にと辺りを見回しながら、ぽつりともらした。

「そりゃそうだ。今日は俺と一緒だからいいけどよ、危ねえからプライベートとかで絶対一人で来たりはすんなよ?」
「うん」

 そう答えたアマンダの声は、いつもの元気は鳴りをひそめた小さな音だった。自分たちが暮らしているエリアとは明らかに違う空気に、少なからず緊張しているのだろう。街から感じ取れる危険の臭いは、少し触れるだけで本能的な部分が察知する類のものだ。レイとて、スラム街には今までも捜査のために何度か来たことはあるが、普段意識せず通りを歩いているときのように、自然に気を張り詰めずに歩く、というわけにはいかない。スラム街の存在自体は国内にいるほとんどの人間が知っているだろうが、足を踏み入れることなど無いのが普通だ。ましてや、やむを得ない理由も無いのに進んで来たいと思う者はごく稀に違いなかった。
 やがて高層ビルは完全に姿を消し、小さな店舗や古い戸建ての家、表示ボードを見なければそれとわからないようなホテルや集合住宅風の建物が増え始める。
 その間を歩く途中、ふと、レイは視線を感じたような気がして振り返った。

「どうしたの?」

 突然後ろを向いて固まったレイを見て、アマンダが丸い目を不思議そうに瞬かせた。

「いや……」

 背後には、少し前にすれ違った男の小さな後ろ姿があるだけで、こちらを向いている人間は一人もいない。遠くのビルの合間に、大通りを車が通っているのが見える。
 一瞬、誰かに後をつけられているのか、もしくはSGAを嫌う何者かに狙われているのかと思った。絶大な権力を持つその他の組織と同じように、SGAを快く思わない者も多いのだ。こういった場所では特にその傾向が強かった。
 しかし、首をひねって考え込むうちにきっと気のせいだと思い直したレイは、また前を向いた。久しぶりにスラム街を訪れるせいで、神経がピリピリしているのだろう。

「なんか気配を感じたような気がしたんだけど、気のせいだったみてえだ」

 アマンダを心配させないよう、わざと明るく言う。景色を見ながら歩いていると、そのことはすぐに頭から消え去った。
 通りは一段と狭くなり、ついに歩道が無くなる。通りに並ぶ店の入り口を閉ざすシャッターや、敷地を区切る塀に所狭しと描かれた下品な落書きが、警察などの監視が行き届いていないことをうかがわせる。
 電信柱の下に、中身の詰まったゴミ袋がいくつかまとめて放り出されていた。路上にも、空きビンや紙くずや、風に舞うビニール袋といったゴミが散乱している。自動的に分別を行うゴミ箱も、そこに集められたゴミを回収しに来るロボットの存在も、ここには無い。
 そして、二人は“スラム街”と呼ばれる地区に到着した。現実には、明確にここからがスラム街だという線引きがなされているわけでも、フェンスがあるわけでもない。
 それでも、ここはスラム街だった。ここが普通の街とは違うことは、一目見ればわかる。

「日本じゃないみたい……」

 アマンダが歩調を緩めながら、呆けたような声で呟いた。
 ずいぶん昔から建っていると思しき建物ばかりで、ここだけ時代から取り残されているかのようだ。異次元に迷い込んでしまったかのようにも思える感覚に、不意にレイの胸に、健二もこの時代に来たときはこんな気持ちだったのだろうか、という考えが浮かんだ。
 街は汚く陰気な雰囲気が漂っており、見るからに不衛生だった。通りの歩く人の数はそれほど多くなく、お世辞にも身なりがいいとは言い難い者がほとんどだ。時折、彼らは遠くからレイとアマンダを物珍しげに見ていた。
 街中では、ロボットや電子機器はめったに見かけなかった。スラム街には日常生活にあって当たり前の便利な家庭用機器もそろっておらず、あったとしても古いタイプの物ばかりだ。ここの人々には、最新のロボットや機器を買う金が無いのだ。
 ここは、正確にはスラム街の入り口の方だ。通常の街との境に近いところでは、まだSGAが管理しているカメラで監視できる範囲も多いので、比較的安全だった。
 二人はさっそく調査を開始することにした。今日は夕方には本部に戻らなくてはならないので、時間はあまり無い。

「今日はまず、飲食店を中心に聞き込みしていくぞ」

 人目を気にする必要はあるものの、飲食店は人が集まったり、話をしたりするのに適した場所の一つと言えるだろう。店によっては、時には違法な取引などについての会話が交わされることもある。
 この辺りの地図は充実していないので簡易なものしかなかったが、飲食店の場所を確認するのには不都合が無さそうだった。

「アマンダは自分の携帯端末の録音筆記機能を使って、相手の名前とか話の内容とか、聞いたことを記録しといてくれ」
「わかった」

 最初に訪れたのは、二階建ての建物の屋外階段を上ったところにあるレストランだ。一階部分には別の店舗が入っているようだが、シャッターが閉まっている。
 レイは店に入って事情を説明し、店のオーナーに捜査への協力を願い出たが、忙しいから無理だとすげなく断られてしまった。個人経営の小さな店で、オーナーは料理人でもあった。従業員は他に一人しかいないようで、オーナーの代わりに話をできる人間もいないらしい。店内では数組の客が料理を待っている様子だ。仕事を手伝うロボットもいないので、エプロンをつけた若い男は、たった一人で客に水を出したり注文を取ったりするため、忙しなく動き回っている。
 レイとアマンダは仕方なく店の外に出た。見たところ、レストランは至って普通の、どちらかというと明るささえ感じる雰囲気で、とても犯罪グループが集まりそうな場所ではない。扉の前で、このまま二軒目に行くかどうかを考えた。店の客が何か知っている可能性もあるので、客にも話を聞く、という手もある。ちょうどそのとき、食事を終えた客が一人、店から出てきた。色あせてよれたシャツにぼさぼさの長髪をした中年の男だ。

「すみません、よろしいですか?」

 レイはIDファイルを表示させた端末を相手に向けながら呼びかけた。

「SGA犯罪捜査部、特別犯罪捜査課のレイモンド・ストレイスです。よければ、少し捜査にご協力いただきたいのですが」

 男は驚いたように目を見開いてレイを見たあと、好奇心を隠そうともしない不躾な視線で、レイの隣に立つアマンダをじろじろと眺め回した。
 瞬時にレイの表情が曇る。やはりアマンダを連れてくるのは早すぎたんじゃないか、という思いが脳裏をよぎった。だが、SGAの一員として働くのならば、いずれは危険な現場に出ることや、一般市民とのやり取りの中で不愉快な目に遭うことは避けられず、そういったことを早くから経験して慣れておくことは重要だと、クレイグは考えている。それが正しいことは、レイもよく承知していた。

「この辺りで強盗や殺人など、犯罪の依頼が行われているという情報があるのですが、そういった話について何か聞いたり、実際に依頼が行われているところを見たりしたことはありませんか?」

 心持ちアマンダの前へ出ながら、レイは男に問いかけた。
 男はそれにはなんの反応も示さず、聞いているのかいないのかもわからないぼんやりと濁った瞳で、相変わらずアマンダを観察している。やがて興味を失ったように目をそらした彼は「知らん」とぼそりと言い残し、階段をゆったりと下りていってしまった。

「あ! ちょ、ちょっと……」

 引き止めようとしたアマンダを、レイは「いや、いい」と制した。

「あの具合じゃ、話せそうなことは無さそうだ。次に行くぞ」

 しかし、数時間粘っても同じようなことが続いた。誰に声をかけても、話を切り出す前に断られるか、無視をされたりそっけなく「知らない」と言われるばかりだ。
 ここまできっぱりと拒絶されるのは、SGAとしては珍しい体験だった。大抵の人間はSGAに対して多かれ少なかれ恐れのようなものを抱いているため、内心はどうあれ、表面的には素直に従う。スラム街の人間は、恐れるものがあまりにも多すぎるのかもしれない。
 機械修理店のシャッターの前でたむろしていた少年たちにも、身元の確認とともに話を聞いてみた。医療研究所を襲った犯人の中には、少年から青年へと変化したばかり、といった年頃の者もいたからだ。
 だが、彼らも何も知らないようで、レイに失望と安堵を同時に抱かせた。彼らは皆日本国籍を持っていて、大きな犯罪歴も無いようだ。あまり恵まれない家庭に育ち、ただ、自分の居場所を切実に探しているだけの少年たちだった。
 すでに、だいぶスラム街の中心部に近づいてきている。

「どうすっかなあ」

 レイは腰に両手を当てると、さらに奥へと続く細い路地に目をやった。

「……もう少しだけ奥に行ってみるか」

 危険だろうか? しばし考えを巡らせた末、あと一、二本奥の通りくらいまでなら大丈夫だろうと判断したレイは、自分が先頭に立ち、小径を進み始めた。左右の通りの様子を見ながら歩を進め、二つ目の角で左に曲がる。この辺りまでが、護衛ロボットも武装部隊の隊員も連れずに、捜査部が二人だけで来られる限界の範囲だろう。
 少し歩いていくと、前方に飲食店風のこぢんまりとした建物が見えてきた。男が一人店の中から出てきたかと思うと、木の扉にかけられていた札のようなものを裏返し、また扉にかけなおしている。レイは歩く速度を上げ、そちらに近づいていった。アマンダもすぐ後ろについてくる。

「すみません」

 声をかけると、男は扉を開けかけていた手を止め、振り返ってレイを見た。褐色の肌をした恰幅のいい男だ。髪と眉は濃い黒で、口の周りには同じ色のひげを生やしている。

「ここの店の人ですか?」

 レイは、今まさに男が入ろうとしている店を手で示しながらたずねた。店の外には、なんの店かを表すような看板や表示は出されていない。建物は煉瓦造りの洒落た外観をしていたが、もともとの色が失われてくすみ、ところどころ表面の削れた古びた煉瓦は建てられてから相当な年月が経っていることを示している。扉にかかっている札には、ゴシック体のフォントで『CLOSED』と印字されていた。

「ああ、そうだが……」
「少しお話をうかがいたいのですが、よろしいですか?」
「なんの話だい?」

 男の眉間にしわが寄った。まるで不審者でも見るような目つきだったが、レイは気にせず続けた。

「SGA犯罪捜査部、特別犯罪捜査課のレイモンド・ストレイスです」

 これまでと同様に自身の身分を明かし、携帯端末でそれを証明するIDファイルを見せてから本題に入る。

「事件の捜査にご協力いただきたいんです。この辺りの地域で、報酬を提示し、一般の市民や店舗を対象とした殺人や強盗などの依頼を行っている人物がいるとの情報を入手したのですが、そういった犯罪行為の依頼や取引の場面を見たことがありませんか? もしくは、それに似たものでも構わないので教えていただきたいのですが」
「いや、わからんね」

 不信感を露にした視線をレイに向けたまま、男はそっけなく答えた。警戒心の表れなのか、それとも嫌悪感からなのか、上半身を少しばかり引いている。

「では――」

 レイが質問を重ねようとしたとき、視界の隅に動くものが見えた。酒のせいで足元のおぼつかない男が一人、ふらふらとこちらに近寄って来ている。白髪交じりの痩せた男はレイたちを興味深そうに眺めているものの、少なくとも今のところは、こちらに対して攻撃的な様子ではないように思える。だが、面倒なことに発展しそうな状況はどんなものであれ、あらかじめ回避しておきたい。

「よければ、中に入れてもらえませんか?」

 店の従業員である男に視線を戻して言うと、同じく道路の酔っ払いに目を向けていた男はしばし逡巡した後、無言で扉を大きく開いてレイとアマンダを中に通した。
 中は喫茶店のようだった。ほのかにコーヒー豆の匂いがする。店内は照明が落とされており、薄暗い空間にインテリアを浮かび上がらせているのは、窓から差し込んでくる自然光だけだ。向かって右側に小さなカウンターがあり、左側にはテーブル席が並んでいる。ブラウンを基調とした内装も、丸みのあるデザインの木製テーブルやチェアも、趣のある落ち着いた雰囲気だが、すべてどこかしら傷んでいて年代を感じさせる。当然、給仕ロボットなど一体もいないし、最新の自動調理マシンなども一台も置かれていなかった。この店は、この辺りがスラム街になる以前からここに佇んでいるのかもしれない。
 ゆったりと話ができそうなスペースは奥にいくらでもあったが、男はそれ以上中に進もうとはしなかったので、レイは玄関にとどまったまま話を再開した。

「まず、差し支えなければ名前と職業を教えていただけますか?」

 男は言われた通り自分の名を名乗り、この店の店主だと言った。この男は容疑者等ではなく、ただ、捜査の手助けになる情報を知っているかどうか聞くだけだ。何かあれば後から調査部に依頼して個人データを調べることもできるので、この場では個人認証カードの確認まではしなかった。アマンダが自分の端末に情報を記録している。

「ここはカフェですか?」レイは店内を見回しながら言った。
「一応、そんなようなもんだ。朝から昼過ぎまではコーヒーや軽食を出す喫茶店で、夜はバーとしても経営してる」
「ここに来る客が、先ほどお伝えしたような犯罪の依頼や、犯罪の計画などについて話していたことはありませんでしたか?」
「俺が聞いた限りでは無いね。もっとも、狭い店とはいえ、すべての客の話を聞いてるわけじゃないが。むしろ、耳に入ってこないことの方が大半だ。どっちにしろ、ここには犯罪と関わりがありそうな奴なんてほとんど来ないよ」
「では、最近何か変わったことは?」

 レイがそう質問した途端、それまで苦虫を噛み潰したようだった店主の表情が、露骨な不快感と、幾ばくかの驚きが表れたものへと変化した。

「変わったこと?」
「はい。いつもとは違う騒動とか、ちょっとした問題などがありませんでしたか?」
「それは何を基準に判断すればいい? 変わったことというのは、暴動? 強盗? それとも、殺人のことかい?」

 店主の話しぶりは早口でまくしたてるような勢いになったため、レイとアマンダは口を挟む隙も無かった。

「“普通”の基準では、この街のことは判断できない。この間も、ここから二筋裏手にある移民の店が襲われたところだ。窓ガラスを割られ、店に押し入られ、店内を荒らされた。営業時間外だったし、幸い店主と家族はすぐに逃げて、軽い怪我ですんだらしいが……」
「犯人は逮捕されたんですか?」と、レイは聞いた。
「ごく一部の話だが、いまだに移民を日本から追い出したいと思ってるような連中もいるだろう? そういった思想を持つ過激派グループの仕業だったそうだが、まだ逮捕はされてない。ここに住んでる移民は、そんな連中の格好の餌食となってる。今の日本には、そういう奴らが好き勝手できるような場所なんてほぼ存在しないだろうが、ここは例外なんだ」

 そこまで一息に言ったあと、彼は一度息をついたが、彼の中に湧き上がった怒りは収まるどころか増幅していくようだった。

「事件が起これば警察への通報は毎回誰かがしているが、大抵は犯人は逮捕されない。誰も事件の解決に積極的じゃないからだ。信じられないかもしれんが、当の被害者でさえだよ。みんな諦めてる」

 訴えるように語り続ける店主の声音には、深い悲痛が滲んでいる。

「こういった事件が起こることは、ここでは日常茶飯事なんだ。おたくらに――」

 店主はわずかに語気を強めて言いかけたが、我に返ったように途中で言葉を飲み込んだ。木の床に視線を落とし、疲れと諦めが入り混じったような深いため息とともに、緩く首を横に振る。

「ここは、そういうとこなんだよ。普通じゃないことばっかりだ」

 独り言のような低く暗い声で言ったきり、店主は口をつぐんでしまった。レイは彼の次の言葉を待った。一人だったら店主の感情の昂りに影響されて何か言い返していたかもしれないが、今日はアマンダが隣にいたおかげで、落ち着いた心を保つことができた。調査の最中に自分の勝手な感情から口論になり、せっかくの機会を無駄にすることほど馬鹿げたことは無い。

「何が変わったこと、おかしなことかなんてわからなくなっちまうし、何かあってもすぐに忘れてしまう。……本当にひどいことだがね。俺にはこれ以上のことは何も言えんよ。おたくらが知りたいようなことは何も知らん」

 次に言葉を発したとき、店主の声は平静に戻っていた。

「それに、ほとんどが近くから聞こえてくる騒ぎの音で何かあったんだなと悟ったり、後から人に聞いたりしたことばかりで、俺が直接目にしたわけではないんだ」

 そう言ったあとで、店主は「ああ」と何かを思い出したように声をもらした。

「一度だけ、自分の目ではっきりと目撃したことがあったな。あれは忘れられん……」

 彼の頭の中にはそのときの光景がよみがえっているのか、遠くを見るような虚ろな目になった。
 阿久津賢士の事件には関係が無さそうだったが、他の事件を解決する助けとなったり、何かの役に立つこともあり得るかもしれないと思ったので、レイは彼の話を聞くことにした。

「何があったんですか?」
「ちょうど一年――いや、もっと前か? 去年の春くらいだったな」店主はゆっくりと話し始めた。「前の通りを少し行った、そこの四つ角のところだったよ」

 そう言って腕を伸ばし、右側を指差す。たしかにさっき見たとき、店の前の道はまっすぐ行った先で別の細い路地と交差していた。彼が言っている場所はそこのことだろう。

「ちょうど、俺が今日みたいに店を閉めようと外に出たとき、向こうの方から男と女が走ってきたんだ。まだ明るい時間だった」

 体をひねりながら、店主は右手の人差し指でまた別の方向を指し示した。その指先は店の奥――スラム街の奥へと向いている。

「遠目だったから定かじゃないが、男は白人で、女はアジア系だったと思う。二人ともまだ若かった。雰囲気や体つきからは二十歳過ぎくらいに見えたな。女の方は二十歳にすらなってなかったかもしれん。何事かと思って俺が近づいて行こうとしたら、すぐに厳つい体格の男が何人か、その男女を追いかけてやってきたんだ」

 店主の声のトーンは徐々に低くなっていき、そのときの彼の緊張感が感じられるようだった。

「俺は側の家の陰に隠れたよ。そしたら、大通り側の細い路地の方からも車が入ってきて、そこからさらに男たちが降りてきたんだ。そいつらは若い男女を取り囲むようにした。全員で六、七人はいたはずだ。取り囲んでる方は暴力団のような外見だったが、逃げてきた二人はどう見ても普通の若者にしか見えなかった。しばらく、お互いに激しく言い合ってた」

 店主はところどころでジェスチャーを交えながら説明した。彼の話す場面が、目の前に映像が流れてでもいるかのように、レイの脳内に鮮明に浮かんできた。

「住人はみんな家や店の中に閉じこもってたし、通行人もいなかった。俺が固まってると、そのうち、若者を取り囲んでる奴の一人が銃を構えたのが見えた。そして、銃声が鳴り……女の方が倒れた。撃たれたんだ。倒れた足を見てもぴくりとも動いてなかったから、即死だろうと思った。次に、暴力団みたいな奴らはむちゃくちゃに暴れる男を押さえつけて、女の死体と一緒に車に乗せて、どこかへ連れ去っていったんだ」
「警察には……」と、か細い声で言ったのはアマンダだった。
「もちろん、警察には連絡したよ。そのあと何日かは注意してニュースをチェックしていたが、そのことについては何も触れられてなかった。たぶん、被害者の二人は不法滞在者か何かだったんだろうと思うが……。いったい、なんのために連れ去られたのか……」

 今度レイが口を開かなかったのは、自制心が働いたからではなかった。店主の話に、思わず言葉を失ってしまったからだ。
 スラム街での生活は、レイの想像が及びもつかないようなものだということは知っていたが、それでもかなりの衝撃を受けた。実際にそれを身近なものとして感じ、日々を送っている者の口からじかに聞く話は、生々しい現実感を伴ってレイの脳に染み入ってくる。
 ここではそんな悲劇――白昼に堂々と若者が殺害されたり、拉致されたりする事件はありふれたもので、しかも被害者が社会的に弱い立場であれば、犯人が逮捕されることも無い。

「もう、いいかい? 夜まで休みたいんだ」

 レイたちが黙っていると、店主は遠慮がちではあったが、自分の希望を端的に口にした。

「夜にまた店を開けなくちゃならんからね」

 彼の黒い瞳の奥からは、切実さと恐れが伝わってくる。
 これ以上食い下がってもこちらが欲する情報は得られないと判断したレイは、おとなしく調査を切り上げることにした。

「ああ、はい。ありがとうございました」

 気を取り直し、手短に謝意を示すと、店を立ち去るべく扉を開ける。アマンダもレイにならい、「ありがとうございました」と軽く頭を下げた。
 二人が店の外に出ると、店主はこのときを心待ちにしていたとばかりに、そそくさと扉を閉めた。店の前の狭い道に、並んで立ち尽くすレイとアマンダの影が伸びている。先ほどの酔っ払いはもういなくなっていた。
 薄暗い店内を出て、再び顔に日差しを浴びたレイはまぶしさに目を細めた。西の空に目をやると、青かった空にはいつの間にか、明るいオレンジ色が混じりつつあった。

「なんか、みんなあんまり話したくないみたいだったね」
「事件にも事件の捜査にも、なるべく関わりたくねえんだろう。いつ何があるかわからねえし、危険な連中がすぐ近くをうろうろしてるわけだしな。犯罪に無関係な人間が巻き込まれるのを恐れるのは当然だ。まあ、今まで聞き込みした奴らはほんとに何も知らねえんだろうけど」
「それもあるけど、なんていうか、私たちと会話すること自体が嫌っていう感じがしたよ」
「ああ……スラム街の連中には特に、SGAは良く思われてねえからな」

 アマンダの言葉に、レイは顔をしかめながら答えた。
 SGAが一部の人間にどのように思われているのかは、ついこの間まで一般市民だったアマンダにもうっすらと察しがついているだろうが、身をもって体験しなければわからないこともある。彼女がまだ知らず、今後知っていくはずのことは多い。だが、今はその件について話すときではないと思ったレイは、それ以上何も言わなかった。

「この後はどうするの?」

 アマンダがレイを見上げ、問いかけてくる。

「ここら辺で手がかりが得られねえとなると、もっと奥まで行って聞き込みしてみるしかねえな。もちろんそれで何かわかるっつー保証もねえけど……どっちにしろ、今日は駄目だ。奥に行くにはそれなりの準備をして来なくちゃいけねえ。今日は本部に戻るぞ」
「うん」

 二人は来た道を戻り始めた。そのとき、どこか遠くで何かが割れるような音がした。ついで、数人の男の怒鳴るような声が、夕焼けに変わり始めた空に響く。アマンダが立ち止まり、そちらを振り返った。それに気づいたレイも、数歩進んだところで歩みを止める。
 声のする方角は北西――スラム街の奥、より治安の悪い地域だ。ただの喧嘩なのか、犯罪行為が行われているのかはわからないが、何かしらの騒動が起こったのは間違いない。だが、スラム街で日常的に発生する揉め事や騒ぎに対し、SGAとして自分たちにできることは無いに等しかった。今、この場では尚更だ。

「行くぞ」

 再び歩き出しながらレイが促すと、アマンダも小走りに後を追ってくる。二人は風に乗って流れてくる喧騒を背中で聞きながら、スラム街を後にした。
 結局、本当に知りたいことについては何の収穫も得られないままに、この日は引き上げることとなってしまった。だが、最後に訪れた喫茶店の店主から聞いた若い男女の話が、大通りに向かって歩いている間も、本部に帰る車の中でも、しばらく頭から離れなかった。二十歳過ぎくらいと言えば、レイともアマンダともそう変わらない年だ。苦さを含んだような何とも言えない複雑な思いが、レイの胸の辺りでもやもやと渦巻いている。
 アマンダは帰りの車中、珍しく口数が少なかった。もしかすると彼女も、助けてくれる者もいないままに、理不尽で悲劇的な運命に引きずり落とされた若者のことを考えていたのかもしれない、とレイは思った。



>> To be continued.



読んでくださってありがとうございました!

今回は、第二話からちょこちょこと話には出てきていた、スラム街についてのシーンでした。
物語に大きな進展は無いものの、結構重要な部分だったりします。

いつも読んでくださる方々、拍手等くださる方々、本当にありがとうございます!!
とてもエネルギーを頂いています!

読者数の参考にしたいので、小説を読んでくださった方は各記事の拍手ボタンを押していただけますと助かります。
もちろん強制ではありませんので、気が向いたらで構いません!


Pagination